封印5-1
「ライトの両親を、私が殺した……?」
リティアはライトを指すモーテルの指先を見つめた。
その言葉を反復させた後、そんなことがあったのかと疑いながら記憶を辿る。だが、そんな出来事はなかった。それどころか、ライトと出会う前のことを一切思い出せないのである。両親がどのように殺されたかも、自分に妹がいたことも。
当然である。リティアは記憶を失ったのだから。
倒れた後、近くにいたライトに「これから姉弟として、よろしく」と言われ、その経緯を教えてもらって初めて、私はこの子と姉弟になるのか、と知ったのだから。
「そんなこと知らない。でたらめだ」
モーテルは指を下ろしながら言う。「記憶を失っているんだ。両親が殺されてまともにいられるわけがないからな。あの後どうなったかと思い後をつけてみれば、大人二人をナイフで殺しているんだ、それも、小等部にもなっていない子供がな」
途端に体の力が抜けた。
ライトの両親が亡くなっていることは知っていた。二人とも孤児だから、二人で支え合うために暮らしているのだと思っていた。それなのに、ライトの支えを無くしたのは自分だと知った。
混乱し、考えすぎて意味が分からなくなった。
一方、ライトは落ち着いていた。
焦る様子も戸惑う様子もなく、モーテルとリティアを交互に見つめる。
「ライトは、知っていたのか?」
リティアは恐る恐る問うた。もし頷けば、ライトはそれを知っていてリティアと暮らしていることになる。そうなれば、ライトはリティアの何倍も大人だったということになる。
リティアを見つめ、溜め息混じりに言った。「ああ、知っていた」彼は、リティアの気持ちを考えることなく放ったのには、次の言葉があったからだ。
「でも、あの時リティアが助けてくれなかったら俺は間違いなく殺されていた。殺したのは義理の両親だし、義父からは暴力を受けていた。それに関しては、リティアに感謝している。義父に失礼かもしれないけどな」
それを聞いて、リティアは何を思ったのか「あっ、何だ。良かった」と安心した。安心できる点はほとんどないが、ライトが心に傷を抱えて共に生活していなかったことを知っての行動だろう。
するとリティアの気分は途端に立ち上がり、その瞳でモーテルを真っ直ぐと見つめた。
「随分と立ち上がりが早いんだな」
「座った覚えはないけど?」
口角をぐっと上げるのを見て、モーテルは肩を落とした。そして、こう言った。「着いてこい。本題の場所に向かうぞ」
「ほ、本題? なんだそれ?」
「その言葉の通りだ。ここは、サイドメニューと言ったところか」
サイドメニューの意味もモーテルが言いたいことも分からず、「うんごめん。意味が全く分からない」と言った。
モーテルはここでは詳しく事を話してくれなかった。ただついてこいと言うモーテルについていくしか出来なかった。
最初から彼女はその『本題』のために今日、動いていたということなのだろうか。考えれば考えるほど、モーテルはサイハテの国に来たことがあるのでは、という疑問が溜まっていく。出てくるのである。秘密と聞いて二人がここへ連れてくることは想定済みで、そこからリティアの両親を殺したことを告白、そしてリティアがライトの義理の両親を殺していたことを伝えた。
ライトは、それは伝える必要などないと思って伝えなかった。共に暮らし始めてその話題に全く触れてこないリティアを見て、最初は気を遣ってくれているのだと思った。だが、違った。リティアはその時の記憶が無いのである。あの時に一瞬浮かべた、後悔。あれを最後に、リティアはこれまで、ライトの両親を殺したことを後悔したことはない。ライトを連れ去ろうとした男たちを殺したことに関しても。そのこと自体を忘れていたのなら、致し方ないだろう。
モーテルの後ろを歩きながら、リティアに小声で問うた。「リティア。もう大丈夫なのか?」
心配するライトに、何がだ? と言おうとして止めた。以前にもこんなことがあったような気がしたからだ。ライトはこれまで、リティアの機嫌が心底悪いと感じた時に、毎回声をかけてくれる。それはもしかすると、リティアが人を殺したことがあったからではないだろうか、と推測した。気分を害せば、リティアがまた人を殺してしまうのではないか、そう恐れていたのかと。
リティアはライトの肩に手を回した。「私は大丈夫だ。気にするな弟よ」
普段しないことをしてくるリティアに顔を顰めるライトだった。「……出来れば早急に離れてほしい、姉上殿」
今日、午後六時に本日二回目の投稿をします。
そして、明日から午前九時と午後六時の二回、投稿をします。
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