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七話:洗礼合唱

 異世界召喚十五日目。

 

 《スーメルアを守れ》の強制クエストは、エイトに次いでクルリにも発行された。

 元々、クルリの協力なしに達成出来るクエストでもない。エイトは向井の死を伏せつつも、簡単にスーメルア(アヤメ)を取り巻く状況を説明した。

 

「そんな、ひどいわ! 今すぐ犯人さんを捕まえなきゃ!」

 

 予想通り、クルリは説明を聞くやいなや宿を飛び出して。

 

「作戦会議の時間でありました……」

 

 何をしていいのか解らず、とぼとぼと帰ってきた。

 

 手がかりのない時はまず年の功に聞くべきだ、というのがエイトの意見だ。

 そこで二人は図書館を探索し、何とか目当ての人物(?)を見つけたわけだが……。


「知らん! 何聞かれても知らん!」


 どういうわけか、その魔物……アルラウネのラアルは怒っていた。

 頬を膨らませ、わざわざ蔦も花もまとめてそっぽを向いた。


「ふーんだ! わしに内緒で行ったクエストの事なんて、知らんもん」

(内緒って、もしかして……。僕ら、まだパーティーだったのか?)


 エイトは内心驚いた。

 エイト、クルリ、ガース、ラアルの四人は、伯爵城攻略までの一時パーティーではなかったのか。それも、ガースが去って解散したものと思っていたのだが。


「別に、三百年ぶりに冒険者パーティーに入れて嬉しかったとか、青二才に囲まれるのも悪くないと思ってたとか、キツイ仕事は若いのに任せて上前ハねようとしてたとか、そういうの全然ないんじゃからの!」

「そんな、いい年していじけないでくださいよ。あと上前ハねないで下さい」

「どーせ年寄りははよ肥料になれとか、タダ飯(日光)喰らいだとか思っとるんじゃろ!」

「そんな事思ってませんよ。読み聞かせ系コソ泥だとは思ってますが」

「ぷんすか!」


 ふと見ると、図書館員が『館内はお静かに』の張り紙を指差している。

 エイトは頭を掻いた。


「《龍月湖》は正統十字教の聖地ですから、いい年した魔物を連れて行くわけにはいかなかったんです。いい年に免じて解って下さい。いい年してるんだから」

「いい年連呼やめい! 四十五十ならともかく、わし三百超えとんのじゃぞ! もうあんまリアリティないじゃろ! 逆にセーフじゃろ!」

「逆とかないです」

「ぷんすかぴん!」


 図書館員が『館内はお静かに』の張り紙を両手で指差している。

 弱ってしまった。お手上げだ。手に負えない。

 肩をすくめて、クルリに目配せする。(先生、お願いします)の合図だ。


「ラアルちゃんの知恵袋が必要なの。頼りにしてるのよ。このとーり、お願いっ!」

「さてのー。知ってても話すか分からんのー。仲間じゃないしのー」

「あたしもエイトも、ラアルちゃんを仲間はずれにしようとか、全然思ってなかったわ。ただちょっと実在を忘れてただけ」

「追撃エグいんじゃが」

「エグくな~い、エグくな~いっ。いーこいーこ」

「いや、その……」

「いーこいーこ」

「これはこれでムカツクのう」


(いい年して面倒くさいな……)

 

 その後も、クルリ流怒涛の甘やかし攻勢は続いた。

 肩もみ、腰もみ、膝枕。おかしに肥料霧吹き水やりエトセトラ。

 観念したラアルは、エイト達を件の中庭に連れて行った。


「ふーむ、見慣れぬ魔物で危機一発のう……」


 安楽椅子に揺られながら、クルリに揺さぶられながら、ラアルはうなった。

 丸机の上は淹れたての紅茶が湯気を立てている。今回は睡眠薬抜きだ。


「召喚術を使えば、雷蛍を真珠貝の中に仕込めますよね?」

「そらまあ、不可能とは言わんが……」


 何とも歯切れの悪い答えだ。


「引っかかることでも?」

「んー、引っかかるつーかのう。被害妄想っつーか、考え過ぎちゃうかのう」

「考え過ぎ……ですか?」

「エイト、お主魔術のマの字も知らんで《ヘビーウェポン》だの《発火眼》だの使っとったんか?」


 ラアルは呆れ顔で肩をすくめた。

 

「しゃーないのう。基本中の基本だけでも、教育したるかの」

 

 そう言って、ラアルは小さな掌を差し出した。

 掌をじっと見つめ、エイトは思った。

 

(これは……もしかして、アレだろうか? 潜在能力を開花させる奴だろうか?)

