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十八話:始まりの森

 エイト達二人は真相を確かめるべく、宿を発った。

 目的地は川辺を登っていった先。小高い丘の森だ。

 異世界転移のスタート地点であり、クルリがあいさつクエストをこなした場所でもある。


「クルリさん、この方向であってるんだよね?」

「うーんと、たぶんこの辺で……あ! 見つけたわ!」

 

 クルリの説明通り、その木の幹は人の顔を思わせるコブがついていた。

 少し女性的で柔和な面持ちだ。おばあさま感がある。

 木の根元には大きな雑草が茂っていて……。


「な、なんじゃ! お主らまだ生きとったんか!」


 否、雑草ではない。魔物だ。エイト達から武器と金をくすねようとしたアルラウネだ。


「アルラウネちゃんじゃない! おひさーっ! 森に住んでたの?」

「いやー、そうしたい所なんじゃがのぅ。歳のせいか、最近木陰じゃ光合成が辛くなって……ってうぉぉい! 何友達感覚で話しかけとるんじゃドアホ!」


 アルラウネは蔦を振りまわして威嚇した。


「ワシら敵同士じゃろが! キシャー!」


 警戒心をあらわにされているが、エイトとしては今追いかけっこに興じる気はない。敵意がないことを示して、何とか情報を引き出したい。

 

「あの、先日は美味しい葉肉をありがとうございます」

「な、先日はって、おま、まさか、マジで食ったんか!?」

「食感が絶妙でした」

「本人に向かって食レポやめい!」


 アルラウネの警戒度があがった。どうやら警戒の解き方を間違えたようだ。


「つーか、お主らどーしてエンティ様の居所を知って……。ハッ! まさかこの御方も食うとか言い出すんじゃなかろうな!」

「エンティさま?」

「やはりか」

「やっぱりさま?」


 クルリは首を傾げたが、エイトは一つ合点がいった。


「クルリさんがあいさつしたのは、ただの人っぽい木じゃなかったんだ。フリーダ嬢が使役した木の魔物、エントのエンティだったんだよ」

「様をつけんか、小童が! エンティ様はフリーダ様初の使い魔にして、リーベルト領内千の使い魔を統括された偉大な古木なるぞ!」

「そうなんですか、エンティ様?」

 

 その時、一陣の風が吹いた。森の木々が枝を揺らし、葉をすり合わせ、ざわめく。

 いや、単にざわめいているのではない。よくよく耳を傾ければ解る。葉のすり合わせが本当に言葉になっているのだ。


―――――さん付け――ぐらいで――結構ですよ―――――


―――――呼び捨て――まで行くと――アレですが―――――


「え、エンティ様がお応えに!?」

「おひさ! 元気に植わってた?」


―――――えぇ――お陰様で――植わって―――おりましたよ―――――


―――――貴方も――少しの間に――たくましく―――なりましたね―――――


「うん、あたしってばちょーレベル上がっちゃったから!」

「エンティさん、クルリさんを伯爵城の晩餐会に招待したのは、貴方ですね?」


―――――――ええ―――ご迷惑―――でしたでしょうが―――――――


「んーん! お陰様で助かっちゃったわ! 命とか!」


 屈託なく礼を言うクルリ。しかし、エイトとしては注文の一つもつけてやりたかった。


「エンティさんの計らいには感謝しています。クルリさんに事前説明の一つでもしてくれていれば、もっと犠牲を減らせたとは思いますが」


―――――ごめんなさい――風が――吹かないと――話せないのです―――――


「あぁ……。それはまた不便な……」

「お、お待ち下さいエンティ様! こ奴を城に招待なさったのですか!?」


 アルラウネが話を遮り、食ってかかる。


―――――ええ――そうですが―――――


「何故そのような真似を! 未熟な冒険者を城に送り込んでも、無用な犠牲を生むだけでしょうに! 大体、フリーダ様への感謝も忘れた今の冒険者共に……」


―――ラアル――貴方が――いつまでも――候補を――連れてこないのが――悪いのです―――


 どうやら、アルラウネ(ラアルというらしい)が図書館で冒険者相手にこそ泥を働いていたのは、単なる日銭稼ぎではなかったようだ。エンティの命令で晩餐会に招待すべき冒険者を見定めていたらしい。

