死ぬくらいなら、掠り傷の方が良い
リシャンをマーガレットに預け、早速切り札の元へ向かった。
リティアはここの存在を知ってから、もしもの時に使えるのではと考えていたのだ。逆にこの人数比では、使わなければ勝算の見込みはないと思っていた。
それをいつ使うべきか、それが問題であった。剣士どちらかが負傷した時では、その場に残って戦う者がいなくなってしまう。それではいけない。だが、だからと言って二人とも健在である時に切り札を使うわけにもいかない。
ライトに頼んでもよかったが、マーガレットを一人にするわけにもいかず、逆にマーガレットに頼むわけにもいかない。
そんな時に、ライトが現れた。
共に戦えば足手まといになるが、一人で戦ってもらえば時間稼ぎになる。いくらライトだといっても、攻撃をよけることくらいはできる。
リティアはライトを信じているのだ。――本当は出来る、ということを。
「む?」
上空から争いを見ているカジュイはどこかへ走っていくリティアの姿をとらえた。ここで戦闘を放棄して逃げ出したとは考えにくい。
「モーテル! リティア・オーガイトがどこかへ走っておるぞ! もしかすると、秘密兵器を出しに行ったのかもしれん! お前の推理は間違っておるぞ!」
「……止めれば良いのでしょう?」
「その通りだ。どうだ、お前が行くか?」
その時、部屋にいたクロンがやってきた。「遅くなりました!」
「おおクロン! ……良い所に来たな」
その言葉で、カジュイの考えはすぐに読めた。モーテルはすぐ、「私が行きます」と言ったが、カジュイがそれを却下した。「クロンに行かせる」
「お父様……何がですか?」
近くにいたモーテルが、リティアがどこかへ走っていることを伝えた。
「お前は確か、リティア・オーガイトに好意を抱いておるな。ならば出来るだけ傷を負わせたくないだろう。だったら、お前がリティア・オーガイトを止めてこい」
「え……」
「モーテル、クロンに短刀を渡してやれ。いざという時に使え」
仕方なく隠し持っていた短刀をクロンに渡す。短刀を受け取ったクロンの手は震えていた。
「お父様、僕にそんなことは……」
「だったら、殺しても良いんじゃぞ? リティア・オーガイトの生死を決めるのは、クロンだ。好きにするが良い」
階段を上りきった先にあるのは、リティアの目的地――神祠である。
これ以外に切り札はない。
以前ここに来た時、岩と岩の間に隙間があることに気付いた。そして、モーテルに連れられて神祠の地下に来た時、天井から光が漏れていた。予想が正しければ、二つは繋がっている。つまり、岩を倒せばわざわざ入り口まで行かなくても良いのである。
岩が倒れやすかったのは、下が空洞になっていたちゃんとはまっていなかったからであろう。
「……リティアさん」
聞き覚えのある声がした。振り返ると、クロンがいた。
「クロン? どうしてこんなところにいるんだ? モーテルと一緒にカジュイのところに戻ったんだろ?」
クロンは何も言わない。ふと手元を見ると――短刀を握っていた。
途端に、緩めていた警戒を一気に強めた。明らかにあれは、リティアになんらかの害を及ぼすために持っている。だが、何故クロンがあんなものを持っているのか分からない。
「……お父様に頼まれて、リティアさんを止めろって……」
「クロン、しっかりしろ! お前言ったじゃないか、説得してみるって!」
「いざとなったら、言葉が出なくて……。リティアさんが死ぬくらいなら、掠り傷の方が良いと思って……」
「全然よくない全然よくない! 第一、私もう怪我しているし! これで十分だし!」
だが、いくら言ってもクロンはそれを止めようとしなかった。そしてついに、短刀を持ってリティアに向かって走ってきたのだ。
いくら王家だからと言って、命のためなら傷つけることは厭わない。剣を抜こうと柄を握った――。
クロンの動きが止まった。
――腹から、血の付いた刃が突き出ていた。
クロンは腹を抑えて崩れていった。その後ろから現れたのは、戦っているはずのライトであった。
「ライト! こんなところで何しているんだ! っというか、クロンになんてこと……」
「いいから早く行け!」リティアは肩をびくつかせた。我に返ってライトを見ると、体中に切り傷を作っていた。「今、カリナが手を貸してくれている。だがいつまで持つか分からない。クロンの治療も急ぐ。早く行け、リティア!」
あんなになるまで戦ってくれたのか、それにカリナまで――。
リティアは、皆の思いを胸に立ち上がり、岩を蹴った。地下に続く穴に飛び込み、暗い中を走り出した。