十話:一寸先は穴
ぼんやりと光る洞窟の中、影のように黒い四足がうめく。
地を這う体。太く長く丸みを帯びたシルエット。小さな目と伸びたヒゲ。
イカリナマズである。名前通り獰猛な魔物だ。
腹部に突き刺さったボルトを意に介さず、血を撒き散らしながら突進してくる。
『シャァァァァッ!!』
さて、一般的なナマズのイメージは水か雷だが……。
(もう騙されない。“この味は”火属性だ)
ナマズの髭が震え、口から火球が放たれる。
火ネズミから得たパッシブスキル《火魔法》Lv1の効果か、技の起こりが予測出来る。
> 昇華:《結晶盾》Lv2
六角氷晶の盾が空中で氷結し、火球と激突して蒸発した。
発生した水蒸気にまぎれて突進を躱し、ナマズの首筋に肉切り包丁を叩き込む。
> 《イカリナマズ》Lv23を撃破しました
> レベルがあがりました。:Lv21→Lv22
> スキルポイント2を獲得しました。
「これで光と闇を除いて、全属性制覇だね」
迷宮内の魔物肉がずらっと並び、冷凍庫の中は壮観だ。
風属性の穴掘りシカ、水属性のニセオアシス、無属性のブラッドジャガー、氷属性のシャーベットスライム、土属性のブタカベ、雷属性のハリガネネズミ、火属性のイカリナマズ。
「キリよくレベルも上がったよ。クルリさんは?」
「21になったわ!」
フリーダ戦で開いた差が、もう1レベルまで埋まっていた。
経験値の絶対量差はほぼ変わっていないはずだ。レベルが上がるにつれ、1レベルに必要な経験値量が増えているということだろう。
ゲームでは普通の話であるし、まだまだ一般冒険者が目を剥く成長速度なのだが、エイトは焦りを覚えないでもなかった。
「しっかし、驚いたの。マジでメシ食って属性感知を身につけたんかい」
「ふふーん。エイトってばすごいから!」
クルリが我が事のようにドヤ顔する。
食べ比べ作戦は正解だった。エイトは舌の根の感覚で、ほぼ間違いなく魔物の属性を言い当てられるようになっていた。
初クエストで火ネズミを見つけた時のように、元々《弱肉強食》には食べ物を探知する力があった。これはその延長だ。美味しそうな獲物を探す感覚を、『火属性っぽくて』美味しそうな獲物を探す感覚に鮮鋭化させたのだ。
魔術師として正統な感覚ではなさそうだが、召喚術師対策ならば問題ないだろう。
「さて、いーかげん帰るかの」
「えー! せっかくテンション上がって来たのにー」
「バカモン、もう夜の七時回っとんのじゃぞ。年寄りにはキツイわ」
(もう、そんな時間なのか)
四方を迷宮に囲まれ時間感覚を失っていたが、とうに日が暮れていたようだ。
クルリは八時半にはうとうとしだし、九時には爆睡の習性を持っている。これ以上の探索は危険だ。
「わかった。すぐに解体するから待っていてくれ」
エイトは早速、倒したイカリナマズの解体作業に入った。
トドメの一撃は血抜きも兼ねている。流れ出した血液をかき分け、分厚い皮を脱がす。
腹開きにして、売れそうな部位や、加工出来そうな骨や、食べやすそうな臓器を分類していく。
解体経験を積むに連れ、エイトは初めての魔物相手でも、なんとなくどの部位が売れるか解るようになってきた。
魔術タイプの魔物は、術の行使に関わるような臓器に、物理タイプの魔物は骨や毛皮に高い値がつきやすい。肝臓や心臟は魔術の触媒として有用だそうだが、大概美味しい部位でもあるので考えものだ。
食事を終えたばかりなので、ぐっと堪えて冷凍庫に保存しておく。
(あと、目につくのはこれかな)
ナマズの長いヒゲを観察する。
馬でも叩けそうな太いヒゲだ。よく見ると、密に血管が通っていることが解る。
掴んでみると、まだ生きているかのようにビチビチと震えた。
「ん?」
何だろうか。エイトは疑問に思った。暑い。暑いを通り越して熱い。
「エイト! 足元見ぃ! 足元!」
見ると、ヒゲの震えに同期するように、イカリナマズの血液が赤熱していた。
どうやら、血液に火属性の魔力が篭っており、ヒゲを使って操っていたようだ。
急な温度差が効いたのか、地面に亀裂が入りだす。
どうも、足場が崩れそうだ。その上、逃げられなさそうだ。
「なるほど」
エイトは頷いた。
「クルリさん。これ、つけめん終盤冷える問題の解決に役立たな」
地面にぽっかりと穴が空いて、エイトは落ちていった。
………………。
………………………………。
………………………………………………。
「っつ……」
腰をさすりながら、エイトは目を覚ました。どうやら意識を失っていたようだ。体を包む鈍痛から言って、そう長い時間ではなさそうだが……。
柔らかい手がエイトの手を掴んだ。
「暗いわね、エイト」
「クルリさんも居たのか。巻き込んで申し訳ない」
