五話:龍月湖攻略編 その2
プランBは至って単純だ。
エイトが《水上歩行》Lv2を活かして水面を駆け抜け、ターゲットの真珠貝の殻に蜘蛛糸付きのボルトを突き刺して離脱する。
あとは、クルリが糸を巻き取ればクエスト達成だ。
問題は、タツノマネゴトの水鉄砲だが……。
エイトは撹乱作戦をとることにした。
タツノマネゴトは波で外敵を判別している。ダニエラとクルリの犠牲と三回の投石実験で、仮説は検証済だ。(ラージフロッグに水鉄砲を食らわせないのは、互いに無害だと理解しているからだろう)
エイトが《大跳躍》Lv2を使って着水回数を最小限に抑えつつ、クルリがボウガンで水面を揺らして、敵の注意を分散させるのだ。
万が一撃たれた時は、《即席加工》と《魔物加工》で作り上げたカエル皮張りの小盾で対処する。
デッドウェイトを減らすため、相棒の肉切り包丁は留守番だ。
「……ごめんね。エイトばっかり危ない役で」
「謝らなくていいよ。体を張るのは僕だけれど、楽なのも僕だ」
エイトの言葉は慰めではなく本心だ。
作戦の肝はタツノマネゴトの撹乱にある。
エイトの着水タイミングを見計らって、タイミングも場所も的確に湖にボウガンを撃ち込まないといけないのだ。楽な仕事ではない。
「正否の七割はクルリさんにかかってる。自信はあるかな?」
「うん、エイトのためだもの! ばっちしよ!」
「信じるよ。……じゃあ」
手を振って行こうとしたエイトだったが……。
「おい、ちょい待て新垣」
背後の声に呼び止められた。
振り返ると、そこには片膝をつき、指を重ねて祈りを捧げる巫女の姿があった。
《尊き方は仰った。羊水を怖れるなかれ》
エイトの肌と肺が清涼感に包まれた。滝のそばで深呼吸した心地だ。
> 状態:水耐性向上【大】
《尊き方は仰った。たゆたう贄を慈しむべし》
空気から滲み出るように、水色半透明のクリオネ的生き物が四匹現れる。
それらはゆったりとした動きで、エイトの周りを浮遊し始めた。
> 状態:身代わり守護霊四体
「気休めだが、ないよりマシだろ」
「恩に着るよ、アヤメさん」
「は? 別に。オレのクエストで怪我人出したら、目覚め悪ぃってだけだからな」
アヤメはぷいとそっぽを向いた。
エイトは息を潜め、湖岸に接近する。
ターゲットの老真珠貝は、自分を狙う捕食者の影など気にも留めていないようだ。
時折波にさらされながら、湖中央の岩場の上でじっとしている。
あんな岩場に獲物がいるのだろうか、と疑問に思うが、もはや食べる気力もない個体なのだろう、とエイトは納得した。死期が近づいて弱ってくると岩場に追いやられるのか、はたまた、猫のように死に際を仲間に悟らせない生き物なのか。
エイトは、土の感触を足裏で確かめて……。
「3……2……1……」
「ゴー!」
合図と同時に、土を蹴って駆け出した。
10メートルの助走をつけ、水際ギリギリでスキル発動。
> 昇華:《大跳躍》Lv2
魔力の篭った脚で跳躍する。
風を切り、エイトは上空十数メートルに跳ね上がった。
見る見るうちに湖岸が遠ざかり、また、見る見るうちに水面が近づいてくる。
「クルリさん!」
「えぇいっ!」
クルリがボーちゃん二世を発射する。
棍棒じみたボルトが湖を叩く。派手な王冠のような水しぶきが舞い上がる。
タツノマネゴト達は早速反応した。
数十の強面が首を出し、水面を跳ね上がった木製ボルトを撃ち抜く。
反応は即座。狙いは正確。だが、思考は単純だ。
タツノマネゴト達がダミーに気を取られている間に、エイトは悠々と着水した。
足の裏が見事に水を弾き、体を支える。
適切な例えではないが、表面張力のトランポリンを踏んでいるような感覚だ。
(問題ない。これなら跳べる!)
> 昇華:《大跳躍》Lv2
水を足場に跳ぶエイト。
陸上でのテストと同じだ。水上でも《大跳躍》の性能は変わらない。
一飛びで30メートル前後。これならば、計算通り二度の着水で真珠貝に辿り着ける。
再び落下に転じる体。近づく水面。
クルリの撹乱で、タツノマネゴト達は右へ左へてんやわんやだ。
とは言え、全てのタツノマネゴトを誤魔化せているわけではない。
賢しい一体がエイトを照準していた。
敵は側面。狙いは胸部。エイトはまだ空中だ。回避行動が取れない。
(それなら!)
