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十三話:吐煙の王


「ハァッ……ハァッ……クッ……!」

 

> 状態異常:感電

 

 血の塊を吐き出し、ルッツはセルフチェックを行った。

 手は握れる。足は踏ん張れる。耳は聞こえず、内臓に痛みはあるが、十二分に生きている。

 

 普通、《雷蛍》が至近距離で爆散すれば、人は原型を留められない。

 場の属性が風だったため、ルッツは《エアクッション》Lv7を無詠唱起動して自身を守ったのだ。

 衝撃と熱はほぼ殺したが、電撃のダメージは三割近く貰ってしまった。

 致命傷ではないが、術の行使に影響が出るレベルだ。

 

 千年以上の歴史を誇る結界堂の中は、見るも無残な有様だった。

 内壁はひび割れ、一面にべっとりと焦げた血液がついている。

 エルマーは首筋だけでなく下半身を失い、爆心地にいた老婆と青年冒険者は言うまでもなく消し飛んでいる。

 

(さて……どうする)

 

 焼けた肉の臭い漂う結界堂で、ルッツは考える。

 

 パイの《シャークワーム》を囮に、冒険者の《雷蛍》へ繋ぐ手口。

 犯人は対人に特化した召喚術師だ。その狙いが《聖者の祠》構築の妨害にあるのなら、生き残りも見据えて次の弾を仕込んでいる頃だろう。

 

(この場に残って戦っても、勝ち目は薄いな)


 姿の見えない相手だが、既に格の違いは十二分に見せつけられた。

 魔術師としてはともかく、人殺しで競える相手ではない。

 

 魔術で信号弾を放ったが、応援の到着までは十五分以上かかるだろう。

 なぜなら、結界堂だけではなく、付近の住宅街でも火の手が上がりはじめているからだ。《龍流し》が近くなれば、町中での魔物発生自体は珍しくない。それを隠れ蓑にしたテロリズムだ。

 

 地下に潜って、《聖者の祠》構築中の術師と合流するという手段もある。

 だが、彼らは庇護の対象だ。MPを消耗しきっており、戦力にはカウント出来ない。

 今、ルッツが立っているこの場こそが、最終防衛ラインだ。

 

(ああ、つまり……)

 

 ルッツは悟った。頼れるものは何処にもいない。

 生き残るには、逃げ出すのが最善なのだ。

 

 死守。それとも、逃走。

 生存本能を超えて彼の足を押し留めたのは、生彩を失った後輩の瞳だった。

 

 喉を失い、《雷蛍》に半身を奪われた哀れな若き魔術師は、まだ痛覚信号に反応して筋肉を引き攣らせている。

 心臟は動いている。瞳孔にも反応がある。つまり、エルマーはまだ生きている。

 大志を持った魔術師が、ルッツの生き様を見つめている。

 

(なら、無理をしてでも、あと一度、先輩風を吹かせなければ)

 

「すまん、エルマー。使わせてもらうぞ」

 

 魔術師の生き血は最上級の触媒である。

 流れ出るエルマーの血液を足で誘導し、素早く円と六芒星を描く。

 血液は赤く光り、形を変え、詳細な魔術文字と化した。

 エルマーが魔力の利用に同意してくれたのだ。その遺志を無駄には出来ない。

 

 魔物の遠吠えを聞きながら、懐から小瓶を取り出す。

 小さな《発火》で瓶を炙ると、中に白煙が浮かび上がる。

 それにエルマーの血を塗り、魔法陣の中央に置き、ルッツは呪文を唱え始めた。

 

《深き谷に生まれし者よ。狭間に漂う者の主よ》


 割れた窓から、ウォーウルフが飛び込んでくる。

 壁を破り、シャークワームが這い寄ってくる。入り口から堂々と空洞甲冑が歩いてくる。

 

《渦巻き、くゆり、蠢く貴殿に、暖かきもの求む貴殿に、我が熱量を捧げよう》

 

 足元で振動。外で何か大きなものが歩いている。ゴーレムが召喚されたのだろう。この結界堂ごと押しつぶされるのも時間の問題だ。

 

《我が求めに応じていでよ。吐煙の王よ!》

 

 水に絵の具を落としたように、空気に色が滲んでいく。

 魔力が練り上がる。巨大な水タバコが形を為す。古ぼけた玉座が床に生える。

 そして、腐敗した月桂冠を被るミイラが玉座に収まる。

 

 ウォーウルフが、ルッツの喉元めがけて飛びかかり……そして、空中で静止した。

 

