それぞれの謎6-3
リティアとライトはクロンに連れられて広場へやってきた。広場には子供たちが集まっており、クロンが来ると「クロン、早くー!」と呼んでいた。王家であるクロンを呼び捨てにするほど、もう子供たちと仲良くなったのだろう。ミマーシ王国で王家でも、サイハテの国では普通の人である。子供たちにとってクロンが王家であることは、どうでも良い事なのだろう。
「あっ、リティアとライトだー!」
名前を覚えられている二人だが、こちら側は名前を知らない。顔はわかるが名前を知らないのは、子供たちが名乗ってくれないからである。
何をするのか教えてくれないまま、遊びが始まった。とりあえず一人を残して皆が走り出したところを見て、リティアとライト、クロンも走り出した。おそらくかくれんぼでもするのだろう。
子供たちが建物や木の陰に隠れるのを見てクロンは、「あそこに隠れてきます!」と一人で隠れている子供のもとへ走って行った。残された二人は、とりあえず神祠近くの林に身を隠すことにした。丁度、ライトとカリナが初めて出会った場所である。
「この辺りでいいか」
「ああ。それにしてもクロンの奴、何も言わずに普通連れてくるか?」
「ま、一応状況は理解出来たわけだから、良いんじゃない?」
広場にいた子供は顔を上げ、皆を探しにうろつき始めた。
ライトはそれを確認したのちに、カリナと出会ったことを思い出した。少しとぼけていたカリナだったが、あれはわざととぼけていたようには思えない。
リティアと会っていた時のことも含めると、カリナはそういう人物だという事が分かる。
カリナとは一週間近く出会っていない。モーテルと入れ替わりで姿をくらましたカリナは元気にしているだろうか。
『……違う。私はそんなことしないし、したこともない』
あの時のカリナの言葉は、少しだけ引っかかる。
(私は、そんなことしない……か)
もしかしたら、彼女は何か知っているのかもしれない。
葉が擦れる音がした。
何か獣がいたのかと見上げるが、特にそれらしい姿は見えない。
「なあライト。お祖母ちゃんはさ、どんな姿をした化け物を見たんだと思う?」
木陰から子供たちを見ながら言った。すかさず「リティアみたいな獰猛女じゃないのか?」とボケを入れる。だがリティアは「黙れ運痴」や「殴られたいのか」などのライトが予想していた暴言を吐かなかった。むしろ昔を懐かしんでいるような表情をしていた。
「お祖母ちゃんが殺されたのは、そのことを知っていたからなのかな……」
「まだ殺されたと決まったわけじゃないだろ」そう言って背中を叩いた。「まだ寿命で亡くなったっていう事実がひっくり返ったわけじゃない。毒で亡くなったっていう説が出て来ただけの話だろ? 可能性はあるが、確定じゃない」
「……そうだよな」
リティアは少し安心したようであったが、少し表情が曇っている。
「――オーガイト姉弟か」
声がした方を見ると、そこにはモーテルがいた。背後から光を浴びて顔は見えないが、声で分かった。
「モーテル?」
「ああ。お前らはここで何をしているんだ?」
「子供たちに混じってかくれんぼ。モーテルこそ、ここに何の用なんだ?」
「私は、――」
その時、再び頭上の葉が音を立てた。それは先ほどよりも大きく聞こえた。そしてそてはすぐに姿を現した。ライトの上に下りると、モーテルに飛びついた。そして、それは確かに「お母さん!」と叫んだ。
地面に伏せているライトは顔を上げ、「誰だこのやろう!」と叫んだ。そして、モーテルに抱きついているものの頭から生えている珍しい色のブレンド――茶色から、毛先に向かうに従って銀髪になっている髪の毛を見て、その人物が誰か知った。
「……カリナ、か?」
「今、お母さんて……」
モーテルはカリナを地面に下ろすと、彼女の頭を撫でながらこう言った。「――カリナは私の娘だ」
「話をまとめるが……やはり、モーテルはカリナの母親なんだな?」
「何度もそう言っている」
何度目かの説明でやっとリティアは理解した。
――カリナは私の娘だ。
その言葉を思い出し、ライトは自らの考えを口にする。
「じゃああの時カリナを守ったのは、娘だからっていう理由でいいんだな?」
「神祠であったことならそうだ。娘が危険である時に助けるのは親の役割だ」
「ここへ来たのは、王の命令とともに、カリナに会うことも目的としてあったのか?」
「ああ」
「カリナをここに置いているから、少しサイハテの国について知っていたんだな?」
そう言うと、モーテルはため息をつき、背中を向けた。マントを脱ぎ、服をまくり上げた。そこには、痛々しい焼印が残されていた。
「焼印……まさか……」
「私はここで生まれ育った。これは、十の時に押された」
「十? 十七歳じゃないのか?」
「したきりではそうなっているが、十七歳までに焼き印を押せば良い事になっている。親が親だけに、私はまだ体が持つか分からない年で押された」
「親? モーテルの親はどんな人だったんだ?」
少し口ごもり、「二人がよく知っている人物だ」と言った。
リティアは片っ端から国民を思い出していく。ライトだけは、それを確信したようにモーテルを見つめている。それに気付いたモーテルは、「分かったか」と言った。
ライトは小さく頷いた。
「……ロジ、だろう」
「え、ロジ?」
モーテルは小さく頷いた。
「ロジには、幼くして亡くなった娘がいた。シェルリアという名前だった。彼女は、果樹園の先にある崖から落ちて、海の水雲となった。……モーテルは、シェルリアなんだろう?」
「……その通りだ。ロジから話を聞いていたようだな」
カリナはモーテルの前で、彼女の手で遊んでいる。
リティアが口を挟む。
「モーテルはロジに言ったのか? 自分が娘だって」
「言っていない、だが……何となく気づいている気がするんだ。ロジとは、カリナに会いにここへ来た時に一度顔を見られたことがあるから、怪しまれている事は確実だ」
あの時、自らロジに会おうとしたのは、二人に怪しまれない為だろう。
「だからあの時、『長老』と言ったのか」
「どういうことだ?」
「サイハテの国で一番偉いのは長老だが、ミマーシ王国では王、だろ? 何故王ではなく長老と言ったのか、少し疑問に思っていたんだ」
サイハテの国についての書物にも、そんなこと一切書かれていなかったしな、と付け加えるライトにモーテルは、感服と言う風にため息をついた。
「もうミマーシ王国はいつ来ても可笑しくないんだろう? だったらそれまでに言っておいた方がいいんじゃないのか?」
「良いんだ。知らない方がいいことだって、世の中には必ずあるからな。お前らの過去のように」モーテルの表情は、見たことのない悲しみで包まれていた。
これでこの章は終了です。
次回、ついにその時が来ます。