「んーん。ついてきたから」
これまでのウキェミ大迷宮は、足元に不自由しない程度に壁面が薄く光っていた。
しかし、ここにはそれがない。ただただあるがままの洞窟で、ごく自然に暗闇だ。
一応、どこか遠くに光源があるのか、クルリの輪郭程度は捉えられるのだが。
「ラアルさんは……いないみたいだね」
「迷子かしら? しょーがないなー」
「僕らがね」
「??」
「にしても、弱ったな。保護者とはぐれてこの暗がりなんて」
エイトとクルリはダンジョン探索の素人だ。下手に動くよりはラアルの助けを待つのが懸命だ。
とは言え、暗闇に留まるのは危険だ。夜目の利く魔物に襲われないとも限らない。せめて灯りのある場所に移動すべきだろう。
「エイト、エイト、見てあれ」
クルリの指差した先を目でおって……エイトは驚嘆した。
それは光る壁画だった。上ではただ単にぼんやりとしていた壁の光が、そこでは明確な意図と方針をもって、線状に収束しているのだ。それは時に直線的に、時に曲がりくねり、幻想的な光景を作り上げていた。
誘蛾灯に惹かれるように、エイト達はそれに引き寄せられた。
「きれー……」
世界問わず歴史に疎いエイトだったが、その壁画は相当な年代物に見えた。
遠近法確立以前のものなのだろう、古代エジプトのソレを思わせる、のっぺりとした絵柄だ。
技法も図柄も単純で、それでいて力強い。火を囲い、踊る人々。きらめく星々。大きく強調された太陽と月。実る麦穂に、絡み合いながら天を舞う二匹の龍。正統十字教の大聖堂のそれとは違う、原初の荘厳さがある。
まるで、古代人の世界観がそのまま塗り込められたような代物だ。
「四枚あるわね、壁の絵」
「季節を表現しているようだね」
「この絵は、木も枯れてるし、雪っぽいから、冬かしら」
「こっちは春だろうね。花の様子からして」
「この草木ボーボーなのが夏で……」
「で、収穫の季節を表現しているのが秋か」
どの絵にも共通しているのが、龍の存在だ。
時に雲の上から、時に夜空にまぎれて、人々を見守り慈しんでいる。
壁画作者の世界観の中心にいるのは、間違いなくこの龍であった。
「秋だけ、川を昇る龍っちもいるわね。龍流しのお祭りを描いてるのかしら?」
エイトは顎に手を当てた。壁画の意匠に十字は見られない。恐らくこの壁画は、この地に正統十字教が伝来するよりも古いものだろう。となると。
「もしかすると、これが今の龍流しの源流なのかも知れないね」
「げんりゅー? どゆこと?」
「習合、と呼ばれる現象でね。正統十字教のような大きな宗教が、布教の過程で現地宗教と混ざり合っていくパターンは、世界各地で見られるものなんだ」
「ほえー。エイトってば物知りさんね」
日本人に一番身近な例を挙げるとすれば、それは神仏習合だろう。
自然信仰や先祖信仰を礎に発生した土着の神道と、六世紀に公伝した仏教の融合だ。時に神が仏の守護者とされ、時に仏の化身が神であるとされ、様々な解釈を経て、二つの宗教は非常にゆっくりと、しかし違和感なく混ざりあった。そして、今の日本人の宗教観、倫理観を形作っている。
「クリスマスと言えばキリストの誕生日とみなされがちだけど、実は聖書にはそんな記述はないんだ。本当の由来はミトラ教の冬至の祭りって説が有力らしいよ」
他人事ながら、正統十字教の宣教師は苦労しただろうな、とエイトは思った。ただの自然現象にすら、人は神を見出すのだ。毎年龍が遡上してくるのなら、信仰するなと言うのが無理な話だろう。
宣教師は、天変地異に基づいた根強い土着神信仰を排斥できなかった。だからこそ、龍を主神に帰依したとして折り合いをつけ、取り込むこととした……。あり得る話である。
「なるほどー」
クルリが頷く。暗くて表情は伺えないが、きっと何も考えていない顔をしているんだろうな、とエイトは思った。
「つまり、リーベルトではサンタさんが龍に乗ってやってくるのね?」
「早速脳内で習合が……? クルリさんの応用力には感心するよ」
「えへへー」
無邪気に喜ぶクルリはさておき、エイトは考察を始めた。
この迷宮は古代人の遺跡だったのだろうか。壁画の画風からして、それほど高度な文明を持っていたとは思えない。天然の洞窟に細工をしたと見るべきだろうが、それにしても、魔力の発光現象を制御するには高い魔術的素養が必要に思える。
(もしかすると、先程からこの空間に魔物の気配がないのも、結界が張られている可能性が……)
「全く! 一体なんだあの体たらくは!」
脂の乗った中年声がエイトの思考を遮った。
聞き覚えのある声だ。教会でスーメルアと言い合いをしていた人物だ。
(どうして……どうしてここに、ベニマス司祭が!?)
(サーモンドだよ、クルリさん)