 

 この世界の常識は知らないが、元の世界のラノベや漫画では見たことがある。

 これは、手を重ねて互いの魔力を通じ合わせ、潜在能力を引き出すとか、魔力の流れを拡張するとか、そういうアレっぽいやつだ。インスタントパワーアップイベントだ。

 

 エイトは少しの期待を胸に、掌に掌を重ねた。

 温まる手。汗ばむ手。見つめ合う二人。


「いや、金」


 エイトは(仲間とは一体)と思った。

 

 

 500ゼラ硬貨を一枚渡すと、「シケてるのう」と言いつつ、一応ラアルは講義を始めてくれた。この世界の魔導は地道なレベルアップと勉強が全て。楽ちんパワーアップイベントはないらしい。


「いーかの。魔術の基本は場との対話とよう言われるんじゃが」

「じゃが!」

「その言葉の意味を理解するには、まず二種類の魔力を知らんといかんのう」

「二種類の魔力、ですか?」


 エイトの知る限り、MPゲージは一つなのだが。


「術者の内側の魔力と、外側の魔力じゃな。MPってのは内側の魔力を指しておるのじゃ」

「先程言っていた“場”というのは、外側の魔力の事ですか?」

「その通りじゃ」


 実のところ、一般的な魔術は単にMPのみを消費して発動するものではないらしい。有限だが自由の利く内側の魔力と、膨大だが扱いづらい外側の魔力をブレンドして発動するものなのだそうだ。

 

「このブレンドをサポートするのが、魔術の詠唱なわけじゃな。言霊を通じて、『これこれこーいう術使いたいんでシクヨロ』と場に頼み込むわけじゃ」

 

 《弱肉強食》の昇華は、リソースの全てを魔物肉という外側の魔力に頼った技だ。だから、詠唱という頼み込みプロセスが必要なく、かつ内側の魔力=MPを消費しないのだろう、とエイトは解釈した。

 

「ここで問題になるのが、その場の魔力の属性じゃ」

「ぞくせー?」

「うむ。場の属性が術と等しければ、簡単な働きかけで協力を得られるわけじゃが、違っとるとその分面倒な手続きが必要になるわけじゃな」

「別属性の魔力を自分の術に取り込むには、長い詠唱が必要になる、と?」

「うむ。そういうことじゃ。術と相性の善い魔力が充満した場であれば、短い詠唱や無詠唱でも完全詠唱並の効果を見込めたりするのじゃ。逆に相性の悪い場じゃと、逐一長ったらしい詠唱を完全にやりきらんといかん」


 だから、炎特化の魔術師は水辺に連れ込んでボコるといいし、水特化の魔術師は砂漠でぶん殴るとええのう、とラアルは続けた。

 クルリは「ほえー」と言った。


「でも、ラアルさん。その理屈で言えば、充分な詠唱時間が得られれば、水属性の魔物ばかり生まれていた《龍月湖》でも、《雷蛍》を召喚出来るんですよね?」

「若いやつは気が早くていかんの」


 ラアルは頬を掻く。


「えーかの。ここまで話したのはあくまで魔術一般の話じゃ。召喚術っつーのは、ただの魔術とは、ちと違うのじゃ」


 この世界における《召喚術》とは、対象の魂を何処かから引き寄せ、その場の魔力を加工して肉体を与える術だそうだ。

 この時、術者の提供する魔力割合が高ければ高いほど、魔物を自由に操ることが出来るわけだが……。

 

 一般に、創造は破壊よりも難しい。

 例え《召喚術》Lv1の子豚召喚であっても、土属性の魔力が膨大に必要となる。

 必然的に外部魔力に頼らざる得ないため、《召喚術》はあらゆる魔術の中でも圧倒的に属性依存度が高くなる。

 一般的な魔術では、内部魔力と外部魔力の配合率は1:2程度だと言われるが、《召喚術》だけは1:1000を超えることもザラなのだ。こうなると、多少の働きかけではどうにもならない。


「つまり、召喚術だけは場の魔力属性が絶対で、詠唱ではどうにもならないと」

「うむ」

「でも、一回召喚してから、湖につれて来て、貝さんに食べさせればいいんじゃないの?」

「それも無理じゃな」


 ラアルは首を振った。


「召喚術で得られるのは、あくまでその場の魔力で練り上げた仮初の体じゃ。長距離の移動に耐えうるだけの強固な地盤を得るには、『真名封じの書』の調印が必要なのじゃ」

 

 いわく、『真名封じの書』は、大掛かりな儀式だそうだ。

 魔物の存在を強固に出来る、独立した自我を持って行動させられる等、大きなメリットがある反面、魔物側の同意が必要になるという制約や、生涯に渡ってMPリソースを食われ続ける(MP上限値が減る)というリスクがある。


