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一話:はじめての魔物食(※挿絵付き)

挿絵(By みてみん)



> 前世の照合を開始します。

> 経歴を参照します…………。

> 人格を参照します……………………。

> 罪状を参照します………………………………。

> 完了。

> 条件達成。ユニークスキル《弱肉強食》を獲得しました。




……………………。

………………………………………………。


(お腹が減ったな)


 エイトはいつものように空腹で目を覚ました。

 けれど、そこはいつも通りの狭い四畳半の自室ではなかった。


 周囲を見渡す。


 草木生い茂る深い森だ。木漏れ日が暖かく、風には湿り気がある。

 全体的に斜面になっていて、どうやら山のようだ。

 広葉樹林なので、あまり標高が高くはないらしい。


 いずれにせよ、東京ではなさそうだ。


(で、僕は何故こんな場所に?)


 確か、そう……。教室に黒い怪物が現れたのだ。

 どろりとした不定形で、目もなく、手足もなく、口だけがあるような化物だ。

 それは現れるや否や、無作法にクラスメート達を食い荒らしていった。


 エイトもご多分に漏れず、頭から美味しく戴かれて、記憶はそれっきりだ。

 結構いい具合に味わい咀嚼されていたので、多分生きてはいないだろう。


(とすると、ここは死後の世界という事になるけれど)


 ぐう、と腹が鳴り、エイトは無意味な考察を中断した。


 ここが何処だろうと関係ない。人に必要なものは衣食住。何より食だ。

 食事はあらゆる全てに優先させる。食べてこその人間だ。


 深い森の中、空腹を抱えてただ一人。

 文明の痕跡は見当たらず、付近に人里があるのかすら解らない。


 持ち物を確認する。

 鞄はない。衣服は高校の詰め襟で、ポケットには惣菜パンどころか菓子の一つも入っていない。携帯電話や文房具の類もない。不良ではないので、ナイフもライターも持ち合わせていない。


 とかくサバイバルには不適なスタイルだ。この装備で向かっていい自然は、精々が高尾山だろう。

 もう少し非行に走るべきだったと、エイトは反省した。


 唯一使えそうな物と言えば、目の前に転がった肉切り包丁だろうか。

 刃渡り30センチ程度の斧紛いの分厚い包丁だ。切れ味は微妙だが、その分を重さと頑丈さで補って叩き折るタイプに見える。マチェット代わりにもなりそうだ。


(森の中に新品の包丁、か。不自然極まりないけれど……。まあ、僕が生きてる以上の不自然はないか)


 包丁を拾い上げる。ずしりとした重みが頼もしい。


(水源も、人探しも、状況確認も後で良い。とにかく、腹を満たそう。飢えを凌ごう。なんでも良い。木の実か何かで昼食を……)


 その時だった。


> 強制クエストが発行されました


=============================

◆強制クエスト《魔物を食え》

達成条件:魔物の捕食

失敗条件:魔物以外の捕食

達成期限:日没まで

報酬:スキルポイント1

推奨Lv:Lv0

推奨パーティー:1名

=============================


 視界に文字として現れるのではなく、情報の構造体を脳に流し込まれる感覚。

 軽い電子音と共に、強制クエストなるものが与えられた。


 味も素っ気もない七行だが、インパクトは絶大だ。


(……どう受け止めたらいいんだ、これは)


 頭を抱えながら、一つ一つ情報を解きほぐす。

 教室で黒い怪物に襲われ、蘇生して森で目覚め、天の声からクエストを通達された。

 そこに踊るLvやパーティーやスキルポイントと言ったゲーム感溢れる概念の数々……。


(うん、ここまで来たら受け入れたほうが手っ取り早い。僕は多分、異世界転移って奴をしたんだ。認めよう)


 エイトは常識への抵抗を止めて、思考力をより有意義な方向に費やすことにした。


(しかし、そんな事より食事だ。弱ったな。昼食を指定されてしまった)


 エイトは頭を掻いた。

 確かに、果物よりは肉の腹だった。黒い何かに喰われさえしなければ、昼食は肉にすると決めていた。しかし、エイトが食べたかったのは豚の生姜焼きであって、魔物とやらではない。


 異世界に飛ばされたからと言って、身体能力が変わった感覚もない。一般人に倒せるような魔物はいるのだろうか。よしんば倒せたとして、美味しく食べられるものだろうか。腹を下さないだろうか。そもそも、エイトには狩りの経験すらないのだ。


 もちろん強制クエストを無視するという選択肢もあるのだが……。


(どうも気が進まない。……いや、もっと強烈な忌避感がある。背筋が凍るような、心臟を締め付けられるような……。クリアが無難だな)


 空を見上げる。太陽は中天より傾いた位置にある。午前ならばいいが、午後だと困る。

 そもそも自転速度を地球の物差しで測って良いものか解らない。


(最悪残り4時間程度。その間に魔物なるものを仕留めないといけない……。出来るのか?)


