過去~リティア編~2-1
「おかーさん、市場に行きたい!」
幼き頃のリティアは、近くの市場へ行きたがった。
食欲旺盛で活発的なリティアは、食べているときか遊んでいるときは可愛らしい子供なのだが、その他の時は煩くて仕方がないのだ。そのため、ほとんど食べ物を持っている状態になる。
今日は、父サディアは休日で一日中家にいる。家族で出かける予定もなく、家でゆっくり休日を満喫しようとしていた。
母リンナは家事で忙しく、この後も集会に参加すべく家を出ていく。一時間後であるが、忙しいことは目に見えている。
「リティア、おかーさんは今日忙しいの。昨日行ったでしょ? 我慢しなさい」
「えー。今日も行きたいー」
「我が儘言わないの」
友達と遊ぶ予定はあったが、無しになったのだ。暇になったリティアには食べ物を持たされたが、それだけで夜まで過ごせとなると、途中で口を開くに決まっている。
「じゃあさ、リティア一人で行って良い?」
「駄目よ。最近物騒なんだから。それに、万が一その時に戦争でも起きたらどうするの?」
リンナの言う通り、ここ数年、戦争が度々発生している。何でも、王が隣国と言い合いになっているそうだ。大事にはなっていないものの、いつ襲ってくるか分からない。
今となっては、辺りを囲う人工的に短期間で作った木々で防がれているものの、この時はまだ国を守ってくれる木々など存在しなかった。
「おかーさん! 市場行きたい!」
既に与えておいたお菓子は食べ尽くされ、リティアは駄々を捏ねだした。
「煩い! ルシアが起きるでしょ?」
リティアは口を閉じると、母の腕で眠っている妹ルシアに目を向けた。まだ一歳に満たないルシアは、先々月産まれたばかりである。リティアの四つ下で、大きくなれば姉として妹を支えてくれるだろう。
ふっくらとした頬は赤く染まり、うっすらと開いた口からは涎を垂らしている。
「……ルシアは良いなー……」
「何が?」
膨れっ面のリティアに問いかける。目を泳がせながら、口を開けて言った。
「…………ルシアは何も出来なくても、おかーさんとおとーさんがついていてくれるから。リティアもおかーさんとおとーさんと遊びたいだけなのに」
年下の妹弟が出来たときには有り得ることである。幼い命に夢中になった親は、姉兄を放っておくことがある。全ての親に値するわけではないが、有り得ないことでもない。
それを聞いていたサディアは立ち上がると、リティアを抱き抱えた。
「よーし! それじゃあ、おとーさんが連れていってあげよう!」
「本当!?」
「ああ!」
「ありがとー、おとーさん!」
はしゃぎ回る二人を見て、リンナは微笑んだ。
声が大きかったのか、腕で眠っていたルシアが目を覚ました。良い気持ちで起きたわけではないが、声をあげて泣くことが無かったのは幸いである。
リンナは時間を確認し、声をかけた。
「市場に行くなら、ルシアも連れていってね。さすがにルシアを集会に連れていくわけにはいかないから」
「人混みのなかに連れていくのか?」
「大丈夫よ。今日は市場、空いてるみたいだから」
まあそれなら、とサディアはルシアを抱く。すると、途端に表情を変えて、「あぁー、ルシアは可愛いなー」と顔を緩ませた。
「この頬、リティアが小さい頃を思い出すなー」
「リティアの小さい頃、どんなだった?」
「リティアか? 可愛かったぞー。丸々していて、よく笑ってくれてな。どことなく、ルシアに似ているな」
「リティアが似てるんじゃなくて、ルシアが似てるの!」
「あはは! そうだな!」
親子の談笑に、リンナが口を挟む。
「おとーさんなんて、リティアにメロメロだったんだよ? リティアに会いたいがために仕事さぼって帰ってきたんだから」
「いや、あれは本当に体調が悪くて……」
「帰って来てリティア抱いたら、速攻元気になったのに?」
「いやまあ……それは、リティアの力と言うか……」
その言葉に、リティアは嬉しくなった。
先程までルシアに両親を盗られて悲しく思っていたが、そんな思いなど吹き飛んでしまった。
リティアはサディアの手を握ると、扉まで引っ張った。
「おとーさん、早く行こ!」
「お、おいリティア。引っ張ったらルシアが落ちるじゃないか」
サディアは振り返ると、リンナに手を振った。それを見て、リンナは微笑んで振り返した。
扉が閉まり、集会に向けて準備をしようと背中を向けたとき、また扉が開いた。
「おかーさん、いってきます!」
リティアがいた。それだけを言うために、戻ってきてくれたのである。
「……いってらっしゃい!」
まず、リティアには妹がいました。きっとルシアは、リティアと違っておとなしい子なんでしょうね。




