十九話:嘆きの伯爵城再攻略編その1
それから三日は、あっという間だった。
エイトとガースは近隣の森を回って魔物狩りに勤しみ、クルリはつちのこ狩りでレベルを上げつつ、工作スキルで新しい武器を作成した。ラアルは図書館で伯爵夫人執筆の礼節本を探し出し、調査した。
夜には連日作戦会議と、晩餐会の予行演習。
そして迎えたリベンジ当日。
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◆強制クエスト《嘆きの伯爵城攻略》
達成条件:ダンジョンの解消
達成期限:残り14時間
報酬:スキルポイント15
推奨Lv:22以上
推奨パーティー:4名
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パーティー四名のステータスは以下だ。
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新垣エイト Lv17
HP:268/268
SP:149/149
MP:48/48
攻撃力:102(+30)
防御力:91(+15)
魔力:88
敏捷性:95(+30)
【基礎スキル】
《HP強化》Lv3
《SP強化》Lv3
《攻撃力強化》Lv3
《防御力強化》Lv2
《敏捷性強化》Lv3
【生活スキル】
《解体術》Lv3
《調理技術》Lv1
【ユニークスキル】
《弱肉強食》Lv1
《腹時計》
《胃拡張》Lv3
《剛健歯》Lv4
スキルポイント:0
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エイトはひたすらに基礎ステータスを追い求めた。極限まで地味ではあるが、どんな環境でも一定のパフォーマンスを維持でき、堅実で弱点が少ない能力だ。
派手な味付けは《弱肉強食》の捕食スキルに任せる。
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鹿島田クルリ Lv18
HP:237/237
SP:106/106
MP:105/105
攻撃力:93
防御力:103
魔力:83
敏捷性:81
スキル:
【基礎スキル】
《HP強化》Lv2
《SP強化》Lv1
【体術スキル】
《弓術》Lv4
《精密狙撃》Lv3
《短剣術》Lv1
【魔術スキル】
《魔道具加工》Lv3
【生活スキル】
《調理技術》Lv3
《道具作成》Lv2
《武器作成》Lv4
《即席加工》Lv1
スキルポイント:0
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本人の意向で《武器作成》を中心とした工作系スキルを伸ばす事になった。
料理の飲み込みの早さからもうかがえたことだが、クルリは手先が器用だ。小学校時代は「三年C組の工作員」と呼ばれていたそうだ。(エイトは、「別物になってるけどすごいっちゃすごい」と思った)
攻撃力の低さは、ステータスに依存しにくい武器で補う。
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ガース Lv37
HP:460/460
SP:235/235
MP:151/151
攻撃力:192(+30)
防御力:191(+15)
魔力:192
敏捷性:213(+50)
【基礎スキル】
《HP強化》Lv3
《SP強化》Lv3
《攻撃力強化》Lv3
《防御力強化》Lv2
《敏捷性強化》Lv4
【体術スキル】
《空蝉流槍術》Lv8
《剣術》Lv3
《短剣術》Lv4
《格闘術》Lv4
《武芸歩法》Lv4
《操気法》Lv4
【生活スキル】
《解体術》Lv2
《調理技術》Lv1
【その他スキル】
《罠発見》Lv1
《気配探知》Lv2
《気配遮断》Lv3
《アイテム発見》Lv1
スキルポイント:0
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体術スキルを中心とした典型的前衛構成だ。
何と言っても目を引くのが《空蝉流槍術》Lv8だろう。
北方の霊山に伝わる流派であり、流麗と苛烈を併せ持った精妙な技を駆るそうだ。
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ラアルLv31
HP:417/417
SP:77/77
MP:184/184
攻撃力:124
防御力:147
魔力:163
敏捷性: 128
【基礎スキル】
