九話:六色属性ニラ饅頭
前回までのあらすじ。
> 穴掘りシカLv21を撃破しました
穴掘りシカに平衡感覚を狂わされ大ピンチのエイトだったが、何とか一命をとりとめた。
見ると、シカの両足が岩の腕に固められ、首に太いボルトが突き刺さっていた。
ラアルの土魔法とクルリの狙撃だ。
「エイト、ヘーキ!? お元気!?」
クルリが転びかけながら駆け寄ってくる。
「あ、あぁ……。すま、ない。助、かった……よ」
頭痛をこらえる。喉に湧き上がる胃液を飲み込む。
クルリの肩を借りて、何とか立ち上がろうとするが……。
「うあっ!」
「エイトっ!?」
腰に力が入らず、崩れ落ちてしまった。
ジェットコースターに2時間乗せられ続けたような、重い乗り物酔いの感覚だ。
「すまない……クルリさん。もう一度、立たせて……」
「あー、止めとけ止めとけ。《コンフュージョンノイズ》を食らったんじゃ。しばらくまともに動けん」
ラアルが後からのったりと歩いてくる。
「《コンフュージョンノイズ》って、なあに? ラアルちゃん」
「音で平衡感覚を狂わすデバフ系の魔法じゃの。射程微妙じゃし、単体しか狙えんし、耳塞げば無効化出来るし、無詠唱で使えんから奇襲も出来ん。ハズレ魔法じゃが、食らうと苦しいのう」
そう言うと、ラアルは自分の蔦を器用に伸ばして、蔦の布団を編み上げた。
なされるがまま、エイトはそれに横たわる。
少しだけ棘が刺さるが、地面に直よりずっと楽である。
「ったく、手のかかるやつじゃのう」
ラアルは自分の蔦の先を少し嫌そうな顔で千切り、更に嫌そうな顔で皮をむいた。
そして、つるりとテカる半透明の身をエイトの口元に突き出した。
「ほれ、喰え。あと水飲め」
言われるがまま、葉肉を食む。
新鮮だからか、エグみがあまりない。それどころか、ほのかな甘味を感じる。
> アルラウネの葉肉Lv29を捕食しました
> 《弱肉強食》起動
> アクティブスキル:《リーフバインド》Lv2を獲得しました
> パッシブスキル:《土魔法》Lv2を獲得しました
「ありがとう……ございます。採れたては……身が……ぷりっと……」
「じゃから本人に向かって食レポやめい」
「ラアルちゃん、どうしてエイトに食べられてあげたの?」
「パーティーの……スカウト……兼……非常食としての……自覚が……?」
「弱り目をぶちのめすぞお主」
自己申告によると、アルラウネの葉肉には《万能治癒》Lv6やレベルアップ相当の力があるそうだ。
生食が最も効用が高いのだが、魔物食への忌避感から普通は塗り薬にされる。
言われてみると、体が次第に楽になってくる。酔い止めが効きはじめてきたような感覚だ。
「で、どうじゃ。最初の問いの答えはでたかの? この場の魔力属性は?」
「風属性、ですか?」
「吹き荒んでたのね?」
「うむ。正解じゃ。穴掘りシカは角を使って空気を操り、巣穴を作る魔物じゃ。名前と見た目に騙されたのう」
ラアルの言う通りだ。
地下の雰囲気と魔物の見た目から、風属性という選択肢を頭から外してしまっていた。
今思えば、重力操作に見えたボルトの軌道も、風にあおられて落下したのだろう。
場の魔力属性を感じることが出来たのなら、あり得なかったミスだ。
「高度な風魔法使いや高レベルの風属性の魔物相手に耳は枷じゃ。音の情報は弄くられるし、今みたいに状態異常食らうこともある。解ったかの?」
「ええ。身にしみて」
「あと、風魔法使いは大体スカしとる奴か性格悪い奴じゃ。叩きのめしても逆恨みされるで、スルーが正解じゃの」
> 状態:混乱が解除されました
「あ、今治りました」
「消化速度キモいのう」
蔦のベッドを降りて、手足の調子を確かめる。頭痛はすっかりなくなった。転んだ時の擦り傷のほかにダメージはない。
「んじゃ、今日はここまでにしとくかの」
「えっ。待って下さい。お陰様で体調は戻りました。同じミスはしません」
「そうは言ってものう」
ラアルは頭を掻いた。
「ビビるかと思って黙っとったが、魔力の感知は一朝一夕で身につくものじゃないらしいのじゃ」
魔物のラアルは知らない苦労だそうだが、魔術を志すものにとって、魔力属性の感知は最初の壁だ。真っ当な師匠についてひと月修行して、ようやく覚えられる者もいる、というレベルらしい。
「元々魔法使っとった小僧ならあるいは、とも思ったがの。まぁ、お主はちっとズルしとるからのう。もちっと修行して、次の機会を待つがええわ」
ラアルの言葉はもっともだ。
ここは救助の望めない深いダンジョンだ。今回は魔物が一匹きりで増援もなかったが、次もそうとは限らない。保護者同伴とは言え、命のやりとりをしているのだ。ステータスを上げて、万全を期して挑戦するのが王道だ。
(……でも、そんな悠長なことは言っていられないんだ。小杉さんは現在進行系で命を狙われている。ひょっとすると、僕やクルリさんもだ。ここで安全を選択したところで……)
しかし、だからと言って身にならない修行に時間を費やすことに意味があるだろうか。
ラアルを説得できるだけの合理性があるだろうか。
何か、作戦が必要だ。エイトは考え、考え、考えて……。
「あ! ピコーン!」
クルリが手を叩いた。
「あたしってば、ちょー良い事考えちゃったかも!」
