四話:龍月湖攻略編 その1
前回までのあらすじ。
嘆きの伯爵城を攻略したエイト達の元に、正統十字教会の巫女から指名クエストが舞い込んだ。
『《龍流し》祭準備のため、聖地《龍月湖》で真珠取りを手伝って欲しい』
儀式的な色が強く、難易度の低いクエストである。売り出し中のルーキーを呼ぶような内容ではない。訝しみながらも依頼主との面会に赴くと、なんと巫女の正体は転生した元クラスメートだった。
一先ずクエスト解決のために《龍月湖》に向かうエイト達。しかし、そこには何故か迷惑聖騎士ダニエラが待ち受けていた。
しかも決闘を申し込まれた。
「では、勝負のルールを説明してやろう」
「断る」
「目当ての《涙の真珠貝》は湖の中心、少し突き出た岩場の側だ」
「断る」
「岩場を縄張りにするのは最も老いた個体と決まっていてな。獲っていいのはあれだけだ」
「断る」
「例年ならば適当に雑魚をあしらって貝を持ち帰るだけの作業なのだが、今年は少しばかり趣が違う。……何が違うか、貴様に解るか?」
「断る」
「タツノマネゴトなる厄介な魔物が大量発生しているのだ」
「断る」
「タツノマネゴトの水鉄砲魔法は強力だ。水耐性がなくば、皮の鎧を一撃で貫く破壊力がある」
「断る」
「奴らの狙撃網を掻い潜り、真珠を先に獲ったほうが勝利だ!」
「断る」
「貴様が勝てば、ニイガキエイトを我がライバルとして認定してやろう。だがしかし! 私が勝った暁には、心を折って死ね!」
「断る」
「断りすぎだぞ、ニイガキエイト! もっと取り付く島をよこせ!」
「我が国固有の領土だ」
エイトは排他的経済水域を主張した。ダニエラの話に付き合う気は毛頭ないのだ。
「大体、ここは正統十字教の聖地じゃないか。君が勝手に入ってきて良いのか?」
「ふ。短慮! 浅慮! つまり浅はか! もっと私に興味を持つことだな、ニイガキエイト」
エイトがダニエラの無駄な自信に首を傾げていると……。
アヤメが巫女ムーヴで頭を下げた。
「お久しぶりです、姉さん」
「うむ。息災だったか、スーメルア」
笑みを返すダニエラ。
「えーっ! 二人ってば、姉妹なの!?」
「冗談だろう……?」
クルリもエイトも仰天した。
しかし言われてみれば、髪の色は近いし、目元も似ている。
衣服と性格を揃えて隣に並ばせれば、瓜二つに見えてもおかしくない。
ダニエラの纏う暴力的な雰囲気と血生臭さが、血縁感を超える壁を作っていたのだ。
「見ての通り、我はグンベルド家自慢の妹の自慢の姉だ。どうだ? 恐れ入ったろう」
ダニエラが得意げに胸を張る。
何となくいいトコのお嬢様感はあったが、よもや巫女の家系だとは。ちょっと突然変異種過ぎないか、とエイトは思った。
「解ったら観念して勝負を受けろ。敬具」
「断る」
「断ることを断る! 早く貴様のプライドをズタズタに引き裂かせろ! 敬具!」
「念のため言っとくけど、敬具に無礼講の作用はないからね」
「なん、だと!?」
「ねえ、エイト、エイト」
クルリがエイトの袖を引っ張る。
「勝負してあげましょうよ」
「どうして? 何のメリットもないじゃないか」
「ダニエラさん、伯爵城でのことを責任に思ってるのよ。エイトのプライドをパクパクして、自信を取り戻したいんだと思うの」
「それは、わかるけど」
勝手な話だ。
ダニエラは自分の意思でレイドパーティーを集めて、自分で伯爵城に挑み、攻略法を読み間違えてパーティーを失った。
自業自得とは言わないが、自己責任ではあるはずだ。
エイトとしては、無関係だと切って捨てたい所だが……。
「じーっ」
クルリの視線が痛い。
考えてみれば、エイト自身もある意味レイドパーティーの犠牲を利用した口だ。
無碍にし過ぎるのも難だろう。
「解った。折れるよ。二対一でなら、勝負を受けよう」
「エイトってば、優しい! いーこいーこ」
クルリに撫でられながら、エイトはダニエラに提案する。
「ただし、問題が一つある」
「ふ、申すがいい」
「先程心折れて死ねと言われたが、君に負けたところで僕の心は微塵も揺らがない」
「な! ……何故だ? 悔しくないのか?」
「悔しくないね。だって、君は一人で僕らの合計Lvを超えているし、冒険者ランクもBだ。負けて元々じゃないか」
「……ふむ。最低限の自覚はあるようだな」
腕前を褒められて気を良くしたのか、ダニエラが鼻を鳴らす。