 包丁一つで野生の獣と渡り合えるとは思えない。

 せめて長柄の武器……竹槍の一つでも欲しいところだが、生憎と竹も見つからない。


 罠を仕掛けようにも、罠猟は制限時間付きの狩りには向かない。

 そも、動植物の生態も解らないどこかで、意味ある罠を作れる自信もない。

 落とし穴ならば誰にでも効きそうな気もするが、道具もなしに湿った重い土を掘り返すのは、現実的とは言えない。


 結局、エイトは魔物探しを優先することにした。

 まずは敵を知ることだ。必要な武器や罠は後から考えればいい。


 探索すること体感一時間ほど。

 草の狭間の泥にエイトは真新しい足跡を発見した。


(これは……狼……か?)


 四ツ足の生き物だ。元の世界の犬に似ているが、爪は鋭く、大きさは比較にならない。

 体長は2メートル以上あり、体重は200キロを超えそうに見える。

 虎紛いの狼という形容をすれば、丁度よいだろうか。


 エイトはその足跡を辿って視線をあげて……。

 木々の狭間にそれを見つけた。


 魔物だ。狼だ。ネズミ的毛むくじゃらを啄む獣だ。

 一匹で仲間は居ない。群れからはぐれたのか、群れない魔物なのか。

 筋肉も体重もほぼ想定通り。薄汚れた銀の毛並みと盛り上がった爪。口をはみ出すほどの牙が、過剰に凶暴さを醸し出している。


 彼(または彼女)の下で、首から血を流した灰色の大ネズミが、弱々しく火を吹いていた。

 被食者も魔物だ。魔物が魔物を捕食している所に遭遇してしまったのだ。


 息が詰まる。逃げるべきだ。アレは生物として、明らかに格上だ。

 幸いに、30メートル以上距離が開いている。

 風上に立つことを避けながら、そっと距離を開けていくべきだ。

 肉が欲しいのなら、せめて食べられている側の魔物を探せばいい。


 エイトの本能と理性がそう告げる。


 しかし、食欲だけが主を裏切った。

 ぐう、と腹が鳴ったのだ。


(しまったっ!)


 狼が耳を立てる。こちらを向く。目があう。

 野生の殺意がエイトを射竦める。怖気が走る。


 もはや逃走は不可能だ。背を向ければ一巻の終わりだ。

 エイトは腰を落とし、肉切り包丁を振りかざして……。


 狼が跳ねた。


(速いっ!?)


 ステップ一つで視界から消える。

 地球の狼とは比べ物にならない運動神経だ。

 木々の狭間を跳ねる動きを、目で追えない。30メートルの距離がないに等しい。


(ど、何処へ行っ……!?)


 “何か”が陽の光を遮る。


(上っ!?)


 頭上。狼が爪を振りかざしている。

 強靭な爪が肉切り包丁を弾き飛ばす。

 爪の勢いが止まない。右腕の肌と肉が裂ける。


「くぁっ……!」


 痛みに頬を歪める。身体が一瞬硬直する。

 脚にかじりつかれ、引き倒される。後頭部を木に打ち付ける。視界が白黒する。

 その隙に、狼はエイトを踏み伏せた。


 怯えも迷いもない。的確な狩りだ。

 この狼は二足歩行を、人間を殺し慣れている。


 顔面を丸齧りにしようと、白い牙が迫る。赤黒い口腔が迫る。死が迫る。

 エイトは咄嗟に拳を固め、狼の大口に叩き込んだ。

 ナイフのような牙が筋肉を裂き、血があふれる。骨が軋む。


「ぐっ……ぁぁ……!」


 神経を這い上がる苦痛が狼の執念を物語る。

 この魔物は血肉を、命を欲しがっている。


(……弱ったな。どうも、転移の拍子に頭をやられたみたいだ)


 牙を通して、エイトは感じた。

 骨を噛み折る、途方もない力を。命の簒奪を当然とする、その精神性を。


(命の瀬戸際だって言うのに、こんな恐ろしい魔物を……)


 先程の獣の抵抗だろうか。

 魔物の口元に、引っかき傷がついている。

 その傷口から、血の一滴が垂れて……。


(美味しそうだと思ってしまう)


