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十七話:コンティニュー

  

 異世界転移八日目。

 異世界生活も二週間に差し掛かり、エイトは初めて自分の力で目を覚ました。

 

 ここはエイト達の拠点、《女神の従者》御用達の安宿だ。

 宿とは言うものの、掃除選択等のサービスはない。基本的には全て自分でやる。食事もあったりなかったりで、受付に管理人さんがいるだけのワンルームアパートに近い。

 

 《女神の従者》で購入した紅茶を沸かし、砂糖をたっぷり加えて飲み干す。

 一呼吸ついていると、昨日の出来事がじわりと記憶の奥から這い出してくる。

 ダンジョン最奥で開かれた晩餐会。フリーダと思しき少女。巨大蜘蛛としつけの時間。

 初めて味わう、手痛い挫折。

 

 エイトの見立て通り、巨大蜘蛛の糸には物理的拘束力はなかった。糸をたぐって食堂に引っ張り戻される事はなかったし、館を離れると糸も消えて、状態異常:呪縛は解除された。熱病に浮かされたような体の重さも、一晩眠れば元通りだ。

 体力的には、今日にでも再トライ出来る。

 問題は……。

 

(……起きてこないな)

 

 いつもだったら、とっくにクルリが来襲している時間なのだ。

 低血圧の癖に、クルリは自分を目覚まし時計の化身と勘違いしている節があった。毎朝鶏が鳴く頃にはベッドを這い出して、寝間着のままエイトを揺すったり叩いたりして起こそうとするのだ。朝はゆっくり寝坊するタイプのエイトとしては大変迷惑を被るルーチンなのだが、ないならないで寂しいものだ。

 

(無理もないか)

 

 世話になった人が纏めて化物に殺されたのだ。ショックを受けるなという方が酷だ。

 転移直前にも見せられた光景だが、馴れていいものではない。

 こうして普通の朝を迎えられるエイトの方こそ異常なのだろう。

 

 気分転換に外の空気を吸おうと、自室を出て階段を降りていくと……。

 

「あぁら。遅いお目覚めねェ」

「ゲ」

「ちょっと、人の顔見るなり、ゲはないでしょゲは。せめて上にしてちょうだい」


 廊下でリザと鉢合わせした。壁にもたれかかり、大きな体に不釣り合いに小さなマグカップを呷っている。

 

「……おはようございます」

「もう昼休みよん」

「こ、こんにちは」

 

 エイトは猛烈な居心地の悪さを感じた。

 当然である。散々釘を刺されたにもかかわらず、勝手に伯爵城に突っ込んで返り討ちにあったのだから。昨日はクルリの精神的なダメージを慮ってか、事後処理の負荷からか、特段何も注意されなかったが、腹の中で何を思われていてもおかしくない。


「あの、ガースさんとダニエラの様子は?」

「二人共、外傷はなかったわ。問題は心の方よね。ガースちゃんは医務室抜け出して行方知れず。ダニエラちゃんは《鉄甲兵団》に引き渡したけど、まー塞ぎ込んじゃって……。ありゃ一ヶ月は引き摺るわね」

「……そうですか」

「それより、エイトちゃん。……何か、言うことあるんじゃない?」


 ずい、と化粧塗れの顔が迫る。エイトは観念して頭を下げた。


「勝手に伯爵城に向かって、申し訳ありませんでした」

「そうそう、それよ。ホント心配したんだから」


 そこからきっちり十分、リザは説教し通した。

 曰く、初めてのダンジョンは初心者向けの洞穴を経験者と一緒に歩くものだ。

 曰く、適正レベルを超えるダンジョンに付き添いなしで潜るなんて自殺そのもの。

 曰く、命があるだけで奇跡。

 どれもこれもぐうの音も出ない正論で、エイトは頭を下げっぱなしだった。


「この先冒険者稼業で食っていきたいんなら、先輩の助言は素直に聞きなさい」

「……返す言葉もないです」

「でも、ありがとうね。あなたのお陰で助かったわ」

「いえ、ガースさんを救助したのは僕じゃなくクルリさんで」

「違うわ。助かったのはあたし。帰ってきてくれてありがとうって言ってるの」


 想像だにしない答えに、エイトはしばし呆然としてしまった。

 冒険者ギルドなんてものは、もっとドライで命が軽いと思っていたのだ。


「エイトちゃん、まだ諦めてないのよね」

「ええ。勝算さえあれば、一人でだって攻略してみせます」

「そ、まあいいわ。覚悟があるなら口は出さない。けど、一つだけアドバイス。行動する前にクルリちゃんのフォローはしてあげて」

「フォロー……ですか?」

「そうよ。転んじゃった女の子は、頼もしいオトコノコに立たせて貰うのを待つものなの」

「しかし、僕にはその、彼女を勇気づけるような言葉は、難易度が……。頼もしい男性が入用なら、リザ氏の方が適」

「あン?」

「申し訳ございません」

「助言は、素直に、聞くこと。返す言葉は?」

「……ありませんでした」

 