伯爵城では、その『負けて元々の相手』に先を越されたのだが、言わぬが花だろう。
「だから、飛車角落ちを願いたい」
「ヒシャカク? なんだそれは」
「君の目的が僕の心を折ることなら、それ相応のハンデを負ってもらうということさ」
「ふん、良かろう。どんなヒシャカクだろうが落として見せる!」
…………。
……………………。
…………………………………………。
「お、おい待て! な、なに、何をしている、ニイガキエイト! えっちな狙いか、貴様ァ!」
「これはくっ殺縛りだよ」
「くっ殺縛り……!?」
ダニエラの抗議も無理はない。
なにせ、彼女は両手両足を白い糸で縛られているのだ。
聖騎士(状態:囚われの身)である。
「クッ! この糸は一体……! 私の力を以ってしても、千切れぬとは……!」
「ほんと!? やったー!」
クルリが手を叩いて喜ぶ。
エイト的には、まさかこんな下らない形のお披露目になるとは思わなかったが……。
これこそクルリが新しく獲得したスキル《魔物加工》Lv4の威力だ。
大城蜘蛛から収集した糸を束ね、魔力を込め、更なる超強度の糸を作り出したのだ。
軽くて強く、おまけに火耐性も上がっている。猛獣を繋ぐにはうってつけの鎖である。
「じゃ、お互い健闘しよう、ダニエラ」
「健闘って、待てニイガキエイト! いくら何でもハンデが過ぎないか!?」
「『どんなヒシャカクでも落としてみせる』って」
「限度があるだろう限度が!」
「うーん、そうよね。あれじゃお尻が痒くなっても掻けないわ。可哀想かも」
クルリが情に流され始める。が、このぐらいの反応はエイトの想定内だ。
「気にしないでいいよ、クルリさん。その分有利な先攻を譲るんだから」
「は!?」
「そっか! ならオールオッケーね!」
「はァ!?」
目を剥くダニエラに、エイトは慇懃に頭を下げて、湖を指差した。
「お先にどうぞ」
「どーぞ!」
「いや、ちょ、いや……せ、せめて蜘蛛糸は止めろ! ちょっとトラウマだから止めろ!」
「大丈夫、君なら克服出来るよ」
「心が篭ってなさすぎるぞニイガキエイト!」
「頑張ってね、ダーさん! ファイト! おー!」
「心を篭めるより解いて欲しいぞクルリ殿!」
哀れな聖騎士は助けを求めて、視線を右往左往させる。
「スーメルア、頼む。お前からも何か言ってやってくれ!」
アヤメはにこりと笑った。
「信じていますよ。姉さん」
「…………………………」
信じて話しかけた妹に突き放され、ダニエラはしばし鯉のように口をパクパクさせた。
だが、ダニエラとて天才冒険者であり、修練を積んだ聖騎士である。
三十秒も経てば、青い瞳にやけっぱちの闘志が漲っていた。
「ふん、良かろう。確かに、この私と貴様達では両手両足を封じてようやく対等だろうな」
聖騎士がIの字状態でキメ顔をし、決意の一歩を両足で踏み出す。
「座して見ているが良い。お姉ちゃんのカッコイイ正義を! ぬぉぉぉぉぉぉ! ジャス! ティス! ジャス! ティス!」
ダニエラは飛び跳ねながら、湖に突進する。一人一脚で水に飛び込む。
彼女の起こした波が静かな水面に広がって……その瞬間だった。
ぞわ、と湖が揺れた。
数十のタツノマネゴトが一斉に水面から顔を出す。
凶暴そうな強面と、ひょっとこのように突き出した口。
潜水艦の潜望鏡を思わせるそれらが、ダニエラを照準し……。
「喰らえ! 正義の鉄つンギャァァァァァァァァァァーッ!!」
ストロー口から水鉄砲を噴射した。
それは紛うこと無く『鉄砲』だ。極限まで圧縮された水の塊は、視認不能の速度を以って聖騎士を鎧の上から叩きのめした。
「ゴッフォァ! ドファッ! ドボッッファッ!!」
「ああっ! ダーさんがビショビショでボコボコに!」
「なるほどな。水面の動きで外敵を見つけるのか」
エイトは動物実験の結果を脳内にメモした。
タツノマネゴトは名前通り、タツノオトシゴに似た生き物だ。
目は体の両側面についていて、視野は広いが距離感は掴めそうにない。
挙動と併せて推測すると、狙撃の照準で頼りにするのは水の振動だろう。
「攻撃範囲は湖の中で、射程は35メートル前後ってところかな。火力はあるし狙いも悪くない。連射は効かないみたいだけれど、数でカバー出来ている。難敵だね」
「新垣、オマエ意外とえげつない事すんのな……」
アヤメは軽く引いている。
