十一話:アルラウネの葉肉コンポート
エイトが目を覚ますと、フグと目があった。
今にも破裂せんばかりに膨らんでいる。威嚇のつもりだろうが、くるっと丸い大きな目が愛らしくて迫力があまり……。
(って、あ、これクルリさんか)
ベッドに横たわったエイトを、仁王立ちのクルリと、何やら萎びた様子の金髪女が見つめていた。金髪女の顔に見覚えはないが、鎧で解る。女騎士ダニエラだ。
「はい! エイトにごめんなさいして!」
「ごめん……なさい……」
「何でごめんなさいなの!? ちゃんと言って!」
「早とちりでジャスってごめんなさい……」
「うん、まずジャスるって何だい?」
二人の要領を得ない説明を総括すると、ガースの口添えとクルリの参戦で、エイトの誤解は氷解したのだそうだ。
ここは《女神の従者》の簡易治療所で、切り傷打撲や折れた骨をダニエラが治してくれたらしい。多少の痒みはあるが、全く違和感なく動く。高レベル聖騎士だけあって、回復魔法もお手の物だ。
なお、残念ながらアルラウネは逃がしてしまったようだ。口ぶりから察するに伯爵令嬢の関係者のようだし、ダンジョン攻略の要になるとエイトは期待していたのだが……。
「む。エイトってば困った顔! ジャスるって何か、説明してあげて!」
「ジャスるとは……ジャスティスであって……。つまり、正義の執行と言うか……。行き場のない正義感の発露というか……」
「メッ! 正義メッ! 正義しちゃだめってお母さんに習わなかったの!」
「習わなかったが……」
クルリ強し。
女子高生に叱られてしょげかえる女騎士を見ていると、エイトも段々哀れになってきた。
「まあ、僕も紛らわしかったのは事実だし。悪気はなかったのなら、水に流すよ」
「そう? エイトがそーいうなら、あたしはいいけど」
「うむ。悪気はなかったのだ。あったのは暴れだしそうな正義感と殺意だけだ」
「殺意認めちゃうんだね」
「メッ! 殺意メッ!」
「むう……」
ダニエラは不服気に口をつぐんだ。
住宅街の不発弾みたいな聖騎士だな、とエイトは思った。
「僕の方こそ、大事な槍を齧ってしまってすみません」
「ああ。………………………………絶対に許さん!」
「え」
「悪いのは私だ。だが常識外れなのは貴様だ! 絶対に許さん! 普通槍なんて喰うか!」
「喰らえと言ったのは君じゃないか」
「モノの例えだ貴様! 馬鹿か貴様!」
「失敬な。素直と言って欲しいな」
「貴様の素直はホラー系だ!」
「君の正義ほどじゃない」
エイトとダニエラが睨み合う。
「はいはい、喧嘩はそこまで!」
クルリが手を叩く。
「ごはんにしましょ! 仲直りはごはんが一番!」
エイトとクルリ、ダニエラは、ガースも交えて《女神の従者》の食卓を囲んだ。
ダニエラの奢りで注文したのは、リザおすすめの店の看板メニュー、日替わり川魚のパン粉焼きである。
異世界と聞いて、エイトは何となく肉食中心の世界を想像していたのだが、リーベルトは魚料理が豊富だった。大陸の山深くから集まった大きな運河が流れており、海や港も近いので、漁業が盛んなのだ。
「おーいしーっ! はなまるあげちゃう!」
パン粉焼きを一口含むや否や、クルリが感嘆する。
トマトソースの酸味と適度な塩気、パン粉のサクサク感が絶妙にマッチしている。香草が効いていて、川魚特有の泥臭さを感じさせない。アスパラガスの苦味もいいアクセントだ。焼き立ての重麦パンも香ばしい。
「ふん、典型的な庶民の夕食だな。聖騎士の口には合わんのだが……」
「庶民で悪かったな。俺の大好物だぜ」
「す、すみません! ガース殿のお気に入りとは露知らず……!」
ダニエラが必死になって取り繕い、ガースが愉快そうにその様を眺めている。
ダニエラが自分より冒険者ランクの低いガースに謝罪する様は一見奇妙に見えたが(ちなみに、ダニエラがBでガースがCだ)新米の頃ダンジョンで罠にかかった所を助けられて以来、頭が上がらないらしい。
結局、四人は大皿に乗り切らないほどの魚を十分もしないうちに平らげてしまった。
エイトがおすすめのデザートをガースに尋ねると、クルリがギルドの厨房に引っ込んで、お盆を持ってドヤ顔で帰ってきた。
「じゃーん!」
ガラスの器には、白く濁った半透明の直方体が乗っていた。
「これは、一体?」
「アルラウネのコンポートよ!」
「アルラウネの、これが?」
「そ、アルラウネさんのアロエっぽい部分よ! 葉っぱが落ちてたから、使ってみようかなって思ったの」
「ああ、僕が切り落とした奴か。調理してくれたんだね」
「お、おい、待て貴様ら! 自然体で何ておぞましい話をしているのだ!」
ダニエラが素っ頓狂な声をあげる。
「アルラウネって……ま、魔物ではないか! まさか喰うつもりか!?」
「「うん」」
頷くエイトとクルリ。ダニエラは目を白黒させた。
「リザ氏! どうなっているのです、このギルドの風紀は!」
