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六話:巫女の懇願

 結論から言えば、ダニエラは死ななかった。感電して焼け焦げて気絶しただけだ。

 

 エイトは距離も離れていたし、身代わり守護霊がダメージを肩代わりしてくれたのだが、それでもHPの三割ほどを持って行かれた。直撃を想像すると、背筋が凍る思いだ。

 

 幸い《龍の涙》には傷がなかったので、クエストは成功した。

 しかし、肝心の真珠貝の身はほぼ完全に炭化してしまった。(それでもエイトは食べきった。スキルは得られなかった)

 湖の魔物は必要以上に獲ってはいけない規定があるため、貝のバター焼きはお預けだ。

 

 湖畔での昼食メニューは、当初の予定を変更してラージフロッグのスパイシーソテーとなった。ラージフロッグの生臭さを香辛料で殺す作戦だ。

 

 鉄板から漂う香りにつられ、エイトは料理担当を即断した。が、クルリに「メッ!」されてアヤメの手伝いに回された。

 

 アヤメの手伝いとは、つまるところダニエラの看護である。

 指示に従って、傷ついたダニエラを芝生に横たえ、蜘蛛糸を解いてやる。


「かーっ。感電かぁ。面倒くせーんだよな、属性系の傷は」

 

 アヤメはぼやいた。

 

 アヤメ(=スーメルア)はLv32の神聖魔術師だ。

 《神聖魔法》に《雷魔法》や《槍術》を加え、回復も出来る重戦車といったスキル構成のダニエラに対し、スーメルアは《神聖魔法》《回復魔法》《水魔法》に特化した、正統派のヒーラーである。

 実戦経験こそ少ないものの、姉同様天賦の才があり、驚異的なLvアップ速度を誇っている。

 中身がアヤメに変わっても、才能やステータスは引き継いでいるらしい。

 

「まず鎧と服脱がせ。肌見せてみろ」

「肌を? そんな必要があるのかい?」


 伯爵城攻略時にラアルの《回復魔法》を体験したが、あれは装備の上から傷を治すものだった。魔物に囲まれながら一々服を脱いで回復など、実戦的でなさすぎる。


「それは速効型回復魔法っつって、一時しのぎなんだよ。時間が経てば徐々に傷がぶり返してくんの」

(翌朝謎の打撲があったのはそれでか)

「本格的な治療をすんなら、遅行型回復魔法が必要なんだ。だから脱がせ」

「……まあ、君がそう言うのなら」


 ダニエラの鎧を外して、下着以外の衣服を剥がす。小瓶の聖水に布を浸し、引き締まった体を拭く。

 起きていれば猛獣のダニエラも、眠っていれば可憐な少女(筋肉質)だ。

 傷ついた体を見ていると、エイトは少し悪いことをした気分になってきた。


「おっ、結構巨乳じゃん。揉みてーんなら止めねーぜ?」

「君の冗談は不愉快だな」

「んだよ。せっかく役得くれてやったのに。……しっかし、この人も無茶するよな」

「戦士としての有能さは語るべくもないけれど、冒険者をやるには浅慮過ぎると思う。君から言って止めさせられないのか?」

「無理無理。誰の話も聞かねーもん」


 アヤメの半笑いの影から、スーメルアの苦労が滲み出ていた。

 

 アヤメの語るところによれば……。

 

 グンベルド家は元々龍を平定した聖者を端に発する家系だそうだ。

 

 聖者の血統が最も色濃く発現するのは長女であり、そのため長女が家長となるのが習わしだ。

 あぶれた男や妹達は、僧兵になるか中央へ行って宮仕えの騎士になると決まっている。全ては家の発言権維持のためだ。本人の意思が介在する余地はない。

 

 気性の荒い姉と大人しい妹という組み合わせは、傍目から見てもミスマッチだったが、家の方針とダニエラの優秀さから、異論を挟める者はいなかった。

 

 しかしある日、唐突に転機が訪れる。

 14才になったダニエラが『背景、母上殿。全ての魔物にあまねくジャッ誅。敬具』と書き置き一つ残して、家出してしまったのだ。

 

 次期当主のあまりにも突然かつ意味不明な家出に、グンベルド家は上へ下への大騒動となった。

 サーモンド司祭はほうぼうに使者を飛ばした。先代巫女の母は早逝した父に祈りを捧げた。信者まで動員して草の根分けて捜索した結果、ようやくダニエラが王都の冒険者学園に編入していることが解った。

 