-
【体術スキル】
《遁走》Lv6
【魔術スキル】
《地魔術》Lv6
《毒魔術》Lv5
《回復魔術》Lv5
【生活スキル】
《解体術》Lv1
《窃盗術》Lv6
《鍵開け》Lv5
《調合術》Lv6
《光合成》Lv7
【その他スキル】
《鑑定》Lv5
《自己回復》Lv4
《気配探知》Lv5
《気配遮断》Lv4
《罠発見》Lv5
《アイテム発見》Lv3
スキルポイント:1
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元Aランク冒険者の癖にレベルが低い。SPが特に酷い。
日々ごろごろしながら光合成で食べていたらこうなったとの事で、クルリに自堕落さを叱られていた。
高レベルスキルに軒並み犯罪臭があるのはともかく、ヒーラーやサポーターも可能な有能スカウトである。
「作戦は頭に入ってるね、クルリさん」
「う、うん、入っちゃうわ。任せて」
伯爵城の門をくぐり、エイトはクルリに最終確認する。
「三階までは手筈通り、練習したフォーメーションで進行。食堂前でラアルさんのリーフバインドで一時的に廊下を塞ぎ、後続を断ってから制服と礼服に着替える」
「う、うん、着替えちゃうわ。任せて」
「テーブルマナーは徹底遵守。挨拶の角度、食事の音と服の汚れには気をつけること」
「う、うん、気をつけちゃうわ。任せて」
「………………緊張してる?」
「う、うん、緊張しちゃうわ。任せて」
エイトの救助を求める視線に、ガースは頭を掻いた。
「そういやお前ら、命捧げる神は決まってんのか?」
「おさげの神?」
「冒険者はな、あの世に導いてくれる神を選んどくのが定番なんだ」
これが俺の神、と言って、ガースが飴色のペンダントを見せた。そこに彫られた顔には見覚えがある。《女神の従者》のカウンター奥に鎮座していた女神像だ。
「ウチのギルド、《女神の従者》って言うだろ。ヌルい信仰だが、元々女神アズーラを崇める互助会から始まってんだよ」
探求と革新の神、冒険者にはぴったりだろ、とガースは続ける。
「女神に冒険の成功を願う、という事ですか?」
「ちっと違ぇな。信じるんでも、頼るんでもねえ。女神のせいにするんだ」
「女神のせい、とは?」
「『俺は戦い前にアンタに祈った。俺の命運はアンタのもんで、この冒険はアンタに捧ぐ儀式だ。だから、死んじまったら当然アンタのもとに連れてってくれるよな』と、念押ししとくわけだな」
いかに危険と隣り合わせの世界と言え、人は人だ。自らを消失する恐ろしさから逃げるには、気休めと解っていても、こうした気楽な儀式が必要なのだ。
「ラアルちゃんも神様いるの?」
「ワシは元々正統十字教の主神様じゃったんじゃが、色々あって世界樹に宗旨変えしたのう。ま、この城攻め入るんじゃ、やっといて正解だったの」
伯爵城の屋根飾りには、しっかりと円形に十字を重ねたような印が刻まれていた。正統十字教の証だ。正統十字教の主神は名と姿を持たないとされているため、こうした象徴的な記号で代用されるのだ。
エイト達はめいめい好きな神に祈りを捧げた。
「エイトは誰に祈ったんだ?」
「食の神に」
「お、おう。クルリは?」
「パパとママに祈ったわ。死んだら二人に会えますようにって」
「……そうか」
何かを汲み取ったのか、ガースは少し申し訳無さそうな顔をした。
ちなみに、クルリの両親は健在である。クルリの祈りは単に元の世界に帰りたいという意味なのだが、説明しようがないのでエイトは黙っていた。
元より、バックボーンも動機も願望も全てバラバラなパーティーだ。今更齟齬の一つを取り除いても仕方がない。
大切なのは、クルリの緊張がほぐれたことだ。
「んじゃ、行くか」
そして、エイト達にとって初めての本格的ダンジョン攻略が始まった。
玄関扉の前で、エイトは手筈通りにスキルを発動した。
> 昇華:《サイレント》Lv1
昇華と同時、甲高い耳鳴りがエイトを襲った。外部の音ではない。周囲の一切が突如無音になったことで、脳が異常を感じたのだ。
《サイレント》は、その名の通り無音状態を作り出す魔術である。洞窟に生息する魔物、ウタイコウモリを食べて獲得したものだ。
音も無く重い扉を蹴り開けると、豪奢な玄関口には空洞甲冑六体が整列し、侵入者を待ち構えていた。
空洞甲冑には目も鼻もない。あるのは聴覚だけだ。音波を肌で感じ取り、障害物や敵を発見する。よって、辺りが静寂に包まれた今、肉切り包丁を振りかざすエイトも、槍を繰り出すガースも、彼らには認識出来ない。
