告白1-2
ロジの家には、本人の他にもう一人いた。それは、隣に住んでいる『おばちゃん』――ヤヨイである。
「あっ、おばちゃん?」
「おや、リティアじゃないか」
以前はロジがおばちゃんの家にいたよな。
ライトはそう思い、二人の仲の良さを知る。老人同士、合う話でもあるのだろうが、それほど会うくらいなのだろうか。
「あれ、二人は仲良いの?」
「そういえば、言っておらんかったな。わしらは夫婦なんじゃ」
二人は顔を合わせると、同時に驚いた。
娘がいたのだから結婚して妻がいるのは当然。だが、その妻はシェルリアを産んだときに亡くなったと聞いている。再婚の余地はあっただろうが、まさかしているとは考えまい。
「そうなのか!? いつだ? 私が小さい頃は結婚しないって言っていたのに」
「まだ最近じゃよ。最期が一人なのは、悲しいからのぉ」
家に一人でいるときに急に亡くなれば、発見が遅くなる。それは、死んでしまったとしても避けたいところだろう。
「ところで、後ろにいるおなごは誰じゃ?」
ロジの目が鋭くなった。警戒していることはすぐに分かる。
リティアは慌ててモーテルを紹介する。
「あ、ああ。ミマーシ王国のモーテルだ。攻撃部隊第一団隊長で、とりあえずとても強い。作戦には加わっているんだけど、何か事情があって、攻撃される日が近いことを教えてくれたんだ」
少しは納得したようだが、警戒が解けることはない。
リティアたちからすれば、モーテルからの言葉は信憑性が高い。疑うこともあるが、この状況であれば仕方がないだろう。だが、ここでそのような嘘をついてもそれほど損得が出るとは思えない。
来る、と言うことを伝えると、こちらは対策をとらねばならない。もしそれが嘘であっても、後でこのような状況になる。
後で行うはずだったものが、早送りされるだけだ。それで、ミマーシ王国側に利益はでない。むしろ、損の方が出るのではないだろうか。
今の状況でモーテルを疑うのは、誰しもがしてしまうこと。だが、信憑性があるともなくとも、ミマーシ王国側は少し不利になることは明らかだ。
「……モーテルとやら。わざわざ伝えに来た理由を言ってくれぬか」
ロジの目から視線を外さずに、モーテルは言い放った。その姿勢は、隊長としての威厳を醸し出している。
「王に命令され、サイハテの国の状況を見てくるよう言われた。私はそれを遂行したのみだ。二人に伝えたのは、ついでと言ったところだ」
「ついででわざわざ言って良いことなのか?」
「……そこは言えない。事情だ」
視線を逸らすことなく、真っ直ぐに見つめた。
「言うべき時になったら言う。それまでは、どうか伏せたままでも許してほしい」
モーテルは真剣な眼差しで意思を伝える。
言うべき時は、必ずやって来るのだろうか。何も言わずに、全てが終わってしまうことはないだろうか。
疑問に感じた点もあった。だが、ここで信じようと信じまいとも事実が変わるわけでもなく、相手の意思を読み取ることが出来るわけでもないことは重々承知している。
「……そうか。ここでああだこうだと言っていても時間の無駄じゃろぉ。その話は、頭の隅に置いておくとしよう」
「感謝する」
「そうじゃ、自己紹介がまだじゃったか? わしの名はロジ。ここでは長老として国を管理しておる。管理と言っても、大層なことはしておらんがな」
ロジは手を差し出した。その手を見つめて、モーテルはゆっくりと手を伸ばし、握った。
「モーテル・アルカイダだ。しばらくここに滞在するつもりだ。よろしく頼む」
「おおそうか。ならば、泊まる場所を決めなければな」
考えることもせず、ロジはリティアに顔を向けた。
「リティア、マーガレットに頼んでみてはくれぬか?」
何を頼むのかが抜けているが、状況からして理解は出来る。
リティアは「ええ」と声を漏らした。
「まさか、同じ屋根の下で泊まれって言っているのか?」
「お主らは知り合いであろう? それならば、別に問題はないじゃろ」