 スーメルアは司祭と共に姉を訪ねて……そこで、一つの事実を思い出す。彼女は幼少期、姉に『騎士になって魔物と戦うのが怖い』と愚痴を漏らしていたのだった。


「昔から考えなしだったんだね」

「何もそこまでしろなんて、言っちゃいねーのにな。とにかく思い込んだら『こう!』ってタイプなんだよ」


 とアヤメは言った。


「そんなだから、実家からは疎まれてても、スーメルアはかなり懐いてたんだぜ。悪気がねぇ……とは言わねえが、悪い人じゃあないだろ」

「殺されかけたから、肯定しかねるよ」

「そりゃ悪かったな」


 ダニエラを語るアヤメの表情からは、スーメルアへの羨望が見て取れた。


「……そろそろ聖水も馴染んだろ。始めっか」

 

 アヤメは立膝をつき、手を合わせて祈り始めた。

 

『尊き方は仰った。祈りを注ぎ、罪を濯ぐ。その内にこそ癒しあれ』

 

 聖水の雫が振動し、薄青く輝き、白い皮膚の下に潜り込んでいく。

 

「はい、終わり。三時間もほっときゃ治るだろ」

 

 ぱんと手を叩くアヤメ。

 ダニエラに服を着せながら(どこが面倒くさい治療なんだ)とエイトは思った。


「それにしても、ダニエラがここまでダメージを受けるなんて、驚いたよ。真珠貝に潜んでたあれは、一体何だったんだ? 雷属性の爆弾に見えたけど」


 雷に耐性あるダニエラだから良かったものの、水耐性を上げた冒険者が喰らっていれば、死んでいてもおかしくない威力だった。それこそ、エイトも危なかった。


「《雷蛍》だ。光に反応して破裂する、哀れな爆弾みてぇな魔物だよ」

「ホタル? どうしてホタルが貝の中にいるんだい? 寄生? 特殊な生態でも?」

「んなもんねーよ。そもそも《雷蛍》自体、この地方には発生しない魔物だぜ。ましてや水場の、それも生きた貝の殻の中に出るなんて、聞いたこともねー」

 

 ガースも言っていたことだが、通常の生物と魔物との間には根本的な差がある。

 生物はタンパク質の塊だが、魔物は魔力の塊だ。

 魔力が集まり、渦をなし、形をなしたものが魔物だ。

 

 魔物の誕生に必要なのは親ではない。生殖を経ずとも発生する。

 そんな魔物に生態系や生物相が見えるのは、どんな属性の魔力が溜まり、どう渦を作るのかが、環境によって変わるからだ。

 

 水場には水属性の魔力が溜まりやすいので、相克属性の雷の魔物が発生することは滅多にない。だから、湖の《雷蛍》は不自然なのだ。


「とは言え、毎年龍流しの時期は魔物の生態が狂うんだ」

「つまり、100%天地神明に誓って有り得ない話でもないわけだね」

「……まぁ、そうだけどな」


 アヤメは歯切れ悪く肯定した。

 彼女は青い瞳でクルリの様子をうかがうと、エイトの耳にそっと唇を近づけた。

 耳たぶに吐息がかかり、エイトは少しこそばゆい気分になる。

 

「これから言うこと、鹿島田には黙ってろよ」

「あ、うん。ええと、何か?」

「―――――バスケ部の向井な、死んだんだよ」

「…………っ!?」

 

 唐突に、現実に引き戻された気分だ。

 異世界に転移してから二週間。数多の魔物と少しの人の死を目の当たりにしてきたが、それと同等かそれ以上の衝撃だった。

 

 クラスメートで転生者。自分と同じ立場の人間が命を落とした。

 その事実はエイトの胸の奥に重い楔を刺し込んだ。

 

「……どうして……」

「理由は知らねえ。だが、突然現れた魔物に殺られたんだと」


 今と同じようにな、とアヤメの目が続けていた。

 

「実はよ。生の《雷蛍》を見たのは、初めてじゃねえんだ」

「そうなのか?」

「ああ。小規模な祭事で一度な」


 アヤメ曰く。

 湖の巫女は龍流しのために幼少期から水耐性を上げていく。反対に雷耐性が極端に低い。

 

「近衛僧兵が身代わりになってなけりゃ、オレは一発でお陀仏だった。……あの時も水辺だったな」


 場にそぐわない、相克属性の魔物。エイトの脳裏に雪ネズミの一件が過ぎる。


「もしかして……なんだけどよ。向井の件も、今回のも、ただの事故じゃねえ、ってのはねーかな」

「ただの事故ではないって、つまり……」

 

