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サイハテの国  作者: ヤブ
第五章
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過去~リティア編~2-3

 訃報(ふほう)を聞いたのは、市場へ行った日から一ヶ月が経った頃だった。


 突然、兵士がやって来て、一ヶ月前にあった戦争の犠牲者・死亡者一覧を配達してきたのである。


 市場から戻って来たあと、敵国からの攻撃を知らせる警報が鳴り響いた。主に被害が大きかったのは西部。国の素早い判断により、被害は最小限に収まったが、死人がでなかったのかと言われれば頷けない。


 警報が鳴ったときには砲弾が撃ち込まれ、逃げる暇もなく亡くなってしまった者もいただろう。


 リティアの家があるのは東部。被害はほとんどなかった。

 だから、安心しきっていたのだ。


 兵士が配達してきた死亡者の中には、ガイアとミューアの名前があったのだ。あの日、市場にいたガイアが、何故亡くなってしまったのか。ミューアは巻き添えをくらったのか。そして、息子はどうなったのか。

 それらのことを聞いても、ちゃんとした答えを返してくれる者はいなかった。ただ、「戦争に巻き込まれたのではないか」と言うだけだった。



 もちろん、サディアが納得できるはずがなかった。


「サディア、元気を出して」


 机に伏せるサディアの背中に、リンナは手を添えた。


「俺はすこぶる元気だ」


 そう言って、顔を上げた。

 リンナの顔を見る。訃報を知ってから一度も涙を見せなかったリンナが、涙で頬を濡らしていたのである。我慢していたのか。


「ガイアさんとミューアが亡くなったことは私も悲しい。だけど、いつまでも引きずっていくわけにはいかない、わかる?」

「分かる。だが、俺は何故二人が死んでしまったのかが分からない。ただ知りたいだけなんだ」


 サディアはしばらく考えると、「出てくる」と言って扉を閉めた。



 ガイアとミューアの死には、不思議な点がある。


 それは、何故亡くなったのか。それに尽きる。

 戦争の被害を受けたのは西部であって、東部ではない。東部はまったく被害を受けていない。それなのに、遺体で見つかると言うことがあるのか。もしあるとしたらそれは、戦争には全く関係ない。


 サディアは真相を知るべく、遺体が安置されている中央街の一角に向かった。遺体を見れば、何か分かることがあると思ったからだ。


 安置所には、戦争で亡くなった者の遺族で溢れ返っていた。すすり泣きが聞こえる中、サディアは二人の姿を探す。


「遺族の方ですか?」


 店員が声をかけてきた。


「あ……遺族ではないのですが、会えますか?」

「はい。お会いしたい方のお名前をよろしいですか?」

「ガイア・シェーカーとミューア・シェーカーです」


 店員の顔色が変わった。

 普段なら、ここですぐに案内してくれるのだが、店員は「少々お待ち下さい」と言って、とある部屋に消えていった。


 その時点で、怪しいことがあることは分かった。


 しばらくして、店員はある男を連れてきた。自己紹介をしてもらい、彼がここの店長――国が認める遺体の専門家であることが分かった。名前を、チャールズと言った。


 店員とはそこで別れ、チャールズと共に店の奥へと向かった。


「オーガイト様は、シェーカー夫妻とどのような関係でございますか?」

「ガイアの方とは、中等部高等部でお世話になりました。よく競いあっていたのですが、いつも私より上をいく、凄い奴です」

「なるほど……。この度は、ご愁傷さまです」

「いえ。突然のことで、妻も驚いています」


 チャールズは首筋を掻いた。


「…………突然の死に、どう思われますか」


 サディアは、チャールズの背中を見つめた。チャールズはどうやら、サディアが死を怪しんでいることに気づいているようだ。

 サディアははっきりと言った。


「正直、不思議としか思えません。彼らが亡くなる前にいた場所は、東部にある市場なんです。被害があったのは東部なのに、どうして戦争でなくなってしまったのか、ちゃんとした理由がないのに、彼らの死を受け入れることなんて出来ません」

「……そうですよね」


しばらく、沈黙が滞在した。チャールズはこの後何度も首筋を掻いた。


 色々と問い詰めたいが、真実は二人の遺体を見れば分かるだろうと思い、口を閉じた。


 しばらく歩くと、鉄で出来た扉に辿り着いた。鍵を差し込んで回すと、解除された音が廊下に響いた。見た目よりも重たくないのだろうか、チャールズは軽々とその扉を開けた。チャールズは先に入るよう(うなが)した。


 先は真っ暗。この先に彼らが眠っていると思うと、少し胸が痛んだ。サディアは頭を下げるとチャールズの前を通って部屋に入った。


 壁にあるスイッチで灯りをつける。すると、目の前に永眠したガイアとミューアが現れた。

 着衣はなく、白い布を被せられているだけである。



 表情は、本当に眠っているかのようだった。これが、もう二度と動くことが無いのかと思うと、悲しみと共に恐怖を抱いた。


 瞼は下ろしているが、遺体発見時は見開いていたのだろうか。恐怖の中、亡くなっていった様子を想像すると、恐怖が倍増する。


「あの……子供の遺体はないんですか?」

「西部では見つかっていますが、この二人の近くにはいませんでした」


 安堵したが、油断は出来ない。遺体として見つかっていないだけかもしれない。



「これを、見ていただけますか」


 チャールズはミューアの遺体に手をかけ、背中を見せた。そこには、砲弾で出来るのだろうかと疑うほどの大きな創傷が刻まれていた。


 ミューアには横向きに、ガイアには肩から腰まで斬られていた。それぞれこれが致命傷になり、亡くなったようだ。


「これが、死因ですか?」


 サディアは驚きを隠せない。


「ええ。……国王のもとには、『戦争で亡くなった』と伝えました。今から言うことは秘密なので、どうかそれを守っていただきたい」

「……はい」


 チャールズは呼吸を整えてから述べた。


「彼らの遺体が見つかったのは、東部にある市場近く。発見したのは近辺に住むご老人でした。『戦争の被害を受けたやつらが倒れている。早く来てくれ!』との通報でした。その時、時間にあまりがあった私と後輩を連れて、ご老人の後を追って現場に向かいました。


 辿り着いた場所は、被害を受けるはずのない東部。ですが、確かに遺体はありました。不思議な点はありましたが、応急処置を行おうとしました。ですが、既に手遅れ。彼らは、ここへ運びました。


 この時、彼らの死をどう取り扱うべきなのか迷いました。近辺に砲弾が撃ち込まれた形跡はありませんでした。彼らの死には、明らかに第三者が関係しているのです。これは、殺人なのです。


 ですが、今このことを国王に伝えても、調査してくれるとは限りません。隣国との関係が悪化している今、王にとってはどうでもよいことなのです。それは王としてあるまじに態度ですが、仕方ないことです」


 怒りを覚えたが、カジュイならばその通りである。

 何も言い返すことが出来ない。


「それに、この事を伝えても、国が不安定になるだけです」


 サディアは言い返したいが、言葉が出てこない。


「オーガイト様、申し訳ございません。私らでは、どうすることもできないのです」

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