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ここは海抜マイナス20メートル。ウキェミ大迷宮。
張り巡らされた蔦の結界の中、焚き火を囲む冒険者三名。人間の男女と魔物一匹。
踊る影と、弾ける炭の音色。そして、漂う血とニラの香り。
「なんでこうなっちゃうのかのう」
解体された穴掘りシカと自然解凍された魔物肉の数々を前にして、ラアルはぽつねんと呟いた。
「場の魔力属性っていうのを見分けられるようになるのが、目標なのよね?」
「そうじゃの」
「魔物って、魔力の塊なのよね?」
「そうじゃの」
「それなら、別属性の魔物を同じ料理にして食べ比べすれば、解るようになるんじゃない?」
「なんでそうなっちゃうのかのう」
ラアルは首を傾げたが、否定はしなかった。
空気中に漂う魔力と魔物として形を為した魔力とでは濃度が違う。だから、利き属性が出来たところで即実戦レベルとはならない。だが、第一ステップにはなるはずだ。
「一つ、言わせて貰っていいかな、クルリさん」
「なーに? エイト」
「君は天才だ」
「えっへへー! もっと褒めて褒めて!」
「その発想力の前では、赤点の数など塵芥だ」
「うへへへー! 照れちゃうなーっ!」
「俗世の人間はもっとクルリ精神を学ぶべきだと思う。あらゆる学校で鹿島田クルリを必修科目にしよう」
「文明社会の終わりじゃの」
一行が選んだ料理は、ニラ饅頭であった。肉団子鍋も捨てがたいが、味が混ざらず肉汁を閉じ込める料理がいいだろう、というのがクルリの提案だ。
原料は宿で作っておいた強力粉と水と片栗粉の種生地に、ニラとキャベツとしょうがとごま油と塩コショウ。それからフリーダ手製の冷凍庫に保存しておいたものを含めた、以下の肉達である。
・火ネズミ(火属性)
・ラージフロッグ(水属性)
・粉雪うさぎ(氷属性)(冷凍庫に住んでいたもの)
・つちのこ(土属性)
・穴掘りシカ(風属性)(さっき獲ったもの)
・産地すぐそこ麦食豚
光や闇、無や雷属性がないのは痛いが、贅沢を言っても仕方がない。
ラアルが自然解凍させた塊肉を棘のついた蔦でひき肉に変えていく。
エイトが出来上がったひき肉に刻んだニラとしょうがとごま油と塩コショウを加え、こねてこねてこねまくる。
種を生地で包んで団子を作るのは、クルリの役目だ。
出来上がった154個のニラ饅頭を次々と鉄板で蒸し焼きにする。
くっついた皮を丁寧に剥がしつつ、木皿に盛る。
「では、いただきます」
「いただいちゃいます!」
「あ、ワシは豚だけでえーからの。魔物はお主らで喰え」
まずは火ネズミから。半透明の皮を手製の箸でつまみ、酢につけて頂く。
弾力ある皮を前歯で破ると、どっと肉汁が溢れ出した。これが火ネズミ本来の実力だ、と言わんばかりの濃厚さだ。
少し強めに効かせた塩と酢が絡み合い、食欲を刺激する。
控えめの味付けにした穴掘りシカのモツ煮をすすりつつ、エイトはあっと言う間に一ダース分のニラ饅頭を平らげてしまった。
> 《火ネズミ》Lv16を捕食しました
> 《弱肉強食》起動
> アクティブスキル《発火》Lv3を獲得しました
> パッシブスキル《火魔法》Lv3を獲得しました
見ると、猫舌気味のクルリも四苦八苦しつつ三個目を食べ終えていた。
「で、どーなんじゃ? 何か感じるかの」
「「………………」」
エイトとクルリは胃に手を当て、火ネズミ饅頭の感想戦を始めた。
「湧き上がる活力があるね」
「燃え上がるカロリーを感じるわ」
「胃の中で煮えたぎるようだ」
「体が火照っちゃう感じ」
「これは、まさしく」
「うん、まさしくん」
二人は顔を見合わせた。
「「ニラ属性」」
「天丼やめい」
「いえ、ニラ饅頭ですが?」
「天丼あるのね、このせ……リーベルトにも」
火ネズミのニラ饅頭は、米がないのが悔やまれる味だった。
以前、火ネズミの素揚げを食べた時には、肉が固く臭みがあり、お世辞にも大衆に喜ばれる味とは言えなかったわけだが、このニラ饅頭は率直に“アリ”だ。
ひき肉にしたことで、硬さが軽減されているし、皮付近の脂が混ざって程よく濃厚だ。独特の臭みもニラとしょうがが見事に消してくれている……のだが。
(果たして、その臭みは消して良かったのだろうか。利き属性的に)
今思えば、ニラなし饅頭も作るべきだった。美味しさに囚われて目的を見失っていた。不覚である。『多様な属性の魔物肉を並べて食べよう』と聞いた時点でテンションが上がってしまったのだ。
「冷めちゃうし、他の子も味見しましょ? 次は粉雪うさぎちゃんね」
「うん、いただこう」
六属性の魔物ニラ饅頭を代わる代わるつまむ。
ニラ饅頭ごとの違いは明白だ。粉雪うさぎは名前通りのふわっとしたとらえどころのない触感だ。穴掘りシカは赤身と脂肪分のバランスが丁度いい。つちのこは柔らかくとろみがあり、風味でニラに負けている。
ただ、これらは属性特有の味と言うより、肉本来の味の違いに思える。
肉々しさに潜む微かな手がかりを探しながら、ニラ饅頭を黙々と口に詰め込んでいく。
ちょうど100個目を腹に入れた、その時だった。
「あ、解った気がする」
「は?」
「ここ、火属性に変わりましたね。ラアルさん」
ラアルは箸を落とした。
「え、嘘、マジなん小僧?」