『契約者よ。その熱に答えよう』

 

 ミイラは勿体つけた動作で水タバコを吸引し、煙をウォーウルフに吹きかけた。

 

 瞬間、狼が水風船のように裂けて弾けた。

 続けざまに、シャークワームがねじ切れ、空洞甲冑が拉げて潰れる。屋根を破って飛び込んで来たゴーレムの腕が粉砕される。

 続く増援のウォーウルフの群れを次々と肉塊に変えていく。

 

 瞬く間に、どこまでも静かに、屍の山が築かれていく。

 

 煙操る彼の者こそ、《吐煙の王》。深き宵闇の谷に潜む、触れざる魔物の主である。

 彼の煙を吸い込めば肺を破られ、その煙に撒かれれば肉も骨も握り潰される。

 煙が充満した結界堂内においては、彼こそが規律だ。

 召喚者たるルッツすらも、今やミイラの配下である。

 

「ぐぅ……っ!」

 

 煙が魔物を引き裂くたび、神経への過負荷がルッツを苛む。脂汗が背に滲む。

 

 《吐煙の王》は《召喚術》を極めた術師ですら、契約困難の大物である。ルッツは冒険の末入手した白煙……《吐煙の王》本体の残滓を触媒にするという反則技で、無理矢理それを呼び出したのだ。反動があって当然だ。

 

 本来、ルッツの実力では一分の現界がせいぜいのはずだ。エルマーの血液が、未来の大魔術師の命が、深き王の存在を繋ぎ止めているのだ。

 

 増援到着まで、早くともあと十分以上。

 痛覚神経を掻き毟られながら、なおもルッツは不敵に笑う。

 

「さあ。次の手を寄こせ、召喚術師! 魔術革命の芽を摘んだツケを払わせてやる……!」

 

 ………………。

 ………………………………。

 

 どれほど時間が経ったろうか。

 ルッツにとっては数時間にも数日にも思えたが、実際には十数分程度だろう。

 

 むせ返るほどの血臭の只中、ルッツは《吐煙の王》の側に立っていた。

 片目から血涙を流し、口からは胃液が溢れている。しかし、彼の表情は穏やかだった。

 

「く……はは、は……。やった……やったぞ、エルマー……!」

 

 無駄を悟ったか、MPが尽きたか、それとも増援の姿が見えたのか。魔物の波状攻撃は止んでいた。

 ルッツとエルマーは《聖者の祠》を、第二結界堂を、街の生命線を守りきったのだ。

 安堵と達成感がルッツを包んだ、その時……。


「ぐぅっ……!?」

 

 先程までと比べ物にならない頭痛がルッツを襲った。

 まるで、地の底に引きずり込まれるように、MPを足から吸い上げられていく感覚。

 呼応するように《吐煙の王》が薄れていく。

 

(ば、馬鹿な……!?)

 

 詠唱は的確だった。運用は最適だった。バックアップは最高だった。計算では、あと五分は保つはずなのだ。その時、ルッツは致命的な事実に気付いた。

 

「場の……魔力属性が……書き換わっている……!?」

 

 そう、《吐煙の王》の属性は風。それに対し、場の魔力属性が相性の悪い土へと変わっている。これでは、召喚維持にかかる魔力が数十倍、否、数百倍必要になる。

 《吐煙の王》こそが切り札。ルッツ唯一の希望だ。

 全てのMPを必死にかき集め、縋る。繋ぎ止める。しかし……。

 

『寒いな。……火が、足りぬ』

 

 《吐煙の王》は一言残して、雲散霧消した。

 

「そんな、馬鹿な……」

 

 絶望に膝を折るルッツ。

 待っていましたとばかりに、現れるウォーウルフ。これ見よがしに、獣の遠吠えが聞こえる。

 

 重責から解放されたからだろうか、彼の耳に清楚な旋律が届いた。

 それは合唱だ。少年少女たちの声の塊だ。一心不乱に謳い上げる信仰の心だ。

 子どもたちの真摯な祈りが、気付けば結界堂中に反響していた。

 

(そんな、馬鹿な……。警備の連中はこの人数を見逃していたのか? 敵は、何人だったんだ? 十では効かない。二十か? 三十か? ……いや、まさか……そんな……!)

 

「さァ、愛を歌おうじゃないか」

 

 ルッツが最期に見たのは、月明かりにぼうと照らされた、白骨の腕だった。

 

「姉さんの胸に届くまで」

 

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