真実の卵3-1
「……殺したって、どういうことだよ……」
辛い過去を思い出していたリティアの口からこの言葉が出てきたのは、モーテルの言葉を信用していないからだ。
思い出さないはずだったのに、無意識に頭の中に流れてきてしまった。両親が殺された瞬間、そして妹が殺された瞬間が、まるで目の前で起こったかのように。
あの後、自分がどうなったか覚えていない。全てとんでしまったのだ。
「その言葉の通りだ。覚えているはずだろう、あの時の兵士は、私だ。あの時のリティア・オーガイトは、まだ幼かった……」
急に胸ぐらを掴まれ、引き寄せられた。目の前に、怒りを抑えるリティアの顔があった。
「なんで、なんで殺したんだよ……! 三人の死は、本当に必要なことだったのか……?」
今のリティアが感情を抑えられずにいれば、ここで争いになっていた。溢れそうになっている感情を殺しているのは、まだ信じられていないからであろうか。
「お前、隊長だろ……? 誰彼構わず、人類のためなら殺せるのかよ。人類の進化のために、人類を殺すっていうのか。だったら、私の家族じゃなくても……どうして、私だけ殺さなかったんだよ……!」
手は震えていた。瞳は潤み、涙が溢れ出しそうであった。
すると、モーテルは申し訳なさそうに言った。
「……お前の家族でなければならなかったのだ。誰彼構わずという訳ではないんだ。……理解してくれ」
「理解出来るわけないだろ!」
突然大声を出したリティアに、ライトは驚いた。
ライトには、現状がいまいち分からない。共に過ごしてきたが、リティアが過去を語ることも、ライトがリティアの過去を問うことも無かった。聞いてはいけないような空気が漂っていたからだ。
リティアの両親が殺されたことは知っていた。だが、逆に言うとそれしか知らない。妹のルシアがいたことも、殺した相手が兵士――の格好をしていたモーテル――だったことも。モーテルであったことは、リティアも今知ったようだ。
それにしても、とライトは首を傾げる。もしかしたら、モーテルがここへ来たのはカジュイに命令されたから、ということだけではないのではないだろうか。昨日ここへ来たばかりで、突然この事を伝えた。本当の目的は、もしかするとこの事を伝えることか――。
そして、ライトの予想が正しければ、モーテルは――。
「私にはもう、血縁者がいないんだ。みんな死んだ。人類のためだと言われて、家族の死を受け入れられるとでも思っているのか!?」
モーテルは何も言わない。悪いと思っているのかと思ったが、表情は平常を保っているかのように見える。
あいつに、心はあるのか?
「……なあモーテル。私、今ならお前を――殺せると思うんだ」
鼓膜を震わせた言葉に、ライトは踏み出し、リティアとモーテルを引き離した。リティアが抵抗しようとも、どうしても二人を離れさせたかった。
「何するんだよ、ライト」
「お前、自分が何を言ったか分かっているのか? ちゃんと考えろ。取り返しのつかないことになったらどうするんだ」
「例えの話だ。本当に殺したりはしない。それくらい、怒りで溢れていると伝えたかった」
モーテルは服を整えて、こちらを向いていた。何かを訴えるように鋭くなった瞳に、体が強張る。
「――リティア・オーガイト、お前は自分の事を制御出来るのか?」
「……何だよ、急に」
すると、モーテルは隠し持っていた短刀を投げてきた。地面で回転しながら移動し、足にぶつかる。
「その短刀で、私を殺してみろ」
リティアは腰を曲げ、短刀を手に取った。まさか、本当に殺すのだろうか。
「殺すわけないだろ。簡単に人を殺すほど、私は未熟ではない」
「――三人を殺したときの肉を裂く感覚は、今も覚えている」
モーテルが言い出した言葉に、動きが止まる。
「動物の肉とは違った感触だった。首なんて、簡単だった。幼い子供の体は、柔らかいんだな。ほとんど力を使わずに済んだ」
明らかにそれは、挑発だった。どれだけ言っても、リティアは人を殺さないのか。憎しみが増加すれば、剣を向けてしまうかもしれない。
ライトはリティアが飛んでいかないよう、腕を掴んだ。震えていた。
「大人の体を裂いたときは……とても手応えがあった。斬った途端に、全身から鳥肌が立った。死んでも、また裂きたいほどにな」
リティアの瞳が、変わった。ライトの腕を振りほどき、モーテルの首に刃を突き付けた。少し食い込み、血が出ている。
「リティア!」
すぐに引き戻すライト。
いつものリティアではない。家族を殺された恨みで、狂っている。
「……そうやってまた、人を殺すのか?」
「…………また?」
モーテルの言葉の意味が、リティアには分からなかった。
また、と言うことは、以前殺したことがあるということである。しかし、リティアはそんなことをするはずないと思っているし、そんなことをした記憶がない。
「適当なこと言うな。私は人を殺していない。もしそうだとしても、誰を殺したと言うんだ」
モーテルは、人差し指を立てて腕を伸ばした。指しているのは一瞬、自分かと思ってしまった。だが、違った。
指していたのは、ライトだった。
「ライト・オーガイトの、両親だ。――義理の、だがな」
モーテルの台詞の意味、どういうことでしょうかね? 複雑な過去を持つ二人が出会ったのは偶然か、それとも必然か……。
次回、ライト編です。