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三話:ヤンキーin巫女


 白状すれば、エイトは小杉アヤメが苦手だ。

 元の世界でのアヤメは、三白眼でプリン頭のヤンキー少女だった。授業中は常に片手でスマホを弄っていたし、人が弁当を食べている隣で化粧をしていたし、何かにつけて「ぁん?」とか言って威嚇していた。

 ガラが悪いというか、田舎っぽいというか、古いタイプで刺々しいヤンキーなのだ。エイト的にはあまりお近づきになりたくない人種だ。

 

(それが、まさかな)

「すごーい! アヤメっちってば、異世界デビューしちゃったのね!」

「そーそー。つけま盛り盛りにカラコン二重、シャドウで彫り誤魔化して、パット詰め詰め……ってんなわけあるか! 人種変わってんだろうが」

「えーっ!」

「君、素が出た途端に目つき悪くなったね」

「ぶっ飛ばすぞテメー」

 

 そこからしばらく愚痴と要領を得ない説明が続いたが……。

 オタク的知見をもって簡潔にまとめよう。

 エイトとクルリはこの世界に“召喚”されたが、アヤメは “転生”したのだ。

 正統十字教の湖の巫女、スーメルアとして。


「いやもーマジ無理。キモい黒スライムに食われたと思ったら、いきなり知りもしねー宗教の巫女さんだぜ? どーなってんだって話だよ」

「よく今日まで隠し通せたね。僕らは常識皆無でかなり怪しまれたよ」

「え! 怪しまれてたの!?」


 エイトはスルーした。


「スーメルアの記憶はあるんだよ。バリバリ他人事って感じだけど。だから誤魔化しは効くんだ」

「逃げ出そうとは思わなかったのかい?」

「一応、雨風凌げてメシも出っからな。……クソッタレ強制クエストもあるしよ」


 アヤメ曰く。

 彼女に与えられた強制クエストの内容は《龍流し》の実行だそうだ。

 性に合わないキャラを作っているのも、強制クエストのためらしい。


「肩こってしゃーねーぜ。あー、よっこらせっと」


 高級ソファーでがに股座りする湖の巫女。信者が見たら泣き出しそうな光景である。


「あ、パンツ丸見えでしょ! メッ! 丸出しメッ!」

「うっせーな、鹿島田。これが楽なんだよ、わりーかよ」

「エイトに見えちゃうでしょ!」

「勝手にすれば? 根暗早弁なんざアウトオブ眼中だっての」


 根暗早弁は心外だ、とエイトは思った。

 確かに早弁はしていたが、昼休みにだって弁当を食べたし、六限と七限の間にも食べていたのだ。単に早いだけではない。全弁なのだ。


 閑話休題。

 『クラスメートとの再会』という第一目標を労せずしてクリアしたエイト達だったが……。

 話せば話すほど解る。“それまで”だ。

 互いに持てる情報はほぼ変わらず、異世界召喚の理由も不明。強制クエストもその『発行者』も不明。ユニークスキルに至っては、アヤメは持ってすらいなかった。

 

 転移だけでなく転生者もいる、という情報は得られたが、それだけだ。


「先生や他のクラスメートとは、連絡を取っていないのか?」

「一応、バスケ部の向井は見つけたぞ」

「ホント!?」

「ああ、アイツもオレと同じく転生者だったんだが、本名で冒険者登録をやり直したんだ。Aランク冒険者で派手な仕事もこなしてたし、隣町の《緋色の御旗》所属って事もあって、見つけんのは楽だった」


 エイト達とは反対に、向井は自己アピール激しい陽キャラプレイに徹したようだ。

 自身も転生者であるがゆえに、情報のハブに食い込んだ身内がいることを予測していたのだろう。合流の早さを考えれば、彼の方が懸命な選択をしたと言える。

 

「四日前に届いた手紙によりゃ、向井はセンコーを含むクラスメートの一団を見つけたらしい。十人近くいるらしいぜ」


 朗報だ、とエイトは膝を打った。

 エイトはクラスに馴染んでいなかったが、境遇を同じくする人が増えるのは純粋に心強い。何より、矢野口先生は信頼出来る人物だ。

 

「じゃ、早速向井くんに会いに行きましょ! 今日行きましょ!」

「うん、善は急げだ。アヤメさんは動きにくい立場だろうから、僕達が代わりに」

「……悪ぃ。それは勘弁してくれ」

「え、なんで?」


 クルリが不思議そうに首をかしげるが、アヤメが黙りこくる。


「どーかしたの? アヤメっち?」

「……日が暮れちまう。まずはクエストだ。行くぞ」

 

 

 