 

 エイトは顔を洗って頭のモヤを取り去ると、クルリの部屋を訪ねた。

 

「少しいいかな、クルリさん」

 

 ノックしてからしばらく待つと、クルリが緩慢な動作でドアを開け、エイトを部屋に招き入れた。

 

「おはよ、エイト」

 

 おはようと言ってはいるものの、クルリ本人は殆ど眠れていないようだ。目は赤く、大きなクマが出来ていて、血色が悪い。

 クルリの口角がこれほど下がっているのを、エイトは見たことがなかった。


「君のお陰で助かった。改めて礼を言わせて欲しい」

「…………ううん。あたし、助けられなかったわ」

「?」

「十二人も助けられなかった。あたしがダニエラさんみたいに強かったら、皆無事だったはずだもの」

「君がいなければ全滅だったし、第一ダニエラさんも捕まっていたじゃないか」

「そうだけど……そうじゃないわ」


 ベッドの上で体育座りになって、クルリは膝に顔を埋めた。


「あたしね、冒険者生活が楽しかったの。見たこともない世界で、見たこともない魔物と、貰った力で戦って。ちょっと頑張ればLvが上がって、みんな凄いって褒めてくれて。つちのこも美味しくて……。でも、目の前で人が……ドルトさんも、ミーシャさんも食べられちゃって、怖くて……その」

「逃げたくなった?」

「……うん。ごめんね」


 申し訳なさそうに縮こまるクルリ。


「クルリさん、君の反応は人として正しいと思う。僕に負い目を感じる必要はないよ」

「…………」

「君には膝を折る自由がある。見ようによっては、それが最適解だ」


 耐え難い忌避感を除けば、強制クエスト失敗のデメリットは不明確だ。命を落とすかも知れないし、何も起こらないかも知れない。しかし、先に進めば確実な危険が待っている。


「エイトは、怖くないの?」

「怖いよ。でも、殺しに行くんだから、殺されても仕方がないじゃないか。納得感があれば、覚悟が出来る。覚悟ある恐怖は、スパイスに過ぎない」

「よくわかんないわ。怖いのなら、逃げちゃえばいいじゃない」

「うん。だから君はここに留まっても……」

「そうじゃなくて。エイトにも行かないでほしいの」

「いや、僕は覚悟が出来てるから……」

「あたしが出来てないの。エイトが居なくなっちゃうの、嫌……!」


 クルリがエイトの服の裾をひしと掴む。雫で目尻を光らせ訴える彼女の様子に、エイトの心が動きかける。……しかし。


「ごめん、クルリさん。君には感謝しているけれど、その頼みは聞けない」

「どうして? 食べられちゃうかも知れないのよ」

「やるべき事があるんだ」

「強制クエスト、そんなに大事?」

「それもあるけど、それだけじゃないよ」


 エイトは自分の掌を開閉する。

 この世界に転移して一週間。彼の手には既にタコが出来ていた。

 肉切り包丁を振るい、魔物を狩った証だ。

 まとわり付く血の匂い。生きた肉を切る感触。受けた痛み。命を奪う感覚。

 体の内に染み込み始めたそれが、エイトに語りかける。


「食事は楽しくあるべきだ。自己満足でも、命を奪うなら、相応の手向けが必要なんだ」

「そう、ね。ごはんは楽しく食べたほうが、いいと思う、けど……」

「けれど、あの晩餐会は違う。食事を不幸の糧としている。ミーシャさん達は無作法の罰として食べられた。それが許せないんだ。あんなものは食事であってはいけない」

「…………」

「だから、僕は伯爵の晩餐会を否定する。喰らうべきは彼女じゃない。僕だ。僕ならば、彼女を楽しく食べてみせる」


 クルリがじっとエイトの目を見る。

 胸の内を見透かされるような錯覚を感じたが、それでもエイトは視線を逸らさなかった。


「……エイトの言ってること、むずかしーわ。全然わかんない」

「そ、そうかな」

「わかんないけど……。つまり、エイトってば、あたしよりご飯が大事なのね」

「え、あれ? そんな結論につまりっちゃうの? 僕結構マジメに自分の信条を……」

「あーあー。エイトってば勿体無いんだー。クルリちゃん可愛そー」


 クルリが口をとがらせ、すね始めてしまった。


「あたしってば結構人気者なのよ」

「知ってるよ」

「エイトの百億倍お友達いるんだから」

「相手が0だと思って強気になってない?」

「それにほら、お小遣い結構多いし、小学校で皆勤賞とったし。見た目も、か、かか、可愛い……し?」

「…………」

「ちょ、ちょっとエイト! 黙るのメッ! コメントして!」

「恥ずかしいなら言わなくていいのに」

「と、とにかく! そんなあたしがお願いしてるのに、エイトってばお城に行っちゃうのね!」

「すみません」

「ふーん……そうなんだ」

 

