過去~ライト編~4-6
マシューはライトだけでなく、レイナまで殺そうとする勢いでナイフを振り上げた。そして――。
「ぐっ、ぁ……」
目を瞑ったレイナは、ゆっくりと目を開けた。目の前に、降り下ろされることのなかったナイフが落ちてきた。そして、隣にマシューが倒れた。
何が起こったのか分からない。ただ、目の前にライトほどの子供が立ち尽くしていたことだけは分かった。何故ここにいるのかまでは分からない。
長い髪を一つにまとめているところを見ると、女の子のようだ。すぐに分からなかったのは、影で顔が見えないからである。
視線を下ろし、レイナは少女があるモノを握っていることに気づく。ナイフだった。
レイナは倒れたマシューに顔を向ける。背中には一ヶ所刺し傷があり、そこから血が滲んでいた。まだ息はあるようだが、痛みで動けないのだろう。
――まさか、この子が?
正直、信じられなかった。幼い子供が人を傷付けようとして刃物を持ち出すだなんて。
「……ルシアを、返して」
少女はそう言った。思わず聞き返してしまう。だが、何度聞いても少女は、ルシアと言った。
レイナの知り合いにルシアという人物などいない。人違いだ。
「ルシアなんて子はいないよ」
「嘘だ、そこにいる」
そう言って、レイナに指を向けた。――レイナの腕の中には、ライトがいる。まさか、ライトのことを言っているのだろうか。
もしルシアを探しているのなら、それは女の子だろう。だが、ライトは男だ。見間違えもしない。だが、ライトというのは、彼の本当の名前だ。偽名でもなんでもない。
目が慣れ、少女の顔がだんだんと見えてきた。その表情は、子供とは思えなかった。冷たく、色がない。少女はこれまでに何を経験してきたのだろうか。
「……っ、この子はルシアじゃない。ライトよ。それに男の子だ。貴方が捜しているのは、女の子でしょう?」
「ううん、それがライト――じゃなくてルシア。ルシアを捜してる。返して」
何が言いたいのか分からない。おそらく、少女にいくら何を言っても理解してくれないだろう。
ライトを渡したくなかった。もしかしたら殺されるのでは――そんなことが頭を過った。その可能性が低いことは分かるが、どうしても渡したくなかった。
「嫌だ。ライトは渡さないわ。私の息子なの」
「…………じゃあ、いいよ」
息をはいた。諦めてくれるのか、そう思ったから。だが、少女と考えが違ったようだ。
少女はレイナの首にナイフを突きつけたのだ。何も言わせぬ間に斬った。鮮血が吹き出し、レイナは倒れた。
ライトに近づき、そして抱き締めた。二人の顔には血が飛び、その光景は異様であった。ライトは怯え、少女は安心したように笑っている。
「ルシア、お姉ちゃんがいれば、大丈夫だから」
誰? 誰? とライトが呟いている声も、少女には聞こえなかった。
「……ぅ、ぐ」
声がした方を見る。マシューが立ち上がろうと踏ん張っていた。少女はナイフを握り締め、立ち上がった。ルシア、待っててね、と声をかける。
何をするのか、嫌な予感がした。
少女はマシューの背中を蹴り、馬乗りになった。そして、何度も何度も刺した。血が吹き出て、少女の顔は真っ赤に染まっていく。
ライトはその時の少女の顔が怖かった。人を殺しているのに、嗤っている。
――気付いたときには、無我夢中で走っていた。市場を抜け、知らない道に出ても、ただひたすらに走った。
逃げないと、殺される。あんな風に、殺される――。
「っ、わ」
前を見ずに走っていただめ、人にぶつかってしまった。そしてこの時に、ここはどこかと思った。
「おい小僧、気を付けろ」
見上げるほどの身長。ライトは恐怖で何も言えなかった。すると男は「おい、ごめんなさいも言えねぇのか?」と顔を近づけてきた。ライトは顔を伏せ、呪文を唱えるように謝った。
そこへ男の連れと思われる男が現れた。
「おい、何やってんだ?」「小僧がぶつかってきた」
すると男はライトの髪をつかみ、顔を覗きこんだ。「綺麗な顔してんじゃん。売るか?」「親とか大丈夫かよ」「心配すんな。こんなところに来て親がいるやつなんて、聞いたことねぇからな」
するとライトを抱え、また奥へと歩いていった。
「はっ、はなして……!」
「暴れんなよ坊主」
男たちが向かっているのは、路地だった。先程よりも増して、恐怖に溺れる。
――嫌だ、助けて。お母さん、お父さん……。
――誰も、助けてくれない。お母さんもお父さんも、あの二人ももういないから……。
「っい、つっぅ……!」
男が突然こう言い、喧嘩打ってんのか!? と怒鳴りながら振り返った。だが、誰もいなかった――ように見えた。
目の前に突然、少女が現れた。あの少女だった。見事な跳脚力で飛び上がり、男の首を深く斬りつけた。抵抗する間もなく倒れる。
「ルシア!」
伸ばされた手に掴む。
前を歩いていたもう一人の男が、腰に隠していた短刀を握る。
「何だこの餓鬼っ」
少女は振り下ろされた短刀を避ける。そして背後に回り込み、短い腕を首に巻き付けた。そして――。
少女は倒れた男を見下ろす。首を斬られ、しばらくすれば動かなくなる。それでも、少女は足りなかった。
持っていたナイフを捨て、男が握っている短刀を持つ。そして、何度も何度も刺した。マシューにしていたことと同じように。
その光景は、不思議と怖くなかった。
恐怖はあったものの、どこかに安心感があり、解放感があった。
――この子は僕を殺さない。僕を助けるために、殺してくれているんだ。
少女は顔をあげた。目の前には割れた鏡があった。そこに自らの姿が映る――。顔に飛んだ血に触れる。あやふやに、自分が今までやったことが横切った。
頭を抑え、ゆっくりと振り返る。
「……ライト、だった、よね?」
「………………うん」
少女は立ち上がり、短刀を離した。少女の表情は一変していた。自分の過ちが信じられない、そういう風だった。
倒れそうになる足を堪え、そして、こう言った。
「リティアと、姉弟になろう?」
それだけ言って、少女――リティアは倒れた。
これでライト編は完結です。
二人はこのようにして出会ったのですね。まあその前に、会っていたかもしれませんが……。
リティアとライトの父親は、中等部時代からのライバルでした。ガイアはツンデレではっきり言っていませんでしたがね。
ちなみに今日は、終業式です。明日から春休み。テンション上がりますね。小説ばんばん書きます。