送信拒否、下書き保存
連絡先、教えていただいてありがとうございます。気温もすっかり下がって秋の訪れを感じますね。風邪などひかないようにお互い体調管理には十分気をつけましょう。
明日は英語の小テストがありますね。先生に怒られないように頑張りましょう。
それではおやすみなさい。
「……… 固い」
事務連絡みたいなメールを見て一人呟いた。こんなの送ったら笑われる、そう思いながらも一応保存はしてしまう。
「だめだぁ」
モヤモヤした気持ちを乗せてベッドへダイブする。もっと明るく、フレンドリーにと思ってもいざ書き出すと緊張する。
「…… ありがとね! 私人見知りしないから学校でもどんどん話しかけて! じゃあね、よろしく!」
…… 天井に向かって言ってみた言葉は嘘ばかり。極度の人見知り、話しかけられたら緊張してオロオロする、失礼のないように必ず敬語。こんな風に話したら、猫かぶってると思われる。
連絡先には登録済みの彼の名前。私の携帯に入ってからもう一ヶ月、言葉を送ったことはない。ただただ下書きだけが溜まって行く。
ちゃんと理解してますよ。体育祭の打ち上げでクラスの皆がまとまっていい感じになって、要するに流れだったんですよ。彼が私の連絡先を知らなかった。それだけのことです。
『連絡先交換しよ?』
でもね、聞かれた瞬間は。家に帰って、冷静さを取り戻すまでは。雑念が頭を埋め尽くしたんですよ? いくらマイナス思考の私でも、残念ながら特別な意味があるんじゃないかと思っちゃったんですよ。
「…… もう、覚えてもないかな」
知らなかったから聞いた連絡先。そこから一ヶ月も連絡がなければ。勝手なイメージだけど、常に誰かとやりとりしてそうな彼は私のことなんてもう忘れてしまっているかも。
「…… 13個」
一ヶ月、送ろうとしてやめた言葉たち。送らない言葉に意味はない、伝えなければ伝わらない。そんなことは分かっているんだけど。
私の中だけに溜め込むには、彼に言いたいことや聞きたいことは多すぎるんだ。そしてそれはきっと、彼の前に立つと何処かへ隠れてしまうから。だからこうして、逃げないように。私は忘れてしまわないように。消さずに残す、意気地なしの言葉を。
♦︎
「連絡先、消しちゃった?」
登校して、普段通り授業を受けて。英語の小テストも満点で、お弁当の唐揚げを美味しく食べて。あと一教科終われば放課後で。さっきまで、なんてことない日常のままだったのに。彼と目があって、思わず逸らしたらこちらへ歩いてきて。俯いた私を気にせず、彼はそう言ったのだ。
「あの、えっと、ですね…… 」
「あ。もしかして嫌だった?」
嫌なわけないじゃないですか。見ますか? 送れずにお蔵入りになっているメールたちを。…… なんて言えるわけもなく。そんな私が情けなくて、嫌いだ。
「け、携帯が壊れてて。な、直しに行きたいんだけど時間なくて」
なんて分かりやすい嘘なんだろう。嘘をつくのが上手いのは良いことではないかもしれないけど今だけはそうなりたい。
「マジで! それだいぶキツイな!」
騙されたのか、疑ってないのか。多分、彼の性格なら後者なんだろう。 俯く私の顔を覗き込むように、彼の顔が近くに来る。
(ち、近い!!)