放たれた水の弾丸を、カエル皮の盾で受け止める。
……が、これは失策だった。
予想以上の威力に上体が仰け反る。体勢を崩し、空中できりもみする。
体が横に流され、ジャンプの軌道が変わる。着水位置が予定とずれる。
「くっ……!」
不安定で無様な着水だ。水上で転びかける。
近場のタツノマネゴトがじっとエイトを見上げている。
狙われる脇腹。大動脈。
(まず……っ!)
弾がエイトの腹を抉る直前、守護霊が身代わりになった。
クリオネに似たそれが、ソフビ人形が潰れたような音をたてて消滅する。
衝撃が伝わらない分、小盾よりも優秀だ。
> 状態:身代わり守護霊三体
タツノマネゴトの頭を踏みつけ、再び跳躍。
> 昇華:《大跳躍》Lv2
全霊を込めたジャンプで、残りのタツノマネゴト達の頭上を一気に飛び越える。
目下には岩場の成体真珠貝。
蜘蛛糸の括り付けられたボルトを槍の如く構える。
分厚い貝殻を貫くべく、《ヘビーウェポン》を昇華しようとした時だった。
(……ん?)
エイトは違和感を覚えた。
ターゲットの真珠貝の様子が妙なのだ。
まるでカスタネットのように、小刻みに貝殻を震わせている。
(何だ? 感電でもしているのか?)
おかしいのはターゲットの真珠貝だけで、他の真珠貝はごく普通の貝ムーヴだ。のんびりと水の流れに身を任せている。
老体は挙動が違うのだと言われればそれまでだが、生物の動きとして不自然に思える。
本能的な何かが警告する。
エイトがボルトを突き立てることに逡巡していると……。
「させるかぁぁぁぁァァァァァスティス!」
予想外の乱入者が、ターゲットに横から体当たりをかました。
「な……っ!?」
それは、泳ぐ尺取り虫であった。銀色に輝くワームであった。
全身をうねらせ、体幹で水をかき、水鉄砲を巧みに躱し、行く手を阻む魔物は跳ね飛ばしてノックアウト。
200キロは超えるであろう真珠貝を背中に載せたまま、陸をめがけて一直線。
それはリュウグウノツカイか、新種のカッパか。はたまたコズミックホラーな異形の神か。
否、聖騎士ダニエラである。
「クハハハハ! 槍使いなりの横槍だ! 見たかニイガキエイト! くっ殺縛りも慣れてきゴボボボボボ!」
どうやら、この短期間で両手足を縛られたまま、かつ鎧をまとったまま泳ぐ術を身につけたようだ。
湖の中央の岩場まで辿り着けたのは、クルリとエイトがタツノマネゴトを引き付けていたからだろうが、それでも恐るべき才能だ。天才だ。ジッサイスゴイ。凄いには凄いのだが。
「もうどっちが魔物かわかんないな……」
「エイト!! メッ!!」
カスタネット真珠貝を乗せたダニエラが岸に向かい、「アレに負けたら本当に落ち込むのでは?」と気付いたエイトがそれを追う。
攪乱用のボルトが水面を叩き、タツノマネゴトが四方八方に水鉄砲を吐き散らす。
もう作戦も何もあったものではなかった。
身代わり守護霊一体とカエル皮の盾を使い捨てたが、エイトはなんとか陸に戻ることが出来た。
ダニエラは一足先に陸の生き物に進化していた。
縛られた両手両足を貝殻にひっかけ、無理矢理こじ開けようとている。
「くははははは! 先んじたぞ、ニイガキエイト! 敗者は勝者の奴隷になる契約だったな! 確か!」
「不確か過ぎる。勝手に掛け金を釣り上げるな」
「なんであろうが構うものか! 吠え面こいて見るがいい! これが! 正義の! くぱァである!」
真珠貝が軋みながらも開いていく。その狭間から、薄っすらとうごめく何かが見える。
エイトの脳裏を『ミミック』の四文字が過る。
「待て、ダニエラ! 迂闊に開くな、様子をうかがった方がいい」
「今更命乞いか!? みっともないぞ、ニイガキエイト! 貴様の命と尊厳はもはや我が舌の上だ!」
「勝負は僕の負けでいい! だから一度落ち着くんだ!」
「しかと目に焼き付けろ! 貴様は両手両足を縛られ、髪に藻が絡まっちゃった騎士に敗れるのだとな! だが喜べ! 我が伝説と化した暁には、この決闘は『藻まみれくぱァ事変』として後世に伝わるであろう!」
「君の正気スイッチは何処なんだ!」
「くっぱァッ!」
ダニエラが真珠貝をこじ開けた……瞬間。
霧が晴れた。光が目を焼いた。水面が弾けた。
そして、雷鳴が轟いた。
それは、爆発する雷だった。
> 身代わり守護霊 が消失しました。