 龍月湖は正統十字教会の敷地内、大聖堂の裏手に広がる湖だ。

 周囲には木が茂っている他、常に濃霧に覆われている。霧に紛れて不埒な侵入者が忍び込まぬよう、正統十字教の僧兵が常に巡回している。

 

 スーメルア(アヤメ)はエイトとクルリを連れて、龍月湖に向かった。

 なお、神官の「護衛の僧兵をよこす」との進言は、アヤメがメンチで押し切った。

 

 

 林を歩きながら、アヤメは簡単に龍月湖について説明をしてくれた。

 龍月湖はいわゆる三日月湖だそうだ。元はリーベルト川の一部であったものが、大雨や洪水で分化し、取り残された場所なのだ。


「龍流しの日には、湖と川がつながって一つになるんだと」

「洪水が起きるってこと?」

「単なる洪水じゃないらしいぜ。川が下から上に昇るんだと」

「……潮の満ち引きで、あの川が逆流するのか?」


 にわかに信じられない。

 元の世界にも、大潮による川の逆流現象はないわけではない。アマゾン川のポロロッカは有名だ。動画サイトを探せば、目眩がするほどダイナミックな逆流ビデオを見られるだろう。

 

 だが、ポロロッカはあくまで水量に比べて高低差が少ないからこそ起きる現象だ。リーベルト川は山が近く、高低差も勢いもある。広大さと水量の多さを除けば、日本の河川に近い性質だ。

 

「月が重すぎやしないだろうか」

「ここの潮は、月の仕業じゃねーんだよ」

「?」

「お前ら、《龍流し》がどんな祭りかは知ってるか?」

「ああ。海から龍が遡上してくる……って、まさか」

「あーそーだ。で、龍に引き寄せられて水が登るんだ」

「つまり、龍が重力を操っていると?」

「スーメルアの知識はそう言ってる。……オレも半信半疑なんだけどな」


 《龍流し》が終わると、川の水は龍の豊穣な魔力を得るそうだ。

 畑に流せば実りに繋がり、人が飲めばMPが回復する。

 魔術師にとっては最高級の触媒であり、輸出によって金にもなる。

 

 エイトはナイル川の氾濫を思い出していた。

 エジプト文明の母たるナイル川。氾濫によって肥沃な大地を作り出し、氾濫時期の計算によって、文明の発展を後押しする。

 形は違えど、それと同じことがリーベルトでも起こっているのだ。

 

 文化的背景を加味していくと、《龍流し》に訪れるドラゴンに、RPGの悪役的なイメージを持つのは間違いだろう。

 もっと、東洋の龍的な、神に近い龍なのだ。


(どうも、食べていいものでもなさそうだな……)


 エイトは少しがっかりした。


「巫女の仕事ってのは、ようは恵みを運ぶ龍の歓待だ。気分よく帰ってもらって、来年も来ていただくとまあ、そういうこったな」

「じゃ、《龍の涙》は龍っちへのお土産ってこと?」

「オマエ、教会で龍っちとかコいたら囲んでボコにされっから気をつけろよ」

「んー……」


 クルリは口をへの字に曲げた。


「でも、変じゃない? どうして、龍に《龍の涙》をあげるの? 泣けば出るのに」

「《龍の涙》はあくまで名前で、実体はでかい真珠だ。龍のタマ好きは古今東西の決まりごとだろ?」

「それは……そうだけど……うーん」


 クルリの釈然不足顔を見ていると、エイトもどこと無くしっくりしない気分になってくる。

 しかし、そんなしっくり喪失はまだ序の口であった。

 数分後の未来に、さらに釈然としない展開が待ち受けていたからだ。

 

 

 林を抜け、濃霧を抜け、龍月湖にたどり着く。

 そこは、大小様々な水棲の魔物たちが我が物顔で居座る、小さな生態系の世界だった。

 

 薄緑の静かな水面。水上を跳ねる巨大カエル。

 湖の中心には目立つ岩場があり、一際大きな真珠貝が弱い日光を浴びてくつろいでいる。

 水中に薄っすらと見えるのは、タツノオトシゴ的な何かだろうか。

 どれをとっても美味しそう(エイト基準)だが……。

 

 たった一匹、食えない生き物がいた。

 美しい生態系を背に、それは威風堂々と腕組みしていた。


「待っていたぞ、ニイガキエイト!」


 銀の兜に銀甲冑。以前より少し短くなった竜骨の突撃槍。

 流れる金髪と、傲慢不遜溢れ出る立ち姿。

 《鉄甲兵団》のBランク冒険者、聖騎士ダニエラである。


「ここで逢ったが一週間目! いざ尋常に勝負しろ!」

「断る」

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