 エイトの口に入った。


> ウォーウルフLv4捕食

> 《弱肉強食》起動

> スキル《爪撃》Lv0.2を獲得しました


 捕食。《弱肉強食》。《爪撃》。

 伝達された情報のどれ一つとして、エイトに理解出来るものはない。

 ないのだが……。


> 昇華:《爪撃》Lv0.2


『ギ……ィィィィィィイッ!?』


 ウォーウルフは血を吐きながら、エイトから跳んで離れた。

 見ると、エイトの右手には赤黒く細長い舌が握られている。

 《爪撃》スキルが発動し、狼の舌を掻き切ったのだ。


「その……タンをありがとう。大切に頂くよ」


 エイトは静かに立ち上がる。足は震え、声も震えている。

 狼は血を吐き、血に溺れている。呼吸すらままならない致命傷を負ったようだ。

 だが、それでも魔物は魔物だ。その重圧は消えていない。


「多分《弱肉強食》ってモノのせいだと思うんだけど」


 しかし、恐れれば恐れるほど、エイトの舌は魔物の味を想像してしまう。


「僕はどうも、君を食べないと気が済まないらしい。君とおそろいだ」


 一際大きく腹が鳴る。


「死んでしまったら、聞こえないだろうから。今のうちにお礼を言わせてもらうよ」


 狼が叫びにならない叫びをあげる。

 血を吐きながら、血に溺れながら、血走った目でエイトを睨む。


「美味しいお肉と、美味しい命をありがとう」


 思い上がった人間の喉笛を掻き切らんと、ウォーウルフが跳ぶ。

 手負いになってなお挑むのは、野生の意地か、最後の抵抗か。

 いずれにせよ、それは悪手だった。


> 《弱肉強食》起動

> 昇華:《爪撃》Lv0.2


 怒りに任せた一撃に、正面からカウンターが入る。

 エイトの指先がウォーウルフの喉元を貫く。



> ウォーウルフLv4を撃破しました

> Lvが上がりました : Lv0 → Lv2

> スキルポイント4を獲得しました

> HP,MPが全回復しました


 いつの間にか、腕の傷が癒えていた。制服に空いた牙型の穴から、真新しい綺麗な肌が覗いている。

 しかし、エイトの思考を支配しているのは、痛みや傷の有無でもないし、Lvアップの事実でもなかった。


 肉だ。


 肉切り包丁でウォーウルフを解体する。

 作法も手順もない乱雑な作業だ。腹を割いてハラワタを抜き、首筋を切り、皮を剥ぎ、関節を叩き砕いて外す。力任せに肉塊を分断する。


 丁度良く、ネズミの遺体が火の手を上げていたので、それを使って肉を炙る。


「いただきます」


 焼き上がりの確認もせず、エイトは肉に齧りついた。


(おいしい。それに、温かい……。なんだろう、こんなもの、日本じゃ食べたこと……)


 舌に広がる鉄の味。殺し合いの末に得た、命の味。

 想像通り、否、想像以上だ。快楽中枢を直接刺激されるような美味だ。


 血抜きは中途半端で、味付けはない。

 筋張っていて硬く、臭みがあり、食用ではないとしか形容できない。

 それでも手を止められない。服の汚れも気にせず夢中で掻き込む。


 それから十五分ほど、エイトは夢中でウォーウルフを貪った。

 それは、食事というより捕食だった。


> 強制クエスト《魔物を喰え》を達成しました

> スキルポイント1を獲得しました


「……ごちそうさまでした」


 骨と内臓を埋めて、エイトは手を合わせた。


> ウォーウルフLv4を捕食しました

> 《弱肉強食》起動

> スキル《爪撃》Lv2を獲得しました


(スキル……獲得……)


 食事を終えて冷静さを取り戻し、エイトは先程のメッセージを思い返していた。


(《弱肉強食》とか言ったか。《爪撃》スキルを使えたのは、どうもこの力のお陰らしい)


 ここまでの挙動から推測する。

 《弱肉強食》は、魔物を食べることで発動し、関係するスキルを獲得する効果を持つと思われる。


 獲得出来るスキルのLvは、食べた量に依存するようだ。

 血の数滴を呑んでLv0.2。沢山食べるとその分スキルLvが上がって、最終的には2になった。


(食べれば食べただけ報われる力、か。無敵のチート能力じゃないけれど……悪くないな)


 空には見知らぬ太陽。

 目の前には深く黒い森。凶暴な魔物が潜む未知の世界。

 多分な不安と僅かな期待を携え、エイトは一歩踏み出した。



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