怒り4-1
リティアは驚き、目を見開いた。
サイハテの国を攻撃する?
なぜ、そんなことをせねばならぬのか、リティアには全く理解が出来ない。
「そんな、何故……」
「私も不思議に思いました。何故国民が国の歴史を秘密にしているだけで、攻撃をしようというのか。すると王はこう答えたのです――『いいか。私は、サイハテの国にはもっと秘密があると見た。歴史だけでなく、もしかしたら金銀財宝まで隠しているかもしれん。そうなれば、どうだ? もし密かに秘密兵器を開発し、我々の国に攻撃をしてきたら。この国にはそれに対抗できるものは一切ない。そうなってからでは遅いのだ。だから攻撃するのだ。サイハテの国を我らの物にすれば、誰も逆らえなくなるであろう』と。
確かに、他にも秘密があるかもしれない、そう思いました。もしそれが悪用されれば……。取り返しのつかないことになるかもしれません。王は、そのために攻撃するのだと言います」
その王の台詞に、リティアは怒りしか浮かばなかった。
秘密があって何が悪いというのだろう。この国だって、他国に隠していることはあるはずだろう。あの王のことだ、自分が良ければ全て良しである。現に、今新しい兵器を開発しているし、半年前に森から昔の王がミイラ化して出てきたことも言っていない。
もし、何故言わなかったのだと聞かれれば、聞かれなかったから言わなかったのだ、と言うだろう。きっと、サイハテの国もそれと一緒なのだ。言う必要がないと思ったから。
それに、サイハテの国は森に囲まれており、伝えようにも伝えられないのだ。伝えるとなると、森の中を何日も歩かなければならない。なにか出てくるかもしれない森の中で野宿するとなると、命を懸けなければならないことにもなる。それほどまでして伝えなければならないことなのかと言われれば、すぐに首を縦に振ることは出来ないであろう。
サイハテの国は、他国に入ることすら稀にしかないというのに、サイハテの国は他国の情報すら知らないだろう。なのに、何故なにも知らない国に自国の情報を言わなければならないのか。むしろ不思議に思うだろう。
王が自分勝手なのだ。自分の思い通りにならないと気が済まない。それでいて、何故か納得する理由を言う。
そんな王に、こいつは踊らされているだけだ。
「それは……。そう言われれば、そのお考えを否定することは難しいですね」
「はい。現在、サイハテの国攻撃作戦を練っております。まだ始めたばかりであり、いつ実行出来るようになるかは分かりません。失敗は許されないのですから、慎重に行います」
「失敗……というのは、つまり……。人を殺すということでしょうか」
学園長が控えめに聞く。
「ええ、まあ」
来客人の軽々しい言いように、リティアは力を押さえる。
人の命を軽く見ている。ただ人を殺すことを仕事としている来客人にとって、人の命など軽いものだというのだろうか。そういうことを仕事にしているのならば、しっかりと命の重みを知っているべきである。
「しかし、数人は死なない程度に攻撃し、生かしておくつもりです。でないと、何も情報を得られませんからね。……まあ、用済みとなれば、すぐに殺すことになるでしょうが」
リティアは拳を握る。
今はなんとか自分で止められているがこれ以上、来客人が何かを言えば、リティアは学園長室に乗り込んでしまうだろう。
ライトはそんなリティアを見ていて、心臓が早く動くのを感じた。
ここで動いては、いけない。もしここで入れば、来客人は誘いを断るリティアを連れ去っていくかもしれない。あのリティアであっても、攻撃部隊第一団隊長には到底敵わない。
「リティア」
ライトは口の横に手を当てて声を潜めて言う。
「お前の気持ちは分かるが、乗り込むことだけは止めろよ。相手は第一団隊長だぜ? お前には勝てっこねえからな」
リティア顔をしたに向ける。そして、気持ちを落ち着かせるようにゆっくりと息を吐いた。しかし、拳の力が抜けることはなかった。
「そのための部隊も形成する予定です、特別部隊と称して」
「特別部隊……」
「ええ。国民には、本当に国が窮地に追い込まれたときのための部隊とでも言うつもりです。それで、彼女を部隊に入れたいのです」
