十六話:嘆きの伯爵城攻略編その4
思考が氷結する光景だった。
食堂に足を踏み入れると、そこには伯爵令嬢フリーダと思しき少女と、館のボスらしき巨大蜘蛛がいた。そこまではいい。怪物の登場は覚悟していた。
しかし……。
「一体……何を……しているんだ……?」
先導する冒険者達が、勇猛果敢で無双の冒険者達が、巨大蜘蛛の前で跪いていた。
争った形跡すらない。ただ頭を垂れて、叱られた子供のように俯いている。
フリーダが彼らを謳うように諭し、呼応するように、巨大蜘蛛が冒険者の体を弄んで……。
それは始まった。
「汚れたお靴は、洗いましょう♪」
魔術師が下半身を食い千切られる。
「ドレスコードは、大切です♪」
甲冑の戦士が握り潰される。
「あいさつしないと、いけません♪」
剣士が両断される。
「お席の数が、足りません♪」
重戦士が飲み込まれる。
それは戦いと呼べるものではなかった。単なる処刑に過ぎなかった。
百戦錬磨の冒険者達が、大蜘蛛に食い散らかされている。
あのダニエラですら、何の抵抗も出来ず震えている。
「ぁ……ぁっ……! ひっ……!」
クルリが小さく悲鳴をあげた。
頬を引きつらせ、大きな目をさらに見開き、ガチガチと歯を鳴らしている。
そこでようやく、エイトは我に返った。目の前の光景を現実と認める事が出来た。
「僕が救援に行く! クルリさんは援護を!」
震えるクルリを置いて、肉包丁片手に食堂へ飛び込む。
残った冒険者はガース、ミーシャ、ドルト、ダニエラのわずか四人。つまり既に十人の命が喪われている。何もせず立っていた時間が悔やまれる。
「あら、新しい領民さんですね?」
食堂に足を踏み入れると、ガース達の体に薄っすらと白い糸が付着しているのが見て取れた。決して動けないような雁字搦めではないのだが、彼らを拘束する何かがあるとするならば、それだ。
(僕一人じゃ巨大蜘蛛には敵わない。彼らを縛る糸さえ切れば……!)
「ありがとう! ありがとう! 愛が通じて、慕ってくれて! 領主として、伯爵家の者として、とてもとても嬉しいですわ!」
身を屈め、走る。ダニエラを縛る糸に指を伸ばして……。
「……けれど。あなたも、招待されていませんね?」
> 《礼節呪詛》Lv37に抵触しました。
> 状態異常:呪縛
> あなたは作法を破りました。呪われて当然です。
(……ッ!? 体、が……動かない……!?)
その時、ようやくエイトは気付いたのだ。
自らの腕も、足も、とうに蜘蛛の糸に絡めとられていた事に。
(そ、んな……!? いつの間に……!?)
指先一本自由が効かない。
肉体の制御を完全に奪われ、エイトはダニエラの隣に跪いた。
> あなたは作法を破りました。呪われて当然です。
骨を砕く音が聞こえる。肉を蝕む音が聞こえる。
悲鳴の一つも漏らさず、誰かが捕食されている。
> あなたは作法を破りました。呪われて当然です。
ごとり、と音がして、何かが視界に入った。
弓蛸の出来た逞しい手。……ドルトの手首だ。
> あなたは作法を破りました。呪われて当然です。
「さて、お次は……はい。乱入者さん、貴方にしましょうか」
「………………っ!」
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捕食スキル一覧:
《リーフバインド》Lv1 :消化まで1時間
《発火》Lv2 :消化まで3時間
《怒龍の猛進》Lv3:消化まで93時間
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スキルを確認する。
> あなたは作法を破りました。呪われて当然です。
心臟が暴れる。喉が乾く。叫ぼうにも声が出ない。舌は動くが、胸も喉も使えない。
「そうですねぇ、貴方は……」
「や、止めなさいよ!」
(クルリさん!? 何をやっているんだ! 君までミイラになって……!)
「エ、エイトを、みんなを放して! さもないと、う、撃っちゃうわ!」
「あら、いけませんわ。たとえ招待客であっても、城で弓を射掛けてはいけないと、お母様が……仰っていないわね」
首を傾げるフリーダ。
その隙にクルリが矢を次々と矢を射掛けるが、エイトにまとわり付いた糸を切ることが出来ない。当たっていないのではない。すり抜けている。実体がないのだ。
クルリは即座にクロスボウを捨てると、エイトを背負い、その隣のダニエラ、ガースを脇に抱え、さらにミーシャのベルトをつかもうとして……。
「あら、領民を連れ帰ってはいけませんわ。しつけの途中なのですから。愛し切れていないのですから」
大蜘蛛が腕を振り上げる。クルリめがけ、肉厚な爪が迫る。
「ひゃっ!」
しかし、それがクルリの体を貫く寸前、何かが光り、爪の先を切り飛ばした。
エイトにもクルリにも光の正体は掴めなかったが、それはミーシャの得物であった。唯一自由になる舌から暗器を飛ばしたのだ。
「ご無礼千万ですね」
フリーダが冷たく言い放ち、爪でミーシャが逆さ吊りにされる。
少し厚ぼったい唇が「ガースをよろしくね」と紡いで……蜘蛛に飲み込まれた。
「う、あ、わぁああああああああっ!」
クルリは走った。エイト、ガース、ダニエラを連れ、逃げ続けた。
蜘蛛を避け、甲冑に躓き、擦り傷をいくつも作りながら。
背中を追う、食事の音に責め立てられながら。
《女神の従者》クエスト履歴には、翌晩こう記された。
第十二次《嘆きの伯爵城》攻略パーティーについて。
《鉄甲兵団》を中心とするギルド横断レイドパーティー。平均Lv41の14名構成。
欠員を出さず、損耗なく三階最奥部にたどり着くも、《礼節呪詛》なるスキルの介入によりボス討伐に失敗。
生還者はレイド主催者聖騎士ダニエラを含む四名(うち、臨時メンバー二名)。
記録上初の伯爵城最奥到達者となった。
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◆強制クエスト《嘆きの伯爵城攻略》
達成条件:ダンジョンの解消
達成期限:残り4日9時間
報酬:スキルポイント15
推奨Lv:22以上
推奨パーティー:4名
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