サイレントが切れるまでの十六秒の間に、二人は空洞甲冑を制圧した。
「ふぅ」
エイトは一息ついて、周囲を確認する。
伯爵城の玄関は前回と打って変わって整頓されていた。
今しがた倒したものを除けば、空洞甲冑の残骸はなく、壁の傷も修復されている。ダンジョンには自己修復力があり、放っておくと一定時間で元に戻るそうだ。
「気ィ抜くな、エイト! 増援が来るぞッ!」
ガースの声に応えるように、廊下の果てから、二階から、床下から、空洞甲冑が雪崩のように出現する。その数、二十を超える。
「ラアルさん!」
「任せろい!」
《同胞よ。我が命を日差しと敬い生育せよ!》
「リーフバインドじゃ! 喰らえいっ!」
詠唱を必要とするものの、本家リーフバインドはエイトの真似事とは格が違った。
床下から、壁から、階段から。次々と芽が出、草が伸び、甲冑を雁字搦めにし、硬質化。半数以上の甲冑の自由を奪っていく。
「俺が突っ込む!」
ガースが敵陣の中央に突貫し、雄叫びをあげる。《操気法》Lv4で得られるアクティブスキル《挑発》Lv2を発動し、ターゲットを集めたのだ。
繰り出される剣や槍、ハルバードを意に介さず、ガースは縦横無尽に暴れまわる。
翻弄される甲冑達にトドメを刺すのは、クルリの役目だ。
クルリが背負った直方体の木箱を脇に抱える。それは一見、単なる果物入れか何かだが……。
「行っちゃうわよ、ボーちゃん二世!」
蓋が跳ね飛ぶ。身の丈程の弓が開く。バレルが伸び、バリスタ紛いのクロスボウが姿を見せる。
「バレル展開! 弓展開! ボルト装填! 照準バッチシ! いっけーっ!」
《精密狙撃》スキルを駆使したクルリにとって、のろまな空洞甲冑など止まった的も同然だ。
棍棒じみたボルトは、容易く甲冑の胸元を穿ち、引きずり、壁に磔にする。
次の瞬間、《魔道具作成》で織り込まれた魔術により、発火石の矢じりが爆発。空洞甲冑の四肢を四散させる。
「まだまだっ!」
ハンドルを回し、ラック・アンド・ピニオン方式でボルトを再装填。クルリは次の魔物に狙いを定める。
一撃一殺。ボーちゃん二世が唸る度、空洞甲冑が着実に数を減らしていく。
長い砲身と特性大型ボルトを活かした高い衝撃力。発火石による内部破壊力。銃を真似た機構による再装填の容易さ。取り回しの悪さは製作者のカンでカバーする。
これこそ、砲身展開式長距離炸裂弩、ボーちゃん二世の威力である。
初見では『漫画じゃないんだから』と突っ込んだエイトだったが、この破壊力を見せつけられては二の句を継げない。《武器作成》スキル万々歳である。
(うん、今のところ作戦通りだ。あとは……)
敵の足止めはラアルが、殲滅はガースとクルリが担当する。
エイトの仕事はフォーメーションの維持、即ちクルリの護衛だ。
(来た!)
蜘蛛だ。天井から糸を垂らし、クルリの頭に食らいつこうと降りている。
> 昇華:《発火眼》Lv1
『ぎぃっ!』
頭部を燃やされ、蜘蛛が鳴いた。哀れに落下する蜘蛛の首を切り上げる。
> 《城蜘蛛》Lv18を撃破しました
《発火眼》は巨眼ヤモリを食すと得られるスキルで、視覚によって発動する炎魔術だ。
射程は10メートル程。腕をかざす必要はなく、狙いを外す恐れもない。
威力はお察しレベルで、これのみで魔物を倒そうとすると蜘蛛一体につきヤモリが三匹必要になるが、牽制や糸の排除といった用途ならば十分だ。
「やっ! エイトぉ!」
助けの声に釣られて見れば、クルリの右足に蜘蛛糸が絡まっていた。
《発火眼》で糸を焼き切り、次なる蜘蛛に接近する。
蜘蛛は素早く離脱しようとするが……。
(逃がさない)
> 昇華:《発火眼》Lv1
足を焼き、動きを止める。もがく蜘蛛の胴体を肉切り包丁で両断する。
> 《城蜘蛛》Lv19を撃破しました
速度さえ封じてしまえば、体重の軽い蜘蛛などエイトの敵ではない。
三分後、玄関口は魔物の死屍累々が折り重なっていた。
一階最大の難所を危うげ無く突破できたのだ。
勿論、ガースとラアルの活躍あっての戦果だが、エイトは五体、クルリは九体の魔物を仕留めていた。三日前まで三体を相手に綱渡りしていたとは思えない。
(ダンジョン攻略の基本は傾向と対策。指南書に書いてあった通りだ。僕らは対策を打った。今日こそ、きっと……)
その後もエイト達は堅実な歩調で攻略を進めていった。
途中、二度ほど巨眼イモリの燻製の補給や回復魔法で足を止めたものの、食堂前までほぼ無傷で到達出来た。
返り血を落とし、水筒水で手を洗い、洗いたての礼服に着替え……。
「あら、いらっしゃいませ。領民さん」
晩餐会が幕を開けた。