「彼女となると……」
ライトはこの先はだめだと思い、リティアの耳に手を当てようとする。しかし、間に合わなかった。
「ええ。リティア・オーガイトです」
リティアは体をぴくっと動かした。
ライトはこの後どうなるか、少しだけ予想ができた。
きっと、しばらくすればリティアは怒りを抑えきれなくなって暴れだすように乗り込む。そう、あのときのような暴れかたで。状況も似ている。
「私を入れたいのは……サイハテを攻撃するだけのために作られる部隊……」
そう呟く。
「リティア、落ち着け。断ることだって出来るんだ」
そういう問題だけでないと言うことは分かっている。しかし、この言葉でしか落ち着かせることが出来ないのだ。
「落ち着けよ、な? ここで暴れても何にもなんねえ」
「……ライト」
リティアが口を開いた。
「何だ? 止めろよ、もうだめだとか言うのは」
「……うん、もうだめだ」
「はあ? や、やめろマジで」
リティアが立ち上がろうとし、ライトは両肩を抑える。
「だめだ。やめろ」
「もう無理。剣で切り刻みたいくらい」
「止めろ! そんなことしたら、退学じゃあ済まされねえ! てか出来ないと思うけど!」
ライトは自分が結構声を出していたことに気づき、口を押さえる。その隙をついて、リティアはライトの手を振り払って立ち上がった。
「リティア! ほんとにやめろ!」
ライトはリティアから禍々しいオーラが出ているのが何となく見えた。
もうこの場から逃げるしかないと思ったライトは、リティアの手を握った。
「おやおや、少し騒がしいようですが」
そう声がし、ライトはリティアの腕を引っ張る。しかし、びくともしない。普段運動をほとんどしないライトと、毎日剣の練習をしているリティアの力の差は結構あるようだ。
「ご本人の、お出ましですか?」
それと同時に学園長室の扉が開く。
出てきたのは学園長ではなかった。それは恐らく、来客人の攻撃部隊第一団隊長であろう。
「おやおやこれは……。お二人ともお揃いですか」
ライトは、来客人の顔を見て気づく。
今まで男だと思っていた来客人は、女だったのだ。声だけで判断していたため、誤って思い込んでいたのだ。しかし、その女は男らしい見た目をしていた。髪の毛は焦げ茶色で、首辺りで雑に切られている。鋭く伸びた目尻は男のオーラを醸し出し、引き締まった頬がほとんど直線で耳までのびている。
リティアの十センチ以上身長があるようだ。肩から黒いマントを流して体の体型を隠しているためよく分からないが、ほどよく筋肉のついた腕を見て、おそらく体も引き締まっていることだろう。
男だと紹介されれば、男だと思ってしまう。しかし、髪が長ければ女にも見えるだろう。
「リティア・オーガイトは、あなたですね?」
リティアは目の前に立つ攻撃部隊第一団隊長モーテルを見上げる。その顔に、いつものリティアの表情はなかった。
「……」
リティアは口を開かずにゆっくりと首を縦に振る。
モーテルは、微笑んで言う。
「そうですか。……内容を伝えなくても、用件は分かっていますよね? 最初からここで聞いていたんですから」
モーテルは、リティアとライトが話を盗み聞きしていたのを分かっていたのである。音を立てずに聞いていたものの、隊長の耳は騙せないようである。
「どうですか? リティア・オーガイト、特別部隊に入ってくださいませんか?」
返事はしない。
モーテルは、リティアが断ることは分かっているだろう。こんな顔を見て、引き受けてくれると思うやつはそうそうにいない。
ゆっくりと腰に垂れ下がっている剣に手を伸ばす。ライトはリティアの左腰に目をやる。ふと目線をあげると、モーテルと目があった。そして、笑った。
(しまった)
ライトが目をやったことで、モーテルもリティアの行動に気づいてしまったのである。いや、もしかするとライトが気づく前から知っていたのかもしれない。
モーテルが知っている以上、リティアがこの攻撃で勝つ確率は少ない。もしこの攻撃を成功させても、かすり傷にしかならないだろう。
ライトはリティアを止めようと、口を開ける。
しかし次の瞬間、リティアは剣の柄を握ると素早く抜き取り、モーテルの心臓目掛けて剣の先を向けた。