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二十四話:去るもの追わせず

 物を持ち過ぎた、とガースは思った。

 この街に流れ着いた時には、二束三文の槍とありふれた夢を除いて、何も持っていなかった。その日の宿賃すらだ。それが性に合っていたのだ。

 しかし、気づけばギルドに所属し、仲間を作り、家を借り、金を稼いで、ランクを上げて、偉そうに後輩指導の真似事まで始めてしまった。

 ガラにもなく、執着を作り過ぎた。


 そこは、大河川に面したリーベルト港の端だ。

 水面は凪いで静かで、夕日を鏡のように跳ね返している。

 北方行き旅客船の船着き場は、別れのドラマを演じる有象無象でごった返していた。

 

「……本当に行っちゃうのん?」

「ええ。ソロじゃメシは食えませんから」

 

 ガースはリーベルトを離れると決めた。

 見送りはリザ一人だ。他の連中には告げずにきた。

 

(やっぱ、こういう空気は合わねえな)


 思い返せば、家を出る時も、道場を抜ける時も、書き置き一つで逃げてきた。本音を言ってしまえば、今回だってそうしたいところだ。

 しかし、恩人であるリザの気持ちを裏切ってまで風来坊を気取るには、ガースは大人になり過ぎていた。


「ルーキー抱えて《伯爵城》を攻略したCランク冒険者って名乗れば、入れ食いなんじゃない?」

「んな情けない真似出来ませんよ。どっちが抱えられたんだか」

「じゃ、新しい仲間を探すのは? サンダースのとこ、貴方の事欲しがってたわよん?」

「あー、無理っす無理っす。あそこの戦士とは昔一悶着あったんで」


 冒険者ギルドは無数の出会いと離別が錯綜する場所だ。

 ダニエラ級の特例ならばいざ知らず、ガースは吹けば飛ぶようなCランク冒険者だ。特段惜しむものでもないはずなのだ。

 それでもリザは、モブ冒険者と離れるのが寂しいらしい。

 

(向いてねーよな、この人も)

 

 受付嬢兼ギルドマスターより、場末のパブでも経営した方が似合っているのではないか。ガースは常々そう思っていたが、口にすることはなかった。


「街を出て、これからどうする気? まさか実家で畑耕すなんて言い出さないわよね」

「幸い金は溜まったんで、北の霊山に戻って、投げ出した修行を再開しますよ。かなり我流に染まっちまって、師範にドヤされそうっすけど」

「……そう」


 リザは厚い胸板を撫で下ろした。


「なら、冒険者は休業でいいのよね? 強くなって、戻ってくるのよね?」

「さあ、どうっすかね」

「どうって……。槍一本で、歴史に名前を遺すんでしょ?」

「まだ覚えてたんすか、そんな戯言。……アイツら見ちまったら、もう恥ずかしくて口に出せませんよ」

「確かに、エイトちゃんとクルリちゃんの成長速度は凄いわ。でも数年に一度の優等生がまとめて二人来たってぐらいよん。貴方だって才能は十分……」

「違うんすよ」


 致命的な勘違いだ。ガースは首を振る。


「違うって、何が?」

「レベルアップが早いとか、スキルが器用だとか、そういう問題じゃねーんす」

「なら、一体……」

「……アイツは食われに行ったんですよ」

「え?」

「レベルアップすりゃ、HPもMPも回復する。俺だって頭では解ってます。でも、だからって死の覚悟も決めずに、化物の牙に身を差し出そうと思えますか」

「それは……」

「俺の魔物狩りは金のためです。名誉のためでも、自衛のためでも、腕試しだっていい。ようは後付の道理っす。魔物そのものじゃなく、魔物を通して金や自分を見ている。

 だが、野郎は違う。エイトはもっと、根源的な欲求で魔物を殺すんです。『そういうモノ』だから殺すんすよ。

 ……俺には出来ねえ」

「…………」


 リザは何かを言おうとして、しかし口を噤んだ。

 どう説明したところで、言いたいことの半分も伝わらないだろう、とガースは思った。

 どれだけ人を見る目があっても、肩を並べなければ解らない事があるのだ。


「エイトの事、よろしく頼みます」


 そう言って、ガースは深々と頭を下げた。


「誰かが手綱握ってやらねーと、アイツは必ずどっかで足を踏み外します。クルリ一人じゃ心配っすから」

「……うん、任せてちょうだい」


 凪が終わり、船が出航する。

 有象無象に溶け込んで、槍兵が一人、街を去る。

 

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