「つーか魔物料理にギルドの厨房使わせたんすか、姐さん!」
「ごめんねぇ。クルリちゃんに頼み事されちゃうと、なんか断れなくって」
カウンターに詰め寄るダニエラとガースを意識からシャットアウトして、エイトは純粋にデザートを愉しむ。
半透明の塊をスプーンでひとすくいする。硬いといえば硬いが、想像よりも柔らかい。少し力を入れれば、木製スプーンでも十分切り取れる。
程よく冷えたそれを、シロップごと口に含む。
> 《アルラウネの葉》Lv39を捕食しました
> 《弱肉強食》起動
> スキル《リーフバインド》Lv1を獲得しました
「……いけるな」
「でっしょー!? ぴーんと来ちゃったのよね!」
その食感は、例えるならそう、ゼリーとアロエが3:7で混ざった感じだ。
「ゼラチン的な柔らかみもありながら、アロエ的な芯の硬さも感じる」
「そうそう、ぷりこりなのよ」
「ゼラチンは動物のコラーゲンに由来するし、アロエは植物だ。アルラウネは動物だか植物だか解らない生き物だから、なんとなく納得いくね」
「動物植物の真ん中さんなのね」
「魔物だぞ!」
ガースが叫んだが、エイトは聞き入れなかった。
「それに、調理方法もいい。コンポートって単語に文明の進歩を感じる」
アルラウネの葉肉そのものは若干デンプン的な甘みはあるものの、濃い味はしない。
甘みのメインは染み込んだシロップだ。濃厚な蜜の甘みがありながら、柑橘系の風味のお陰でしつこさがない。
「このシロップは一体……」
シロップだけすくって口に含む。
> 《ツキサシバナの蜜》Lv8を捕食しました
> 《弱肉強食》起動
> スキル《魔物寄せの芳香》Lv1を獲得しました
「……ツキサシバナ?」
「そうよ! お水とー、お砂糖とー、レモン汁とー、ツキサシバナの蜜!」
「もしかして、魔物を獲ってきてくれたのかい?」
「うん、お庭にツキサシバナが生えちゃったから、退治してってクエストがあったの! 一人でクリアしちゃったのよ! 偉いでしょ!」
「偉みがすごい」
「ちょっとふとももに突き刺さっちゃったけど、お陰でもうLv8よ。エイトとお揃いになっちゃったんだから! ブイ!」
「待て……Lv……8……だと!?」
ダニエラが愕然とした様子で呟いた。
「8は嘘だ! 私は信じんぞ! 間違いですよね、ガース殿!」
「いや、事実だぜ? つか、一昨日までレベル2だったし」
「有り得ません! ニイガキエイトは私の槍を三度受けたのですよ!」
「……マジかよ」
ガースが唸る。
「たかが変態と侮っていたことは否定しませんが、確殺予定でした! 懺悔の間も祈りの間も与えず殺し切るつもりでした!」
(この聖騎士怖すぎる)
「ちょっとダーさん! メッ! よ。祈りの時間はあげなきゃメッ!」
「クルリさん、注意すべきはそこじゃないよ」
「ニイガキエイト……貴様、本当に……Lv8……なのか……?」
「うん」
「ゴミクソ蛆虫ステータスなのか……?」
「食事中なんだけど」
「もうやだ……」
ダニエラは周囲の目も構わず、昼間同様ダンゴムシ状に丸まった。癖なのだろうか。
「槍は齧るし……Lv8だし……もうお前嫌いだ……死ね……自尊心を蝿に喰われて死ね……」
「君、聖騎士なのに口悪いね……」
とは言え、エイトも彼女のショックの程は解らないでもない。
ダニエラはリーベルト冒険者界隈の期待の新星、天才冒険者なのだ。
戦い方を見るに、戦士としての研鑽は幼少期から積んできたのだろう。
才覚と努力に裏打ちされたプライドはあっただろうに、昨日今日冒険者になったばかりのLv8に泣かされたとあっては格好がつかない。
対するエイトはチートスキルを貰っただけの努力皆無の一般人だ。無課金プレイヤーをガチャ装備で殴り倒しているようで、いたたまれない申し訳無さがある。
「まあまあ。元気出して、ダーさん」
どう声をかけたものかに迷っていると、クルリは騎士団子の中心部に無造作に腕を突っ込み、持ち上げて、椅子に座らせた。
エイトは(クルリさん無敵過ぎない?)と思った。
「はいこれ、ダーさんの分もあるから」
「え」
デザート差し出され、ダニエラが震える。
「こ……これを……食えと……?」
「うんっ! 甘いは幸せ! 仲直りの証に!」
「いや、しかし、これはその……」
「アルラウネよ」
「つまり、魔物では?」
「アルラウネのツキサシバナシロップがけよ」
「魔物の魔物がけでは?」
「美味しいわよ!」
「しかし」
「仲直り、したくないの?」
「くっ……!」
ダニエラはスプーンを折らんばかりの力で握りしめ、涙目でエイトを睨んだ。
「許さん……! この屈辱、絶対に忘れんぞ、ニイガキエイトォォォォ……!」
(仲直り出来てなくない? 憎しみを助長してない?)
ダニエラは一口でアルラウネを丸ごと飲み込むと、「意外にも美味……」と一言呟いてまたダンゴムシになってしまった。




