十四話:嘆きの伯爵城攻略編その2
エイト達は魔物の残骸を踏みつけつつ、二階へ繋がる階段をよじ登る。
窓から差し込むわずかな光と燭台の灯りを頼りに、どこまで続くか解らない廊下を進む。
割れた花瓶をまたぎ、焼け死んだ大蜘蛛の遺骸を避けて歩いて行くと、壁に飾られた絵の中に一つ、目を引くものがあった。
伯爵家を描いた肖像画だ。伯爵と夫人と娘が七五三写真の構図で並んでいる。夫婦の柔らかな表情、古びていても解る淡い色彩から、描かれた当時の幸福感が伝わってくる……のだが。
「なにこれ。フリーダさん、可哀想じゃない?」
ぽつりとクルリが漏らす。エイトも同じ感想を抱いた。
フリーダと思しき少女の顔が黒い汚れで塗り潰してあるのだ。
詳細を調べるべく、エイトは甲冑の残骸を踏んで近づいてみる。絵の汚れをなぞってみると、指先についたのは埃だけだった。汚れの正体は恐らく絵の具だ。それも古い。冒険者のいたずらとは考えづらい。
(生前の嫌がらせって事になるが……。悪政への報復ならば、伯爵にも矛先が向くはずだ。身内が犯人だとしても、筋が通らない。アルラウネの話じゃ、伯爵は勧んで娘の傀儡になったはずなのに……)
それに、天賦の才を持つ召喚術師相手にここまでの嫌がらせが出来るものだろうか。
エイトが考え込んでいると……。
「待ってエイト! その子、まだ動いてるわ!」
「……っ!」
右足から鈍痛。状況認識がワンテンポ遅れる。
残骸と思っていた空洞甲冑が再稼働し、エイトの足首を掴んでいた。
動力不明の握力に骨が軋む。万力のような力だ。放っておけばへし折られる。
肉切り包丁を振りかざし、手首の節目を狙う……が。
「なっ……!?」
振り下ろせない。包丁に白い糸が絡みついている。
天井を見上げると、犬サイズの大蜘蛛が八つの目を赤黒く光らせていた。
「ちっ……!」
> 昇華:《発火》Lv2
右手の発火で糸を焼く。
> 昇華:《ヘビーウェポン》Lv1
自由になった肉切り包丁の一撃で空洞甲冑の手首を叩き折り、頭を蹴り飛ばす。
> 《空洞甲冑》Lv15を撃破しました
甲冑頭がサッカーボールさながらに飛んでいき、廊下の先で金属製の何かにぶつかった。
聞こえてくる足踏み。空洞甲冑のリポップだ。
頭に飛びかかってきた蜘蛛を返す刃で弾き、エイトは指示を飛ばす。
「蜘蛛は僕がやる! 奥の敵はクルリさん、任せた!」
「オッケー!」
蜘蛛が八本足を広げて威嚇する。武器は糸と爪、牙のようだ。
蜘蛛は甲冑の残骸を潜るようにして接近、糸をたくみに操って飛び跳ね、エイトの首筋を狙って爪を振るう。
エイトは糸を《発火》で迎撃しつつ、肉切り包丁で爪を凌ぐ。
互いの得物が激突し、火花を散らす。
一撃の重みはエイトが上だが、手数と機動性で負けている。
一進一退の攻防だ。一発貰う前提ならば仕留めるのは容易だが、蜘蛛の爪や牙に毒がある可能性を考えるとあまりに博打だ。
「エイト、エイト! ちょっとヤバいかも! おかわり来てるかも!」
「何だって!?」
振り下ろされる爪を躱しつつ視線をスライドさせると、廊下の奥からさらなる空洞甲冑が現れていた。
槍を装備しており、突進しようと構えている。
クルリはまだ最初の甲冑相手に有効打を入れられず四苦八苦している。
(まずい、援護しないと……! でも、どうやって!?)
