過去~リティア編~2-4
サディアは、ガイアとミューアの死を追求することはなかった。逆に、二人の死について話すことは皆無だった。リンナもその気配を感じて、口にすることはない。
そうやって過ごして、約一年。
月日は過ぎ、ガイアとミューアの一周忌が迫ってきていた。まだ息子の発見はチャールズから来ず、半場諦めていた。
「おとーさん、市場行こ?」
リティアがサディアの裾を引っ張りながら言った。
五歳になったリティアは、身長が少し伸びた。髪も下ろしていたのから一つに纏め、女の子らしくなった。
妹のルシアは今年で二歳になった。まだ歩けなかったはずのルシアは危なっかしいが歩くようになった。リティアの後ろをついて歩くことが楽しいようで、よく笑いながら歩いている。
リンナは今日は行かず、家でゆっくりするとのことだったため、サディアは娘二人をつれて市場へ向かった。
市場には人で溢れていた。
開いている店も多いことから、最近の農業漁業の様子が窺える。
ルシアがそれほどの人混みに来るのは、ほとんど初めてである。そのため、人に怯えていた。
「……おーしゃ」
ルシアがサディアを呼んだ。おーしゃとは、おとうさんのことでサディアを指している。リティアが言うおとーさんの真似をして、最終形態がおーしゃとなった。
「何だ?」
「ととさんととさん」
ととさんとは、魚のことである。
不思議なことに、リティアとルシアは魚を好む。それも煮物。姉妹で好き嫌いが合うことはあるだろうが、子供が苦手そうなものを好むのは、やはり姉妹だからであろうか。
「魚か。おかーさんに頼んで、今日は魚の煮物にしてもらうか」
「にもの! にもの!」
ルシアは飛びながら喜んでいる。
それを見ていたリティアは、「リティアが買ってくる!」と言って走り出した。
呼び止めようとしたが、戻ってくることはいつものことである。通貨を渡していなかったサディアは通貨を手に取ると、戻ってきたリティアの手に落ちないように置いた。
それを握り締めると、また走り出した。「迷子になるなよー」と声をかけた。
その間に、サディアはリンナに頼まれたものを購入する。
「すみません、これ下さい」
「あいよっ」
威勢の良い大将は、慣れた手つきで野菜と果物を袋にいれていく。それをルシアは、「しゅごしゅご」と言いながら目を輝かせていた。
案外早くに終わり、帰ってこないリティアを探しながら市場を彷徨く。
ふと、空き店が目に入った。
本当なら、ここにガイアがいるはずだった。あんなことにならなければ、今日も楽しく話していただろう。
視線を地面に向けて、通りすぎる。
――おいサディア、無視すんなよ。
声が聞こえた。
気のせいかもしれない。
だけど、振り返らずにはいられなかった。振り返ると、店にはガイアの虚像が浮かび上がっていた。
――今日も子供と買い物か。楽しそうだな。
表情まで繊細で、本物のように見える。だが、それは虚像。サディアの妄想である。ガイアならば、まずこんな台詞を微笑みながら言ったりはしない。
「……サディア。また、遊びにいくよ」
それだけ言って、ガイアを後にした。
その直後、爆発音が聞こえた。音の震源を捕らえようと空を見上げた。その時、空を飛ぶ黒いものが見えた。
砲弾だ。
それは市場には直撃した。
サディアは咄嗟にルシアを守った。何も飛んで来ないわけがない。少しでも、怪我をさせたくなかった。
市場が悲鳴で溢れた。
人々は一秒でも早く市場を出ようと、我先に走る。
「何で東部に砲弾が来るんだ!?」「王だよ! 王がまたどっかの国に喧嘩を売ったんじゃないか!?」「くそっ、何なんだよあの王は! 国民を何だと思っているんだ!」
悲鳴と共に、カジュイへの愚痴を捉える。
「おーしゃ、おーしゃ」
ルシアが早く逃げようと裾を引っ張る。
「待て、リティアが。リティアは何処なんだ?」
サディアはルシアを抱えると、人混みを逆らいながら進んだ。