哀れなデコイにトドメのひと押しをくれてやったのは、他ならぬ彼女なのだが……。
「情報をまとめよう、クルリさん」
「はいであります!」
「目標は無抵抗な貝の収穫だが、そこまでの道程が問題だ」
そう言って、エイトは指を二本立ててみせた。
「問題は二つある。一つは、タツノマネゴトの弾幕をどう掻い潜って泣き貝に接近するかだ」
「泳いでいったら撃たれちゃうわね」
「小舟を浮かべても蜂の巣だろうね」
ダニエラは弾き飛ばされて白目を剥くだけで済んでいたが、あれは本人のHPと高級な鎧のお陰だ。
エイト達の能力値で一斉射撃を受ければ、最悪致命傷もあり得る。
「もう一つはあのサイズの貝をどうやって丘まで引きずってくるかだ。クルリさん、何かアイデアはあるかい?」
「んー……そーねー……」
クルリは見えない蝶でも追うように、視線を漂わせた。
「あ! そうだ! あたしってばイイ事思いついちゃったかも!」
クルリの提案した作戦は、いわゆる銛漁だった。
ただし、狙撃型の銛漁だ。
ボーちゃん二世のボルトに蜘蛛糸を括り付け、真珠貝の貝殻に撃ち込むのだ。
『まさか本当にいい作戦だとは』とエイトは驚いた。
湖に足をつけなくていいという事は、タツノマネゴトの標的にならないと言う事だ。おまけに、糸を巻き取るだけで貝を回収出来る。
「ふっふーん! フリーダさんはエイトに任せっきりだったもの。今日は、あたし一人でクリアしてあげちゃうんだから!」
クルリは意気揚々と、ボーちゃんを担いで湖に行き……。
「……ひゃぁぁああああっ! タンマタンマ! プリーズ! 命だけは! タッツタツ! タツタッツー!」
二分後、命乞いしながら帰ってきた。
結論から言うと、作戦は失敗した。
原因は真珠貝の殻が予想以上に固かったことだ。岩場までの90メートルの距離も障害になり、ボーちゃん二世のボルトは容易く弾かれてしまった。
なお、クルリが「タッツタツ」と鳴く羽目になったのは、前のめりになりすぎて、湖に足を踏み入れてしまったからだ。幸い、ごく小さな波しか起こさなかったので、浅瀬にいる幼い個体にしか撃たれなかったようだが。
「ごめんね、エイト……」
「いや、いいよ。常に最善策でケリがつくとは限らないさ」
しょぼくれるクルリを励ますエイト。
「久しぶりにクルリさんの命乞い芸を見られて、心が安らいだよ」
「ほんと!? 良かったー」
「いや良くはねーだろ! なんだこの会話。サイコパスかテメーら」
アヤメのツッコミは虚しく空を切った。
(とは言ったものの、プランBはどうするか……)
エイトは思案する。
船が使えない以上、貝に銛を突き刺して陸に引き上げる、という方向性は間違っていないように思える。
問題はどうやって貝殻に銛を突き刺すか、突き刺せる距離に近づくかだ。
(先に、湖に足場を浮かべておくとか?)
否、不可能だ。タツノマネゴトに撃ち抜かれて終いだ。
(何とかして、水上を渡る手段があれば……)
思案するエイトの視界を、湖上を跳ねるラージフロッグが横切った。
「……試してみるか」
ボーちゃん二世で捕獲したラージフロッグを、エイトは即座に解体した。
クルリがおこした火を使い、脚肉を炙っていただく。
納得の鶏肉感だったし、アヤメは本格的にドン引きしていた。
> 《ラージフロッグ》Lv16を捕食しました。
> 《弱肉強食》起動
(……さて、僕の勘が当たっていれば……)
もう一度、この世界におけるスキルの概要を説明しておこう。
スキルには、パッシブスキルとアクティブスキルの二種類が存在する。
パッシブスキルは常時発動型のもので、アクティブスキルはSPやMPを消費して技のように発動するものだ。
スキルポイントを振って獲得出来るのはパッシブスキルのみで、パッシブスキルを獲得すると、それに付随するアクティブスキルが手に入っていく。
元々、エイトの《弱肉強食》は魔物を食べてアクティブスキルを得るものだった。
瞬発的には多彩な技を発動出来るものの、継続的な技術に欠けるのが弱点だ。
そして、それを補うのが《恒常昇華》……《弱肉強食》のLvアップにより手に入れた新スキルである。
その効果は単純明快。魔物の捕食でパッシブスキルも獲得可能にするものだ。
> アクティブスキル《大跳躍》Lv2を獲得しました
> パッシブスキル《水上歩行》Lv2を獲得しました
狙い通りだ。エイトは一人頷いた。
「方針は決まった。僕が走るよ」