 しかし、ラアル本人が伯爵城攻略に乗り気でない上、判定が厳しく三ヶ月間ついぞ一人も候補を連れてこなかった。

 そこで、痺れを切らしたエンティがクルリを招待した、という流れだったようだ。


「しかし、数ある冒険者の中から、どうしてクルリさんを招待したんです? 出会った時の彼女は、ギルド登録すらしていないLv0だったはずです」


―――そう――ですね――そもそも――ここには人が――寄り付かないのですが―――


―――――――彼女から―――英雄の匂いがしたような―――――――


「英雄の匂い、ですか」


 曖昧な答えだ。もしかすると、転移者であることが関わっているのかも知れないが……。


「えっ、あたし臭うの!?」

「クルリさん、大丈夫だよ」

「そりゃ、毎日汗かいてるけど、ちゃんとお風呂入ってるのに! どこが? 脇? 脇が英雄臭いのかしら!?」

「落ち着いて。英雄の匂いはいい匂いというか、一種の褒め言葉で……」

「嫌! 臭いやだ! 嗅いで、エイト嗅いでぇ!」

「いやホント気にしすぎ……あっ、普通に汗臭い」

「ガァーン!!」


 英雄臭のクルリは頭を抱えた。


「……あの、本当にクルリさんから英雄臭が?」


―――――人を――見る目に――自信は――ある――つもりですが―――――

―――――まあ――でも――所詮―――節穴ですから―――――


(自虐ネタが微妙すぎる)

 

 笑っていいネタなのか判断がつかなかったので、エイトはラアルに倣って曖昧ににやけた。

 

――――さて――冗談は――これぐらいにして――昔話を――始めましょうか――――

 

 クルリの復帰を待たずして、エンティは本題に入り始めた。

 風のある時にしか話せないので、見かけのわりにせっかちなのかも知れない、とエイトは思った。

 

―――――あの子にとって―――愛情とは―――規律だったのでしょう―――――

 

 夜風にながすように、エンティはフリーダの真実を語り始めた。

 


 途中風が止んだせいで無為な時間も流れたが、彼女(?)の物語にはラアルの話を補完する描写があった。

 フリーダの豹変についてだ。

 

 ラアルの言葉通り、フリーダは伯爵のブレーンとして、召喚術師として、その手腕を多方面に活かした天才少女だった。

 為政者としても術師としても、彼女の哲学は一つだった。

 それすなわち、規則の徹底。法や礼節、倫理や教義。領民の扱いであっても、召喚獣の扱いであっても、統率には規則が必要だ。

 従順なるものには蜜を。背徳者には罰を。それこそが伯爵領を戦時下の楽園たらしめていた。

 

 そんなある日、伯爵城内で一人の男が囚えられる。

 ギルドもパーティーも持たない、流れの冒険者だ。戦乱の世において、無断の城内侵入は即刻処刑級の重罪である。普段ならば、フリーダは秘密尋問と処刑を即断したはずだ。

 しかし、どう言う訳かフリーダは彼を見逃してしまった。

 法の徹底を胸に刻んだ才女が、たった一度、己が法を破ったのだ。

 

「知り合いだったんですか?」

 

―――――解りません――面識は――ないはずでしたが―――――

 

 そして、それがフリーダ最大の誤りだった。

 結局、後日その冒険者は別件で逮捕される。

 そして、伯爵同席の審問の場で、彼は伯爵夫人との関係を打ち明けてしまったのだ。

 

「関係って、なーに?」

「不倫ですか」

「ふぇっ!?」


―――――ええ――そして――フリーダの――本当の父親で――あることも―――――

 

 伯爵は激怒した。彼は温厚で地位相応の器量を持った人物だったが、敬虔な正統十字教信者でもあったのだ。

 その怒りは冒険者を処刑しても収まらず、矛先はフリーダにも向いた。

 