「蛍ごときに調印する知能があるとは思えんし、使い捨ての魔物にMP上限くれてやるかの」

「やらないでしょうね」


 通常、召喚術師が『真名封じ』に至る魔物は、生涯通じて五体程度らしい。

 そう考えると、魔物部隊を独力で組織したという、フリーダの天才ぶりがよく解る。


「先生! もー一つ、しつもん!」

「ほい、クルリ」

「召喚された子の元の体はどうなっちゃうの?」


 エイトは膝を打った。元の世界の体に繋がる、的確な質問だ。

 まあ、戻れたところでひき肉の可能性が高いのだが。


「それは魔物それぞれじゃの。一概には言えん」


 魔物は元々魔力の塊なので、殆どの場合、召喚に応じた時点で元の体が消えるらしい。

 が、幽体離脱になる魔物もいるし、既に元々の肉体が滅んでいるパターンもある。

 強大な魔物の中には、魂の一部を切り分けて召喚に回す、分霊タイプもいるそうだ。

 クルリは「ほえー」と言った。


「んで、話を戻すがの。事故一つで誰ソレが湖の巫女を狙っとるなんて考え出すのは、ちと気が急いているのう」

「そう……ですか」

「龍流し前は土地の魔力が乱れやすいでの。魔術師が狙ってやらかしたと思うより、自然の仕業とした方が自然だと思うのじゃ。自然だしの」


 そう言って、ラアルは講義を締めくくった。

 クルリは「ほえー」と言ってから拍手した。

 

 まとめると、龍月湖の《雷蛍》については、『自然現象とするには不自然だが、人間の仕業とするほうがもっと不自然だ』というのがラアルの主張だ。

 

 確かに、筋は通っている。エイトも八割方納得した。

 だが、八割だ。二割は引っかかる。

 アヤメの懇願もあるし、自分達の身にも関わることだ。十割の納得を追い求めたい。


「外側の魔力属性は、人為的に操作する手段はないんですか?」

「んぐっ」

「属性変換とか、そうでなくても、よそから魔力を運んできたりとか」


 ラアルは苦虫を噛み潰したような顔をした。

 嫌な質問をされた、という態度があからさまだ。


「……はっきり言うがの。お主ら、この件手ぇ引け」

「えー!? 突然なんで?」

「小賢しい小僧の言うとおり、場の魔力属性に干渉する方法はあるっちゃある。それを使えば、貝の中に雷属性の魔物を喚ぶことも出来るじゃろ」

「では、人手が介入した可能性もあるんですね? ちなみに、どんな手段で……」

 

 ラアルはため息をついて、紅茶を呷った。


「……『洗礼合唱』。数十人規模の詠唱団を用意して、周囲の魔力属性を操るっつー荒業じゃ」

「数十人……!?」


 クルリはぽかんと口を開けた。エイトも同じ気分だった。

 

 詠唱団。たったの三文字だが、その意味は重い。

 それが指し示すのは、敵は一人ではなく、組織であるという事実だ。それも寄せ集めではなく、指揮系統を持った集団なのだ。


「解るかの。輩は洗練された戦闘集団じゃ。詠唱団のバックアップを受けた召喚術師共じゃ。もしそんなモンが実在するなら、お主らの手に負える相手ではないわ。善意で渡る橋じゃないの」

「でも、スーさんのためだもの」


 クルリは即答だった。

 決意が硬いのか、深く考えていないだけか、あるいはその両方か。

 いずれにせよ、意思を曲げるつもりはないようだ。


「エイト、お主はどうじゃ」


 ラアルの視線には、心配と期待が篭っていた。

 純粋に二人の身を案じての心配と、エイトならば現実が見えるだろう、という期待だ。

 しかし、エイトは首を振った。


「相手が組織なら、なおさら引き下がれません」

 

 もし、スーメルアをつけ狙う何者かが実在すると仮定して。

 詠唱団を組織出来るだけの勢力を持ち、それを《龍月湖》に侵入させられる人物……偏見なく語るなら、ホシ筆頭は正統十字教会の幹部だ。

 となれば、時間がない。アヤメが危ない。


「ふん。出来の悪い生徒じゃ。見込み違いだったかの」

「事情があるんです。色々と」

「事情、のう……。それ、伯爵城の攻略を急いたのと同じ話かの」


 エイトは舌を巻いた。流石鋭い。


「わしには明かせんか」

「……すみません」

「ふーん……ま、えーわえーわ。どーせワシは仲間はずれじゃからのう」

 

 ラアルは冷めかけた紅茶を一気に飲み干した。

 露骨にへそを曲げてしまった。

 

「じゃがの。お主らだって、気合で丸く収まるとは思っておるまい。策はあるのか策は」

「レベルを上げて物理で食べようかと」

「無理じゃ無理じゃ。言っとくが、お主らのレベルが10や20上がったとしても絶対勝てんぞ」

「ガーン!」と、クルリ。

「それはもう、ボッコボコのギタギタにされると思うのじゃ。絶命100%じゃ。軽く引くぐらいあっさり死ぬじゃろうのう」

「人の死で軽く引かないで下さい」


 ラアルは安楽椅子から気怠げに降りると、気乗りしなさそうに手招きした。


「……ついてこい。魔術も召喚術も教えてやれんが、対策の初歩は教えてやる」


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