 エイトは愚鈍な方ではない。アヤメの言わんすることは、即座に推論出来た。しかし、そうであっても尋ねずにはいられなかった。


「誰かがオレ達を狙ってやがる、とか」


 エイトにしてみれば、にわかには信じられないことだった。

 『オレ達』とは、即ち転移者、転生者を指しているのだろうが……誰が、どうやって、何の理由で殺すのだろうか。動機も手段も解らない。

 

 エイト達異邦人がこの世界に現れてまだ二週間だ。

 存在を知るにも、害意を抱くにも、あまりにも時間が足りなさ過ぎる。

 そんな動機を持ちうる者がいるとすれば、それは……。


「正直言って、理屈の繋がりが薄く感じる。早計過ぎて受け入れられない」

「……だろうな。自分でも被害妄想くせぇことは解ってる」

「周囲に相談はしたのかい? サーモンド司祭は叔父なんだろう?」

「あの油オヤジだって容疑者の一人だろ」

「それは、そうだけど」

 

 龍月湖の警備は厳重だ。

 ここに潜り込んで工作をしたとなれば、教団に内通者がいると考えるのは自然だろう。

 

「それにな、新垣。教団も、ダニエラも、慕ってるのは『湖の巫女スーメルア』なんだよ。……解るだろ?」

 

 アヤメの弱った声が訴える。

 その通りだ。ダニエラが人生を投げ打ってまで守ったのは、あくまでスーメルアという人格だ。彼女にとって小杉アヤメは、妹の体を奪った憎き仇とまで言える。

 巫女スーメルアを演じなければならない相手に、どうして命の危機を打ち明けられるだろうか。


「新垣はよ、オレの事嫌いだよな?」

「好きではないね」

「チッ、正直なヤツ」


 そう言って、アヤメは小石を拾って湖に投げ込もうとして、タツノマネゴトの存在を思い出したのか、足元に転がした。


「あーあ。もうちっと愛想よくしときゃ良かったかな。……いや、無理か。おべんちゃらとか苦手だし」

「だろうね」

「でも、オレの方は別にオマエの事嫌っちゃいなかったんだぜ」

「根暗早弁とか大食いクソ童貞とか聞いたけど」

「あ、あれぐらい悪口には入らねーだろ!? 別に嘘言ってねーし」


 嘘を言っていないなら尚更無礼ではないか? とエイトは思った。


「……なあ、新垣」


 アヤメの声のトーンが一段落ちる。


「深い付き合いってワケでもねえけど、もうお前しか頼れねえんだよ」

「……小杉さん」

「出来ることなら何だってする。金だって用意するし、どんな便宜も図ってやる。借りもんの体だから、全部ってわけには行かねえけど……。ど、努力はする」

「努力って、君」

「鹿島田のついででいいんだ。情けねーけど、オレを、守ってくれねーか?」

「…………」

 

 エイトは返答に窮した。

 彼の中の小杉アヤメは、唯我独尊プリン頭のヤンキー女だ。授業中にスマホをいじり倒す不良女と、目の前の憔悴しきった巫女がどうしても結びつかない。

 

(やっぱり、僕は恵まれていたんだな)

 

 エイトの側にはクルリが居た。

 魔物の森に投げ出されても、怪物蜘蛛と戦っても、筋肉達磨のオカマに抱きしめられても、クラス一の能天気が彼の名を呼んでくれた。

 

 しかし、アヤメは一人だったのだ。

 見知らぬ異世界にたった一人。他人の境遇、他人の体。誰も自分の名を呼んでくれない。

 

 比較的孤独を苦にしないタイプのエイトだったが、それでもアヤメの胸中を察することは出来た。


「解ったよ。受けよう」


> 強制クエストが発行されました


=============================

◆強制クエスト《スーメルアを守れ》

達成条件:達成期限までのスーメルアの生存

失敗条件:スーメルアの死亡

達成期限:残り24日22時間

報酬:スキルポイント15

推奨Lv:Lv30

推奨パーティー:2名以上

=============================


「可能な限り、君に協力する。約束するよ」

「そ、そうか。恩に着るぜ。見返りは期待してくれて……」

「その恩は脱いで結構。君のためにやるんじゃない。強制クエストに命令されたんだ。否応なしだ。安心してくれ」

「へぇ……。そうかよ」


 アヤメは拍子抜けしたような、気の抜けたような、何とも言えない笑みを浮かべた。


「オマエって、根暗の割に優しいのな」

「気を遣って言っているんじゃない。事実だ」

「だからだよ」


 エイトは言葉の意味を問いただそうとしたが……。


「エイトー! ごはん出来たー!」

 

 意識を食欲に持って行かれた。

 なお、ラージフロッグのスパイシーソテーはやはり鶏肉の食感だった。



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