「そんな……。フリーダさんは何も悪くないのに……」

「穢れによって生まれた子供は、その根源が穢れであるのじゃ。それが正統十字教の教義なのじゃ」

 

 召喚術師としても為政者としても、フリーダは戦乱の世にあって替えの効かない人材だ。そのため、伯爵はあの手この手で娘を精神的に追い詰めた。要は古いドラマの姑じみた嫌がらせだ。あのあからさまな肖像画の汚れも、父のやった事のようだ。

 身に覚えのない罪で父に断罪され、教会から嘲られ、母からすら罵りを受けて、フリーダはとうとう心を壊してしまう。

 全ての理不尽な罰を、自分への愛と誤認するようになったのだ。


―――そして―――あの子は―――ユニークスキルを―――使い始めてしまった―――


「《礼節呪詛》ですか」


―――えぇ――礼節破りを――拘束する――必罰のスキル―――


―――あの力―――あの子は―――嫌って―――いたのですが―――

 

 あとはアルラウネから聞いた通りだ。

 フリーダは家族を呪詛によって殺し、愛の鞭で領民を脅かした。

 留まること無く暴走を続け、王都から派遣された冒険者によって討たれた。


―――思えば――幼き頃から――あの子には――危ういところがありました―――


―――ユニークスキルとは―――呪いなのです―――


―――逃れ得ぬ―――魂の在り方―――自己への呪縛―――それがあの子を――蝕み続けている―――


「呪縛って……」


 クルリの心配そうな視線をうけて、エイトは目を伏せた。

 《弱肉強食》が自分を蝕むと言われても、エイトにはピンとこなかった。これは単なる道具だ。多少奇異の目で見られる欠点はあるが、強力なチートスキルだ。


―――――あの子は―――今も―――呪いに―――苦しんでいる―――――


―――――だから――お願いします―――晩餐会を―――終わらせてください―――――


―――――フリーダを―――解き放ってあげて―――――


「……うん! まかせて! あたしとエイトが、悲しいお食事会を止めてあげる!」


 クルリが力強く頷く。朝方と打って変わって、その目には強い責任感と使命感が宿っている。本気でフリーダの身を案じ、彼女を救いたいと思っているようだ。エンティが満足気にそよいだ。

 

「……しゃーないのう。エンティ様のご指名とあれば、ワシも一肌脱いでやるわい」

 

 始めは不満気なラアルだったが、クルリの真剣味が伝わったのか、気が変わったようだ。


「伯爵城攻略、ワシも連れてくがよかろ」

「おやつ確保」

「菓子扱いやめい! 冒険者としてパーティーに加わってやるっつっとんの!」


 エイトとクルリは顔を見合わせた。


「うーん、真剣に戦ってる時に、咲かれてもなぁ」

「ハァ? 舐めんじゃねーじゃし! 言っとくけどこないだ逃げてやったのは、ワシなりのリップサービスじゃから! お主なんか昔のワシならワンパンじゃからワンパン!」


―――――――ラアルは―――有能な―――冒険者ですよ―――――――


 エンティがフォローに回る。


―――彼は―――ギルド所属を―――認められた―――数少ない魔物で―――三百年前―――Aランクまで――上り詰めた―――スカウトですから―――


「えーっ! Aランクって、ダニエラさんより上じゃない!」

「ほーれ聞いたか若造が。わしも若い頃はそりゃもーイケイケでのう」

「いや、うん。凄いのはいいけど…………彼?」


 エイトが眉をひそめてラアルを見つめる。人間体の見た目は紛うこと無く女の子だが……。花をよく見ると雄しべしかない。単性花だ。

 ラアルはエイトの視線に気付くと、慌ててしなを作った。

 

「きゅっるりん! にぱっ☆ なのじゃ!」

「ロリジジイって、ちょっと特殊性癖過ぎないかな?」

「きゅっるりん! にぱっ☆ なのじゃ!」

 

