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サイハテの国  作者: ヤブ
第五章
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過去~リティア編~2-5

 人混みを掻き分け、必死にリティアと呼ぶ。ルシアも呼ぶが、全て人々の声でかき消されてしまう。


「おいにーちゃん! あんた、早く逃げないと死んじまうぞ!」

「娘を探しているんです! 五歳の。見ませんでしたか!?」

「それなら見たぞ! 一つに結うている子か?」


 間違いなくリティアだ。ただ一つの情報だけで、そう確信した。

 サディアが頷くと、リティアがどこで見たのか教えてくれた。


「市場の端から四、五番目の店辺りで見た! 店の間に隠れていたから、そこを探すと良い! 連れてきてやれなくてわりぃな!」

「いえ! ありがとうございました!」


 相手は手を振ってくれた。


 リティアを探している間も、砲弾は次々と撃たれた。悲鳴だけでなく、怒号も飛び交う。ルシアはサディアの腕の中で頭を抱え、身を守っていた。


 サディアは絶えず名を叫んだ。この人混みの中で声が届くとは思えない。だが、叫ぶしかないのだ。声を出さなければ、聞こえるものも聞こえない。





「おい嬢ちゃん! こんなところに隠れてないで、早く逃げるぞ!」


 店と店の間に隠れていたリティアを見つけた一人の男が、そう声をかけた。


 三角座りで背中を向けているリティアの腕を引っ張ると、その表情はとても恐怖で満ちていた。


「早く逃げるぞ!」


 男が引っ張ると、リティアはその手を振り払った。


「やだ!」

「どうしてだ。逃げないと死んでしまうぞ!」


 すると、リティアは瞳から大粒の涙を流し始めた。頬を濡らし、顎から地面に落ちていく。


「だって、おとーさんとルシア、死んじゃったかもしれない……。あっちの方ドカーンっていったから……。おかーさんも家でお留守番してて死んじゃったかなあ……。ライトくんだって、爆弾で死んじゃった……」


 幼き子供が放つ言葉に、男は素直に同情した。


 一緒に来たはずの父と姉妹と会えない。家にいる母も迎えに来てくれないかもしれない。友達が砲弾で失い、トラウマになった。

 同情しないわけがない。幼い時から砲弾の恐怖に捕らわれなければならないのは、どれだけ辛いことか。


 だが、同情している暇などない。

 今は早く避難することが先決である。悲しむのはそれからだ。


 男はまた腕を掴んだ。予想通り、リティアは声を上げた。


「嫌だ、触らないで!」

「早く逃げるんだ! あんたまで死んだらどうするんだ!」


 辺りには既に人はおらず、何処かから砲弾が放たれている音が聞こえる。いつここに落ちるか分からない。むしろ、今までここに落ちなかったのが喜ばしいほどだ。


 その時、男は女の名を叫ぶ声を聞き取った。

 そちらに顔を向けると、そこにはリティアよりも幼い子どもをかかえる男がいた。サディアだ。


 男はリティアの肩を叩いた。


「おい嬢ちゃん! あれ、お父さんじゃないのか? 抱いているのは妹のルシアか?」


 リティアは不安げに顔を向けた。二人の姿を確認した途端、リティアは立ち上がり、サディアに向かって走った。


 涙はいつの間にか止まり、サディアの腕によってルシアと共に抱きつけられた。止まったはずの涙が、また出てきた。


「リティア良かった。無事で良かった」


 サディアは何度もそう言って、リティアの頭を撫でた。

 だが、ゆっくりしている暇はない。砲弾による攻撃は、まだ終わっていない。


「おい! 早く逃げるぞ!」


 男に言われ、サディアは立ち上がった。


「すみません、ありがとうございました」

「いえいえ。うちにもそれくらいの子供がいてね。放っておけなかったんだよ」


 男ははにかんだ。この状況でも笑顔になれるのは、それほど子供のことを愛しているからだろう。愛というのは、どんな状況にでも強い。


「さあ、早く中央街へ向かおう。あんた、奥さんは?」

「恐らく家に。避難はしていると思いますが」

「一応確認した方が良い。砲弾の被害を受けて家から出られなくなっているかもしれないから」


 サディアは頷くと、家に向かった。男とは手を振って別れた。


「おとーさん。おかーさん大丈夫かな?」

「大丈夫さ、きっと」


 特に根拠はなかった。むしろ、これはサディアの望みだ。無事でいてほしい。


 さすがに二人を抱えて走ることは出来ず、ルシアだけを抱いてリティアは手を繋いで走った。子供だから少し遅い。だが、先程から砲弾が発車する音は聞こえないため、敵国からの攻撃は終わったようだ。


 リティアの足が限界に近づいた頃、家に着くことが出来た。歩いているとき以上に時間がかかった気がする。


 家の姿を見て、サディアは驚くことしか出来なかった。


 家は、半壊していたのだ。

 玄関を含む半分は砲弾の墜落により崩れている。木片が散らばり、反対側もいつ壊れても可笑しくない。


 リティアの表情から、生気は感じられなかった。呆然と家を見つめる。


「おかーさんは……?」


 きっと大丈夫だよ。

 そんな確信の出来る言葉を、言うことなんて出来なかった。もしもの時、どうすればよいのだろう。


「……探そう。家が壊れてしまう前に」


 ルシアを下ろし、二人にはここで待っているように言った。


 壊れていない窓から中に侵入する。この中でゆっくりしている時間はない。早くにリンナを見つけ、出なければ。


 入ったのは、子供部屋だ。砲弾の影響で、床には片付けたはずのおもちゃが散らばっていた。


 虚しくなる。まるで、すべてが終わってしまったかのようだったから。たったひとつの砲弾で、思い出の詰まったものは簡単に壊れてしまった。

 人間の憎しみから、怒りから。


 不条理を理解できずに、相手を攻撃することでしか心のうやむやを晴らすことが出来ない。

 なんて可哀想な王たちなのだろう。


 子供部屋を出ると、リビングに入る。リビングの半分は壊れ、キッチンも影響を受けている。


 そこに、足が見えた。


 サディアは走り出すと、駆け寄った。完全に埋もれている。


「リンナ! リンナ!」


 足を叩いて反応を確認する。だが、返事が来ることはなかった。サディアはリンナの足に手を添えたまま、瓦礫の奥を見つめた。

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