八話:ウキェミの大迷宮
図書館の資料室に潜り込み、今はもう使われていない古い非常口をくぐり、地下道を進み、見えた洞穴に入って数十メートル。
ラアルの小さな歩幅に連れられた先は、天然の地下迷宮だった。
「町の地下にこんなダンジョンがあったなんてね」
いかにも、といったダンジョンだ。
狭く長く曲がりくねった洞窟で、先が見通しづらい上に道順の把握もままならない。
RPGの終盤で出てくると、魔物の強さと道のわかりにくさからゲームを投げ出したくなるタイプのアレだ。
「フリーダお嬢様が、ウキェミの大迷宮とか呼んどったとこじゃ」
「だいめーきゅー。どんな由来のあるダンジョンなの?」
「さてのう。わしもここの事は詳しくないでの。若い頃に何度かよった程度で、そう深いとこまでは探検しとらん」
なんでも、ここはリーベルトでもごく一部の者しか知らない、古のダンジョンなのだと言う。土地の侵食もしなければ、魔物を外に出すこともない非常に安定したダンジョンで、目新しい宝もないため、ギルドに目をつけられていないそうだ。
「それにしても、なんだか明るいわね」
体感ではかなり潜っているので、太陽は遥か彼方のはずだが、薄ぼんやりとした光がある。床や壁面が微妙に白く発光しているのだ。
「この壁さん、家に持って帰れないかしら」
「持って帰ってどうするんだい」
「『超すごい冒険者エイトのお部屋。みんな褒めるべし!』って、看板を作るの」
「切にやめてほしい」
「残念じゃったの。こりゃ場の魔力が流れて光っとるだけで、何の値打ちもない石ころじゃ」
しょんぼりクルリとほっとしたエイトは、ラアルについて魔物の出る深度まで歩いて行く。
このダンジョン、とにかく広い上に、十メートル少し歩くだけでも分岐がある。どこを歩いても同じ風景なので、すぐに前後左右不覚に陥ってしまう。
地面の下がこうも穴だらけで、リーベルトの耐震面は大丈夫なのだろうか。エイトは不安になった。
「さて、本題の術師相手の戦い方についてじゃが……」
路傍に植物の種をまきながら、ラアルは続ける。
「奴らの基本は初見殺しじゃ。切った張ったの勝負は、まだ相手の動きから大まかな危機の予測は出来るもんじゃが、魔術師や召喚術師相手じゃそうもいかんからの」
「呪文を聞けば、大まかな予測はつくのでは?」
「カンニングしちゃえるわよね?」
「出来んとは言わんが、短縮詠唱や無詠唱の技術もある。過信は禁物じゃぞ」
思い返せば、雪ネズミと戦った際、エイトは無詠唱で《発火》を使って、ガースに魔術師と誤認された。
無詠唱はエイトの専売特許ではなく、専業魔術師であれば普遍的に使える技術なのだ。
「そも、呪文の種類はお主が思ってるより多様じゃ。辞書引きながら戦うわけにもいかんし、オリジナルの術なんぞ使われた日には、対処のしようがないのう」
確かに、とエイトは頷いた。
「最大の術師対策は、戦って、生き残って、次に備えることじゃ」
「生き残る、ですか」
「うむ。その為にはまず、属性を読むことだの。属性耐性エンチャがかけられりゃ一番じゃが、そうでなくとも、火属性は威力が高い。水属性は守りに強い。土属性は力強い。雷属性は速い。氷属性は冷たい。風属性はクソめんどい。とまあ、大まかな指針が出来るでの。それだけで生存率はぐんと伸びる」
「参考になります」
「くわしーのね、ラアルちゃん!」
「ま、わしも魔物じゃからの。“対人”の経験は少なかない」
見ると、ラアルのまいた種が早速芽を出していた。
これが帰りの道標となるのだ。魔物に食べられても、根が残るので問題ないそうだ。
「それで、ウキェミの地下迷宮と属性感知と何か関係が?」
「ここの魔力はちぃと特殊での。場所によって属性が非常にまばらなんじゃ。魔物も多用な属性のモンが生息しとる」
属性を自在に操る洗礼合唱団+召喚術師相手の練習にはうってつけ、ということだ。
「よし……この辺りでええか」
何か感じるものがあったのか、ぴたり、とラアルが歩みを止めた。
エイトからすれば、代わり映えしない迷宮の一角だが……。
「お主ら、ここが何属性か当ててみ」
「じゃあ、ノリで風!」
「小娘、ノリで当てずっぽうやめい。まずは肺と肌で感じるのじゃ。目をつむって深呼吸して、全身の葉脈をフルでつかうのじゃ」
(葉脈はないんだけど……)
言われた通りに目を瞑り、深呼吸を繰り返す。
ラアルやクルリを意識の外に押し出し、環境のみに集中する。
葉脈がないのなら、血管で感じればいい。血液に乗り、体を流れる魔力を意識する。冒険者として経験を積んでいくうちに、エイトも魔力らしき何かを感じることが出来るようになってきた。あとは、その色を知るだけだ。
肺に空気と魔力を取り込む。酸素と共に魔力が血流にとり、筋肉に取り込まれていくのをイメージする。