 エイトは追求を止めた。


―――――ところで―――招待枠は―――四人―――なのですが―――――


(四人……? あ、もしかして)


=============================

◆強制クエスト《嘆きの伯爵城攻略》

達成条件:ダンジョンの解消

達成期限:残り3日17時間

報酬:スキルポイント15

推奨Lv:22以上

推奨パーティー:4名

=============================


 エイトは一人膝を打った。

 推奨パーティーが『4名以上』ではなく『4名』に固定されていたのは、招待枠の制限だったのだ。思い返してみれば、晩餐会に並んでいたナプキンも、伯爵家分を除けば四つだった。

 席が足りないと言って殺された冒険者もいたので、五名以上で行けばそれだけでアウトだったのだろう。三名以下でも危なかった。強制クエストの情報は正確だ。


「となると、あと一人仲間を集めないとな……」

「その話、俺も加えちゃくれねえか」


 振り返ると、槍を携えた冒険者が木陰で腕組みをしていた。ガースである。


「悪ィなニュービー。つけて来た。……よくたどり着いたもんだぜ、こんな正解によ」

「いえ、僕たちは単に運が良かっただけで」

「フリーダ相手に逃げ出さない胆力。失敗から学び、正解に辿り着く分析力。経験とレベルは不足してるが、素養は十分だ。あんたもそう思うんだろう? エンティさんよ」


――――えぇ――――お二人なら――――きっと――――


「で、その不足した経験とレベルだが……。俺に補わせちゃくれねぇか。ダンジョンを前線で攻略した分、カンは働くつもりだぜ。少なくとも、道中なら不足はねえと思うが」


 エイトは考える。

 第十二次伯爵城攻略パーティーの生き残りで比較するなら、戦闘力トップはダニエラだ。《礼節呪詛》さえ無効化出来れば、一人ででも蜘蛛を倒してのけるだろう。

 しかし、彼女は経験浅く、挫折を知らなかった。経験や精神面ではガースの方が信頼出来る。


「レイドパーティーの枠まで奪って、このザマだ。頼めた義理じゃねーとは思うが……」

「仇討ちのつもりなら、お断りさせて下さい」

「エイトっ!」

「すまないがクルリさん、これは重要な事だ」


 復讐は時に大きな力を生むのかも知れないが、今は不純物だ。フリーダ嬢の攻略は冷静さを求められる。


「心配すんな。新米ならいざ知らず、俺達はルーキーじゃねえ。……そう、ルーキーじゃねえんだ。先走ってヘマすんのは、もう懲りたんだよ」

「そうですか。……では、これをどうぞ」

「何だこれ、米の塊?」

「故郷の携帯料理、おにぎりです。僕が握りました」


 ガースが胡散臭いものを見る目でおにぎりを眺める。


「思うに、手料理を食べるという行為は一種の信頼の証です。貴方はそれを、食材に感謝しつつ、食べられますか?」

「ああ、そりゃ別に構わねえが……」

「具は、伯爵城の蜘蛛の足ですが」

「…………っ」


 ガースは開きかけた口を閉じた。

 この世界の人間は、魔物食に強い抵抗感を持っている。染み付いた文化や価値観がそうさせるのだ。

 エイトも、本当ならば嫌がる相手に魔物食を出したくはない。食事で人を試す事は、彼の主義に反する。

 しかし、忘れてはならない。エイト達は晩餐会に出席するのだ。ただフリーダを討伐するだけではない。食事に向かうのだ。食卓に何が乗ろうとも、美味しく平らげなければならないのだ。

 ガースは眉を寄せ、握り飯を睨み……大口を開けて、齧りついた。

 

「……身が柔くて、悪くねぇ。カニっぽいな」


 エイトは頭を下げた。


「また、冒険者の基礎を学ばせて下さい」

「よろしくねっ!」


 こうして、第十三次《嘆きの伯爵城》攻略パーティーは結成された。


「あの……ワシ、フツーに蜘蛛とかゲテモノ無理なんじゃが?」

「ラアルさんは食材枠だからセーフです」

「アウトなんじゃが!?」


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