「でも、こいつは危険だぞ? いつ裏切るか分からないんだ。そんなやつと一緒に居ろだなんて……」
「おいリティア、いくらなんでもモーテルの前で言うことじゃないだろ」
容赦ない台詞を言うリティアに、ライトが突っ込んだ。
「だけど、本当のことじゃないか」
「そうだけど」
一度区切り、言葉を続ける。
「だからと言って、野放しに出来る存在でもないだろう?」
その言葉に、リティアは納得せざるを得なかった。
モーテルに対抗できるとすれば、それはリティアかリシャンだろう。同じ屋根の下で過ごせば、いざ裏切った時にそれなりに対抗することが出来るだろう。
「……仕方ない、のか」
顔が歪む。
嫌がる理由は分かる。両親を殺した兵士を恨むと共に、攻撃部隊や兵士を恨んでいることは知っている。ライトほどではないが、気持ちは分かる。
「……分かった。仕方なく、だからな」
「感謝する、リティア・オーガイト」
「フルネームで呼ぶの止めてくれないかな」
そう言うが、モーテルが止めることは無さそうだと言うことは、表情から読み取れた。
後は、マーガレットの許しを貰うだけだが、返事は予想できた。リシャンがどう言うか分からないが、マーガレットが承諾すればそれに従うのではないだろうか。
あまり納得していないリティアだったが、いずれは納得するだろう。
「モーテルをここに? 別にいいわよ」
マーガレットに事情を説明し、本題に入ったところ、容易に許可を取ることが出来た。
必死にオーラで伝えたつもりだったが、頷いたと思ったらこの始末である。
リシャンの方はどうかと言うと、モーテルが攻撃部隊であることを伝えると、簡単に頷いた。腕合わせが出来ると思ったのだろう。目がいつも以上に輝いていた。
「じゃあ、モーテルはリティアとライトと同じ部屋でいい?」
「ああ」
声が喉まで出かかった。
嫌だ、と言いたかったのだが、他に部屋がないと思い、言うのを断念したのだ。
「ところでモーテル」
「何だ?」
「どこかで、会ったことない?」
「……気のせいではないか?」
マーガレットは笑顔で「そうよね」と返した。
「そうだ。リティア・オーガイト、窓の外に誰かいるようだ。見てくれないか?」
リティアは渋々窓の外を確認した。そこには、ここにいるはずのない人物が存在していた。
「クッ……クロン!? どうしてこんなところにいるんだ!?」
「……お久し振りです、リティアさん」
クロンは腰を屈め、控えめに言った。
話を聞くと、クロンはモーテルの後をつけて来たそうだ。カジュイには何も言っていないと言うのだから、このことがばれれば騒ぎになるのではないだろうか。
「クロン様、そんなことをしては王家失格ですよ」
「良いんだモーテル。王家に合格不合格は無いんだから。お父様が厳しすぎるだけなんだ」
「王は貴方のためを思って行っているのです。貴方は将来、王となるお方。そんな方に一大事の事があっては、一大事です。もっと自分を大切になさってください」
クロンは頬を膨らませた。まだ幼い雰囲気があるが、リティアとライトと一つしか変わらない。
「そうだ、リティアさん! 僕もここに泊めてください!」
「え?」
「話は聞いていました。僕も何か役に立ちます。迷惑だけはかけませんから!」
せっかくここまで来ておいて、返すわけには行かない。かといって、危険な目にも――。
「良いわよ」
返事をしたのは、マーガレットであった。
「マーガレット! なんで返事しているんだ!」
「だって、ここは私の家よ? 私の許可がないとね」
マーガレットの笑みが少し怖く感じた。
その結果、モーテルとクロンはここに泊まることになったのであった。
なんということでしょう、王家のクロン様がやって来ていたではありませんか。
クロンはリティアに惚れているので、心配になるのも仕方ありませんね。
クロンは一つ下ながら、リティアのことを本気で好きです。リティアに受け止められる日はくるんでしょうか?