空気に微かに混ざる、奥の奥で弾けるような、痺れるような感覚……。
何かが掴めた、とエイトは感じた。
「雷属性、ですか」
「フツーに、ハズレじゃの」
掴み損ねだった。
一方クルリは、控えめな胸をめいいっぱい膨らませて、自然と一体になろうとしていた。
「感じる……感じちゃうわ。このパワー。力強さ……」
どうやら、彼女も魔力を感じ取れるようになっていたらしい。クルリは感覚派の冒険者(優しい表現)である。もしかすると、エイトより才能があるかも知れない。
「パワー……。芯の強い香り……。パワー。むわっとした感じ……。そして元気……」
彼女はブツブツと魔力品評会を開いてから、カッと目を見開いた。
「わかったわ! この魔力、ニラ属性!」
「そんな属性ねーんじゃが」
クルリはうなだれた。
「クルリさん、それかばんのニラの臭いに引っ張られてない?」
「あ!!」
「お主ら、なんで修行にニラ持ってきちゃうの?」
「買い出しの途中だったので」
「買い出し兼ねてワシんトコ来たんか……」
「いっぱいあるから、ラアルちゃん齧る?」
「いらんわボケ! つーかニラを生とか無理……む」
差し出されたニラの葉を鬱陶しげに払い、ラアルは声を抑えろ、と合図を送った。
「どうしたんです?」
「突き当りの岩影じゃ」
言われてよく目を凝らすと、角の生えた獣が床に生えた苔を啄んでいた。
「穴掘りシカじゃの」
「小柄な魔物だな」
ウォーウルフや火ネズミやラージフロッグ等々、魔物はそれと似た動物に比べて大柄になる傾向にある。
だが、この穴掘りシカは元ネタよりも小柄だった。せいぜいが大型犬レベルだ。
足の細さから考えると、体重はその半分程度だろう。
「あれは何属性だろう。穴掘りとつくからには、土属性? 角が光っているから、火属性かな」
「優しそうな目してるし、水じゃない?」
「さて、どうだかのう」
ラアルに答える気はなさそうだ。自分たちで確かめろ、ということだろう。
エイトとしても、実戦は大歓迎だ。せっかく出会えた魔物なのだ。味を知らずにはいられない。
「まだ気付かれてないみたいだね。……クルリさん」
「うんっ」
クルリがそっとボーちゃん二世を展開し、照準する。
「てりゃっ」
小声と共に放たれたボルトは、穴掘りシカの腹部目指して一直線に飛んだ……のだが。
目標直前で突如地面に吸い寄せられるように落ち、シカの足元に突き立った。
シカが尖った耳をピクリと震わせる。小さな体に不釣り合いな角がこちらを向く。
「げっ!」
「気付かれた!?」
幸か不幸か、穴掘りシカは逃げる素振りを見せない。
頭を下げ、角を振るって臨戦態勢だ。
「二人とも、僕の後ろに!」
エイトはクルリとラアルを庇って前に出る。前衛の勤めだ。
穴掘りシカは興奮気味に蹄を鳴らした。しかし距離は詰めてこない。
代わりに、円を描くように頭を振り回しだす。
(威嚇? いや、魔法の予備動作か? どちらでもいい。先手必勝だ)
エイトは走った。
彼我の体重は五分かやや上。組み付いてしまえば怖い相手ではない。
エイトの見立てでは、シカの属性は土か火だ。
これまでの冒険の経験から言って、火属性相手に直線的に距離を詰めるのは得策ではない。火属性は《発火》や《火球》等、高威力の近-中距離魔術に優れているからだ。
にもかかわらずエイトが突貫したのは、クルリの放ったボルトの軌道を見たからだった。
目標を目前にしての、突然の落下。普通には有り得ない軌道だった。
何かの魔法防護が働いたと見て間違いない。
(あれは恐らく重力倍加。だとすれば、相手は《ヘビーウェポン》同様の土属性。魔術の発動にディレイがあるはずだ。壁際や足元に気を配れば……!)
エイトは動線を読まれないよう、地を蹴り、壁を蹴り、緩急つけて接敵する。
重力倍加を想定するなら、攻めるべきは上からだ。
エイトは肉切り包丁を構え、壁を足場に飛び上がろうとして……。
舌の根に清涼剤を吹きかけられたような心地を覚えた。
『キィィィッ!』
シカが甲高い鳴き声を発し、角が音叉のように震える。
可聴域ギリギリの音が、エイトの鼓膜に炸裂する。
(なっ……これは……!?)
> 状態:混乱
気付いた時には手遅れだ。
三半規管を揺さぶられたエイトは、走る方法を忘れた。
足がもつれ、あらぬ方向に曲がり、壁に肩をぶつけて倒れ込む。
「か……ぁ……っ!?」
重力を見失う。上と下が解らない。胃液が逆流する。
穴掘りシカが間抜けな獲物を見下ろしている。
トドメが来る。風の刃か、物理攻撃か。
生存本能が警告を出すが、どちらに逃げればいいのかも解らない。
(弱ったな、これは……)
「エイトっ!」
> 穴掘りシカLv21を撃破しました




