過去~ライト編~4-5
久しぶりの休日となった今日。
家でゆっくり過ごすのかと思ったが、マシューは外へ出ると言った。それも、レイナとライトを連れて。子供たちには留守を頼み、三人は家を出た。
つい最近、敵国からの攻撃を受けた。マシューの家は被害など受けず、ほとんどそのままの状態で生き残っていた。日が経ったと言えど、辺りにはまだ砲弾の爪痕が残されている。
「マシュー、どこへ行くの?」
ただ後ろをついて歩くのが億劫になったレイナが問うた。だが、答えてくれる訳ではなかった。予想していたが、疑問が溜まっていく。
彼が何を考えているのか分からない。ライトに暴力を振るったと思えば、ライトを連れて買い物に行く。何を考えているのかさっぱり分からない。
マシューの背中を見つめるライトは、レイナの手をぎゅっと握った。その大きな背中は、父親としてではなく、恐怖の塊に見え、怯えが出てくる。あれだけ殴られれば、もうマシューのことを信じることは出来ないだろう。ただでさえ信頼できる人が少ないライトに、悲しい思いはしてほしくない。
しばらくついて歩くと、着いたのは市場だった。
国の手が届いていないことは一目瞭然である。屋台に砲弾が撃ち込まれ、痛ましいほど使い物にならなくなっていた。
だが、人々はその悲劇に負けていなかった。使い物にならないものもあるが、もちろん使えるものもある。それを使って、今日も市場が開かれていた。
「おう、レイナちゃん!」
人混みから聞こえてきたのは、喉に痰が絡んでいるかのような声だった。首をかしげていると、手をあげて中年の男性が小走りでやってきた。
「チャールズさん。お久しぶりですね」
「そうだな。おっ、今日は家族でお出掛けかい?」
マシューを見て、そのあとレイナの足元に隠れているライトを見た。「その子だな、新しく来た家族って言うのは」
「はい。ライトくんです」
「かっちょいい名前だなぁ! 将来きっと、イケメンになるぞぉ!」
そう言って、ライトの頭をぐしゃぐしゃ撫でた。少し嫌がっているが、暖かさを感じて少し嬉しかった。
「レイナ」
暖かくなった表情が、一気に冷えた。「早く行くぞ」
レイナは見えない顔に、余計恐怖に包まれた。
「……うん」
ライトは途端に体を強張らせた。「じゃあチャールズさん、失礼します」「おう。また兄さんに会ってくれよ」
唇を結んで頷いた。
人混みをすり抜け、ライトの小さな手を離さないように歩く。ただついて歩くだけなのだが、妙に足取りが重たい。
レイナはまた問う。「ねえ、どこへ行くの?」答えない。「市場に来るんじゃなかったの? まだ奥へ行くの?」
突然、マシューは足を止めた。そして、左を向いた。
ここまで歩いてくると、人はいなくなった。その辺りは被害が多いため、屋台が開いていない。だから、人もいないのである。
「……マシュー?」
屋台と屋台の間にある暗い路地を見つめる。「ここに行け」「え?」「早く!」
怒鳴られびくりと動かす。
つい一歩出したが、すぐに足を止めた。自分の意思で止まったのもあるが、ライトに腕を掴まれたのである。
その時に気づいた。今のライトにとってこの暗い路地は、地獄へと続く道に見えるのだ。そこがどこかへ出れるとは思えない。レイナはマシューを疑った。
「嫌だ。こんなところに入って、何をするの?」
「いいから早く」
「嫌。ライトくんも怖がっている。私だって怖いわ。こんなところに入って、何をする気なの?」
マシューは面倒臭そうに頭をかきむしった。そしてポケットに手を突っ込んで――ナイフを取り出した。
レイナはすかさずライトを抱き上げた。マシューはレイナにナイフを突き付け、路地に入るよう脅した。レイナはライトを強く抱き締め、マシューの指示に従った。
「マ、マシュー? どうしてそんなことをするの?」
「…………もう、限界なんだ。ライトを、殺せば、楽になれる……」
マシューはナイフを振り上げた。ライトに覆い被さるように抱きつく。「レイナ、退けろ」
「嫌だ! 貴方が連れて帰ってきたの、自分の子のように最後まで育てないと、私は許さない!」
「レイナも反対していたじゃないか。殺しても問題ないだろう?」
「問題あるわ! ライトは殺されるためにここへ来たわけではない!」
レイナの必死の抵抗も、マシューには届かなかった。
「……ルシアが、呼んでた」
最後のセリフは、一体誰のもの……?




