過去~ライト編~4-4
夜。
物音に気づいたレイナは目を覚ました。マシューは最近、深夜に帰ってくることが多くなった。夕飯もまともに食べず、いつか倒れるだろうとは思っているが、それを止めることが出来ないでいる。
マシューが帰ってきたのか。そう思ったが、それにしては物音が続く。外に誰かがいるのか、まさか、こんな深夜に。その考えはすぐに捨てた。だとすると、この音は一体何なのだろう。
布団から出る。扉の隙間から、光が漏れている。誰かがいる。やはりマシューだろうか。
その時、聞き捨てならない声がした。
唸り声、確かにそうだった。寝ぼけていた頭が目を覚ますに連れて、扉の向こうで何が起こっているか想像できた。
少し開けて、隙間から覗く。
目を疑う光景が、そこにはあった。
レイナは扉を開け、駆け寄り、「やめて!」と叫んだ。胸の中には、血を流しているライトがいる。すぐにレイナに抱きつき、服を涙で濡らした。
「ライト、大丈夫?」
そう言って頭を撫でる。小さいながらも大声で泣かなかったのは、誰も助けてくれないと思ったからだろうか。お父さんとお母さんは来てくれない、助けてくれない――そんなことを考えていたのだろうか。きっとライトは、ここに来たことを間違いだと思うに違いない。そんなこと、微塵も思わせたくない。
レイナは顔をあげ、問い詰める。
「どうして、こんなことをしたの? ――マシュー」
信じられなかった。ライトを連れて帰ってきた本人が、ライトに暴力を振るうだなんて。彼が今、何を考えているのか分からない。
魚のように口を動かしながら、言い訳のように言葉を綴っていく。
「ガイアさんが受ける辛さだったんだ……それを、息子に与えようがどうってことない……むしろ、これが当然のことなんだよ……」
レイナは顔をしかめた。マシューは何を考えているのか。仕事のし過ぎで、頭が可笑しくなってしまったのだ。以前のマシューとは、打って変わったように別人だ。
「マシュー……貴方、何を言っているのか分かっているの?」
「分かってる」
「じゃあ、どうしてそんなことを言うの? 確かにライトはガイアの息子。だけど、苦しみをライトに与える理由なんて、少しもないじゃない」
しばらく立ち尽くすマシュー。何かを考えた後に、顔を手で隠し、そのまま寝室へと行ってしまった。
レイナはライトを抱えたまま、洗面所へ向かった。
タオルを水で濡らし、傷口に当てる。優しくしているのだが、しみて痛いのだろう。だが、我慢してもらわなければならない。傷が目立てば、近所の人に怪しまれてしまうから。ただでさえ、ライトが増えてごみを見るような目で見られているのに、虐待だと言われれば、成す術がないだろう。
「ライトは綺麗な顔をしているから、傷が残らないようにしないとね。……きっと、お母さんに似たのよ」
懸命に微笑んだが、ライトが返してくれることはなかった。
マシューは別人になったようだ。人目がなければ、ひたすらライトに暴力を振るっている。仕事が辛いのはよく分かるが、それが終わればこの悲劇も終わるか、それともずっと続くのか、誰にも分からなかった。
あの三人も、マシューを避け始めた。
厳しいというより恐ろしくなったマシューに、誰も近寄りたくないのだ。いつしか、工場長に昇格することはは『破滅に導かれる、恐怖の昇格』と言われるようになり、誰も工場長にはなりたがらなくなった。
――そして、その時がやってきた。
読んでくださっている方の中には、レイナが暴力を振るうのではないか……と思われるかたがいらっしゃったのではないでしょうか。マシューの方が手を出しちゃいましたね。