「わ、私はトイレに行きたいの!」
思わず立ち上がってそう叫んだ。
…… 肌で感じる、教室内の空気。 やってしまった、変な空気になってる。どう見えてる? 嫌がる私に、無理やり彼が話しかけてるみたいに見えてたら………
「…… えっと、ごめん」
その言葉を聞いて、私は走ってその場から逃げ出した。
謝るのは私の方なのに。恥ずかしくて、情けなくて。足が遅いのに、必死で走って。泣かないように、心をぐっと抑え込んだ。
「…… あの。休ませてもらっていいですか」
「あら。顔色悪いわね。ベッドは空いてるから横になりなさい」
「すみません」
保健室の先生が優しく対応してくれる。横になって、天井を見上げてたら。少しずつ、頭の中を整理できた。そのうち冷静になれて、申し訳ない気持ちがこみ上げてきて。でもなぜか、瞼は重くなってしまって。
(最近、寝不足だったからなぁ)
一人であれこれ考えて、なかなか寝れない日が多かったから。彼のせいだ、全部全部。私みたいなのに優しくしたら、こうなっちゃうんだよ? 慣れてないんだ、経験不足なんだ。知らないことが、多いんだ。
…… 謝る彼の顔が、頭から離れない。
「ごめん、なさい……」
独り言、呟いて。 私はゆっくり目を閉じた。
♦︎
ゆっくりと瞼が持ち上がる。見上げた天井は家の物とは違って。保健室に来てたんだとゆっくり理解する。
「あ、起きた?」
聞こえた声の方を見る。まだ少しぼやけているけど、その誰かはどうやら私を見ているようだ。
「…… おはようございます」
そう言って、ピントが合ってきた時。彼がそこにいるのだと理解した。
「おはよ。…… 大丈夫?」
「…… あ、え、は、はい。な、なんでいるんですか?」
「心配だったから。 …… 嫌だったかな?」
「い、いえ。あ、ありがとうございます」
なんでいるのかも、いつからいるのかも分からない。それでも単純な私は素直に嬉しくなった。
「あの。…… ごめんなさい」
「いやいや! 俺こそごめんね。…… 連絡先交換してさ、一ヶ月も何もないとか初めてで。よろしく、くらいはくるもんだからさ。…… 嫌だったかなぁ、って気になってさ」
「…… ごめんなさい」
「いやまぁ壊れてるなら仕方ないよ! 気にしないで。別に直っても、すぐ送らないととか思わなくていいからね! 絶対連絡しないと、なんて決まりないしさ!」
…… 壊れてなんか、ないよ。送るはずの言葉、いっぱいあるんだよ。送信準備は出来てるんだよ? ただ私の、勇気不足なだけ。
「…… あ。それじゃ俺、帰るね? もう放課後だし」
そう言って、君は立ち上がる。
こうやって話せるのは、次はいつになるのかな。…… 送るつもりの言葉、届けるのはいつになるのかな。
『次は』、『いつか』って、あるのかな?
「…… 待って!」
「え、あ、はい」
「あの…… 」
次こそは、いつかは。それを待って、溜め込んできた言葉。 でも言葉を届けられる時間はきっと永遠じゃない。私が溜め込んで、積もり積もった言葉たち。それを届けられず、捨てるなんて。
絶対に、したくないから。
♦︎
「…… もう保健室、行けないかもね」
「ご、ごめんなさい」
教室に向かって並んで歩く。彼との距離は、やっぱりまだ遠いけど。
携帯は壊れてなんていないこと。送ろうとして、毎回送れないこと。…… 嫌いなんかじゃないこと。大声で伝えたら、ちょうど戻ってきた保健室の先生に怒られた。聞かれてたと思うと、恥ずかしすぎて顔を上げられない。
「…… いつでもいいんで、メールください。お蔵入りにしなくていいからさ」
「が、がんばります」
いたずらっぽく笑う彼は、可愛かった。女の私なんかよりずっとずっと、素敵な人だ。こんな臆病な私なんかに、優しくしてくれるんだから。
「じゃあ俺、仲間と帰るけど。大丈夫? 体調悪いなら家まで送るけど」
「だ、大丈夫! お友達、待ってますよ?」
教室の扉付近に、おそらく別のクラスの人が彼を呼んでいる。すごいなぁ、人望。やっぱり毎日誰かとやりとりしてるのかな? …… あれ? それって私がメールを送っても、気づかない可能性が高くない⁉︎
「…… やっぱり体調悪い?」
「あ、あの」
「うん、なに?」
「つ、通知は常にオンにしておいてください! あ、あ、あと画面表示も! じ、じゃあまた明日!」
そう言って、私はまた走り去った。
やっと、やっと一歩進めた。溜め込んだもの、少しだけ伝えられた。
「来月までに、とりあえず一回送る!」
決めた目標と一緒に、私は家まで走り続けた。
♦︎
「地味〜な女子だったな」
「さっすが! 男女問わずフレンドリー!」
「…… うん、まぁな」
もっとおとなしい子だと思ってた。すっごい意外。
「なーに携帯ばっか見てんだよ」
「女か‼︎ 女なのか‼︎」
「…… うん」
通知も画面表示もオッケーだよ。見逃すことはない。…… 多分。
「でもよ、地味〜な女子ほど意外と…… みたいなのあるよな?」
「…… 手、出すなよ」
「出さねぇよ。 あんな地味子ちゃん」
…… 地味なんかじゃない。オロオロして、気遣いで、意外と度胸あって。
「ま、お前にとっては普通〜にクラスの女子の一人だろ?」
「そうだな。普通の……」
普通に可愛い。『女の子』だ。
終