封印5-2
モーテルについてきて辿り着いたのは、果樹園の先だった。ここが目的地でない事は、二人にも分かっている。
前方に広がる大海原。吹き付ける風は、潮の匂いがした。この先がどうなっているのかは、誰も知らない。
「……何が見える?」
先を見つめるリティアに、モーテルが問うた。リティアはモーテルを見たあと、また先を見た。どれだけ見つめても、何かが見えることはなかった。それでも、目が離せなかった。
「何も見えない」
「だろうな」
リティアに倣ってモーテルも大海原の先を見つめた。「私には見える。人間の恐怖と、安心が見える」
またもや意味の分からないことに、リティアは突っ込みかけた。だが、言葉が引っ込んだのは、モーテルが真剣な眼差しで何か思い更けたように見つめている横顔を見たからである。
背中を向け、森の中に足を踏み入れる。こんなところに何の用があるのか、全く見当がつかない。
(もし、モーテルが――この国の者しか知らないものを見せようとしているのならば、俺の考えは正しいということになる)
ライトはそんなことを考えながら、森の中に足を踏み入れた。前に一度、モーテルに問うたことがあった。その時は答えてくれなかった。もしそうだとすれば、モーテルは何故こんなことをしているのか、何が目的なのか。
突然止まり、足元の土を払い除ける。よく見ると、その辺りだけ草が生えていなかった。屈み込んで手で払う。すると、茶色かった地面から錆びた鉄の板が現れた。窪みに指を引っ掻けると取っ手が出て来て、それを引っ張る。少し耳障りな音を立てながら、ゆっくりと開いた。開閉式のようで、耳障りな音は蝶番が出していた。
暗い森の中で、その先がどんな風になっているのかはよく分からない。だが、下に続いているということだけは分かった。
ポケットからマッチを取りだし、火をつけた。すぐ近くに設置されている灯りに火をつける。
「ついてこい。気を付けて下りろよ」
足から飛び込んだモーテルに続いて下りる。
モーテルはその在りかを知っているかのように、どんどんと設置されている灯りに火をともしていく。
中は防空壕のようであった。岩の壁が続き、奥に進むにつれて横にも縦にも広くなっていく。壁や天井の所々には、札が貼られている。天井の一つから、小さな光が漏れていた。
「おいモーテル……ここは何処なんだ?」
声が反響する。
「ここは、神祠の地下だ」モーテルはまた、明かりをつけた。「神祠が高いのは、この場所があるからだ。知っているだろう、神祠には神が祀られていると。……ここにあるんだ」
足を止める。目の前にあるのは、まさに異様なものであった。大岩は縄で何重にも縛られ、その上からまた何枚もの札が貼られていた。札には『封』とかかれている。
その姿をみて、『祀っている』『敬っている』とは誰も思えないだろう。
「何だよこれ……」
「祀るというより、封印だな」
二人の言葉に、モーテルは頷く。そしてまた、それを見た。
「ここには、確かにこの国を守った英雄がいる。だけどそれは、人間でも神でもない。その姿は、もう生きている人間には分からない。全てを誰かに告げることなく、死んでいったんだ」モーテルはマッチの火を消した。「カローナ・オーガイトが、それを知っている最後の人物だったんだ」
リティアは一歩踏み出し、「そうなのか?」と問うた。
「ああ。これが封印されたのは、今から七十四年前。おそらくカローナ・オーガイトは、幼くしてその姿を目撃した。――その事は他国のものに口外してはならない。そう大人に言われ、そしてそれを誰かに言うことはなかった。国に現れたソレは確かに救ってくれたが、その代償に国事態を滅ぼそうとした。運良く訪れていた封魔氏によってヤツは封印されたが、おそらく語り継がれているのはその封魔氏の方だ。化け物の方は、存在自体を消されようとされているんだ――この国の物によって」
「待て」ライトが口を挟む。「ロジやヤヨイも知っているんじゃないのか?」
「彼らは知らない。カローナ・オーガイトが最後の目撃者だ。彼らは姿を見ること無く化け物にやられた。大怪我を負ったが、今のようにもう元気だ」
「…………どうして、モーテルがその事を知っている?」
そう問うたのは、リティアだった。
モーテルが言うこと知っていること全てが疑わしかった。そのことはライトだけでなく、リティアも思っていた。
この国にずっといたような、そして、全てを知っている口振りは、疑念しか生まなかった。
「全ては後で話す」
「けど、気になるんだ。モーテルはサイハテの国にはほぼ無関係だろう? そんなモーテルが何故そんなにも知っているのか。……それに、ロジならまだしもヤヨイっていう名前を知っているのは何故なんだ?」
墓穴を掘っていたことに気付いたが、モーテルはそれ以上何かを言うことはなかった。「……後で話す。全てが終わった後で」
「全てって、攻撃されてこの国が撲滅した後か? モーテル、お前がここに来たのは、助けるためなんだと少し思っている。だけど本当は、邪魔をしに来たんじゃないのか? 終わった後とか言っておいて、全てをなかったことにするんじゃないのか?」
ここにいるリティアは、リティアのようでないように思えた。
今まで見たことのないリティア。いつも馬鹿だと責めているが、今回だけは見事な推理に感服する。思っていたことをすばずばと言われ、モーテルが責められていることは間違いないだろう。
どれだけ言われても、モーテルは「後で話す」としか言わない。またリティアが責めようとしたところを、ライトは止めた。あまり責めても、出ないものは出ないからである。
三人は地下を出た。
果樹園の中で、クロンに出会った。
「リティアさん!」
「クロン? こんなところで何をしているんだ?」
ふと胸元を見ると、何かを抱えていた。――果物だった。
「長老さんに頼まれて、採って来るよう言われたんです。リティアさんも一緒に食べましょう。ヤヨイさんが美味しいジュースを作ってくれるそうですよ」
「そうなのか。美味しそうだな」
クロンの笑顔に、穢れはなかった。彼はどこまで知っているのだろうか。