 クルリは突然立ち上がると、ベッドにダイブしてもがき始めた。

 五分近くジタバタした挙句、枕に顔を突っ込んだまま尋ねてきた。

 

「……蜘蛛さんって、美味しいと思う?」

「あ、かなりイケる方だったよ。昨日食べてみたけど、カニみたいな味だった」

「そっか。……じゃあ、行ってあげる」

「いいのかい?」

「あたし、カニさん大好きだから」

「味の保証はしないけどね。やたらでかいし」

「どんな味でも、二人で食べた方がきっと美味しいもの」


 クルリが顔を上げる。未だに寝不足気味で血色は悪かったが、そこからは恐怖や不安の色が消えていた。

 エイトはクルリの決意を受け止めて、受け止めた上で……。


「いや? 味と人数に相関はないのでは?」


 疑問を呈した。


「ちょ、ちょっとエイト! ここは頷くとこ! うんって言うとこ!」

「しかし、人数によって料理の成分が変動するわけではないし。調理中手間暇かける余裕を考えるなら、むしろ一人の方が」

「す、すすすストーップ! エイトストップ! あ、じゃあ楽しい! 二人で食べたほうがきっと楽しいわ!」

「うん。それなら、君となら」

「ふー……。セーフ……。せっかくいい雰囲気だったのに、ちょっとびっくりしちゃったわ。エイトってばそういうトコあるわよ。メッ!」

「はぁ。すみません」

 

 何故怒られるのか、イマイチ把握しかねるエイトだった。

 

 

 クルリの二度寝と朝食を済ませて、二人はエイトの部屋で再び作戦会議を始めた。

 

「昨日の犠牲は多大だったけれど、収穫もあった。伯爵城の『仕掛け』の概要が掴めたのは、大きな前進と言っていい」

「《礼節呪詛》ってスキルのこと?」

「そう、それだよ。大方、ボス専用のユニークスキルだろうね」


 ダニエラを抑え込んだ事実からして、その効果はステータス無視の強制的行動不能。

 帰還出来なかった高レベル冒険者は、アレの餌食となったと見ていいだろう。


「あとは、君だけが《礼節呪詛》を受けなかった理由を解明できれば……」

「礼儀正しいからじゃない?」

「そんなはずはない。君は奔放な無礼がウリじゃないか」

「あ! なんか今とっても失礼な事言われた気がするわ!」

「褒めてるつもりだよ」

「え、そう? えへへーっ」

「君、実は状態異常無効のスキル持ちとかじゃ?」

「んー。でもステータスには書いてないわよ、そんなの」


 《弱肉強食》を除けば、エイトとクルリの間に冒険者として大きな差異はない。

 能力に起因するものでないなら、行動に何か鍵があるはずだ。


「フリーダ嬢の口ぶりからすれば、僕やガースさん達は晩餐会に招待されていなかった。けれど、君は招待されているはずなんだ。思い当たる節は?」

「うーーーん……」

 

 クルリは考え込む。

 この世界に来てからと言うもの、二人は寝食冒険をともにしてきた。

 数少ない離れた時間と言えば……。


「ツキサシバナ討伐の時、特筆するようなイベントはなかったのかい?」

「んー。あ、大道芸人さんを見たわ! あのね、手でお歌が歌えるのよ」

「へー。はいはい。となると残るは……出会う前かな」


 出会う前と言えば、ウォーウルフに襲われ、右も左も分からずに森を彷徨っていた時間だ。


「ウォーウルフに襲われる前って、クルリさんは確か……」

「あいさつしてたわ! ちょっと人っぽい木に!」

「人っぽい……木……。具体的には?」

「何か枝が手っぽくて、コブが顔っぽくて、そんな感じ」

「そうか。ひょっとすると……」

 

 魔物図鑑の挿絵と、アルラウネの言葉を思い出す。

 

『良き相談役のエントは監視の目となった。森守るゴーレムは人を捕らえる檻となった』

『中でも特に悪名高いのが、連日開かれた晩餐会じゃな。使い魔に領民を招待させては、礼節の誤りを口実に処刑していった』

 

「僕が食べた小石はフリーダの使い魔、ゴーレムの破片だった。もしかすると……」

「そっか、解っちゃったわ! あたしが招待されてた理由!」

 

 クルリと顔を見合わせ、頷き合う。同じ結論に至ったようだ。


「スマホ落として泣いちゃったからね!」

「思ってたのと違いすぎる」


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