======================
捕食スキル一覧:
《ヘビーウェポン》Lv1 :消化まで12時間
《発火》Lv2 :消化まで6時間
《怒龍の猛進》Lv3:消化まで94時間
======================
(《ヘビーウェポン》も《発火》も射程が足りない! 《怒龍の猛進》なら……)
一昨日、つちのこ相手に披露した時の記憶が脳裏を過る。
(ダメだ。リスクが高すぎる!)
肉切り包丁の大振りで蜘蛛を弾き飛ばし、エイトは決断した。
懐からアルラウネの葉を取り出し、皮も剥かずに貪り付く。アルラウネの葉はアロエ同様保存が効くのだ。
> 《アルラウネの葉》Lv39を捕食しました
> 《弱肉強食》起動
> スキルスロットが埋まっています
> 《ヘビーウェポン》Lv1を捨て、《リーフバインド》Lv1を獲得しますか?
> スキル《リーフバインド》Lv1を獲得しました
> 昇華:《リーフバインド》Lv1
絨毯から蔦が生え、暴れ、増援の空洞甲冑を絡め取って硬質化する。
(よし、足を止めた!)
エイトが晒した格好の隙を見て、蜘蛛が飛びかかってくる。
しかし、その腹丸出しの大振りは逆に致命的だ。
エイトは《発火》入りの回し蹴りで蜘蛛を蹴り飛ばし、窓の外へ叩き出す。
> 《城蜘蛛》Lv17を撃破しました。
エイトはシステムメッセージの確認もせず、そのまま走って、バインド中の甲冑の槍をはたき落とす。もがき続ける甲冑を幾度も肉切り包丁で殴りつけて。
> 《空洞甲冑》Lv16を撃破しました
「ふぅ、はぁ……。ちょっとピンチしてたかも……」
空洞甲冑を何とか倒し、クルリが座り込む。見ると、矢は的確に甲冑の関節を射抜いていた。クリティカルを入れ続けたにも関わらず、仕留めるのに一分近くかかったのだ。
「ごめんねエイト、遅くなって」
「腕の問題じゃないね。もうお下がりのクロスボウじゃ火力不足になって来てるんだよ」
「そっかぁ……。今までありがとね、ボーちゃん」
「君、クロスボウにも名前つけてるんだね……。まあ、ドルトさんに次のオススメでも聞いてみたらどうかな」
しかし、たかが三体相手に予想以上の綱渡りを演じてしまった。これ以上数が増えたら撤退もあり得ただろう。
(自分たちだけで潜る時には、足止めスキルがないとやっていけないな……。
アルラウネの残りも少ない。足止めスキル持ちの魔物を探す必要があるか。それに《発火》も射程が短すぎるな。クルリさんが糸に捕まっても対処出来るように、遠隔攻撃可能な炎魔法スキルが欲しい。
あと、《ヘビーウェポン》がないと僕も火力不足だ。スキルスロットも拡張すべきかな)
先程の教訓も踏まえ、残骸にも注意しながら歩いて行く、が……。
「ついちゃったね」
「ついちゃったわね」
殆ど魔物と遭遇せず、三階へ続く階段についてしまった。
「登っちゃう?」
「うーん、偵察で済ませるなら、二階までの予定だったんだけど……」
耳を澄ませば、上階から盛んな剣戟が聞こえてくる。玄関口と同じく蹂躙に近い戦いだ。
「ガーさん達、お元気そうね」
「良いことだね」
「らくしょーでクリアしちゃうんじゃない?」
「そうなると、プランD発動だね」
レイドパーティーが攻略に成功するならば、進まないのは愚かな選択だ。
失敗するとしても、ここで帰還して意味があるだろうか。考察材料がないではないが、仕掛けについての情報が致命的に不足している。満足行く収穫とは言えないだろう。
戦闘の音からして、三階に登ってもまだしばらくは安全地帯だ。となると……。
「……解った。登ってみよう」
「そうこなくっちゃ!」
「ただし、少しでも危険を感じたら撤退するよ。ガースさん達がピンチでもだ。いいね」
「……むー」
「いいね?」
「はぁい……」
そして、エイト達は呆気ないほど簡単に、生還者皆無のダンジョン深層へと登り始めた。




