盗み聞き3-2
リティアは引きかけた手を開ける寸前で止めた。
それが、学園長室から聞こえてきたことは間違いなかった。
脳内で「え」と呟いてから、リティアは振り返ってライトを見る。ライトにもあの声が聞こえていたようで、腕を組んでリティアを見ていた。
二人が動かぬ間に中で会話が続く。
「そ、それは……。どうして……」
学園長の焦っている声が聞こえる。
ライトは足音を出さぬように、しかし早足で学園長室の扉の前に来る。二人はしゃがみこむと扉ぎりぎりまで近づき、耳をすませる。
「今回の剣使い大会も拝見させていただきました。昨年、いや一昨年に続き、リティア・オーガイトが優勝を手にしました。三連覇となると、話題になるのは時間の問題ですな。しかし、あのような腕の持ち主を放っておくのは、こちらとしても勿体無いと思います。私は、彼女の実力が最も生かせるのは王家の部隊だけだと思っております」
男のような凛々しい声が扉から聞こえてくる。既に成人して体つきもよく頼れる男が声からイメージできる。
二人はこんな声を聞いたことがない。学園の者ではないということだろうか。
話の内容から生徒会長か誰かかと考えるのが普通だ。王家の部隊ともなると、一般の生徒や庶民には大きな話である。小さい頃に王家の部隊に入る、と言っても笑って済まされる。とても大きく、遠い物なのは中等部に入ると分かってくる。
それに生徒会長は今、格技場で授賞式に向けて動いているはずだ。生徒会長がその場を仕切っているため、場を離れることは無いだろう。
では、一体誰なのだろうか。
リティアがライトを見るが、ライトは首を振る。
「確かに、彼女の腕はとても良いものです。部隊に入っても通用するほどに、いずれは成長することになるでしょう。しかし……彼女はまだ高等部一年生です。この年で職に就くというのは、いかがかと思います」
学園長の声に、リティアは首を縦に振る。
「それに、あなたはまだ名前を名乗っておられないでしょう?」
「おっと、これは失礼いたしました」
そう言うと、来客人は咳払いを一回する。
「私は王家の部隊に所属しております、攻撃部隊第一団隊長モーテル・アルカイダと申します」
「王家の部隊に……」
リティアとライトは驚き、見つめ合う。
王家の部隊が直々にリティアを部隊に入れたいと頼みに来ていたのである。しかも、第一団隊長が。
王家の部隊には攻撃部隊と防衛部隊の二つがある。それぞれ第四団まであり、強い者が第一団に集まっている。
攻撃部隊は主に剣が主流だ。もちろん銃や武道で戦うものもいるが、そのほとんどは強いとは言えない。二科でも剣の授業が多いため、剣使いが多くなるのが基本だ。
第四団が一番弱いが、四つの中では一番弱いというだけで、二科の十人の生徒と一人で戦っても勝てるほどの実力がある。これが第一団となると、どれほどかは計り知れないだろう。
その第一団の隊長が、リティアの実力を認めたのだ。
「彼女の腕は確実です。もっと訓練を重ねれば、第一団まで登り詰める力があります。現に剣使い大会で三連覇としていますし、王も彼女の力が欲しいと申しております」
「王も……。本当でございますか……?」
「はい」
リティアは、扉に向かって睨み付けていた。それを見たライトは、リティアも自分と同じ気持ちだということに気づく。
リティアの両親は、王家の部隊に誤って殺されたのだ。リティアに物心がついたころ、他国の兵士がこの国を襲った。ここ数十年の間戦争がなかったため、国民や部隊は平和ボケをしていた。そのため、少し指示が遅れたのだ。リティアも両親と共に逃げだが、突然、後ろから部隊の兵士が父を後ろから剣で突き刺したのである。近くにいた母も、同じ兵士が刺し殺した。リティアはその男と目があったが、殺さなかった。そのまま、男はどこかへ行ってしまった。
それからというもの、リティアは王家の部隊を恨んでいる。腕が良くなるにつれて、部隊に入れるんじゃないかと言われるようになったが、表面上は喜んでいても内心では顔を歪ませていた。
ライトはその話を幼い頃に聞いた。その時は話の意味自体が分からなかったが、成長するにつれ、自分と同じなんだと思うようになった。
学園長はしばらく考えてから、口を開いた。
「分かりました。彼女の進路先に部隊を付け加えておきましょう。しかし、彼女が部隊を選ぶとは限りませんので、その辺りはご了承いただきたいです」
学園長は話が終わったと思い、席を立ち上がった。膝がソファの前にあるローテーブルに当たる。
「いえ、お待ち下さい」
「何ですか? 話は終わりでしょう?」
「私は、今すぐに彼女を部隊に入れたいのです」
来客人は、確かにそう言った。
「いえ、だから先ほども言いましたように、彼女はまだ高等部に入ったばかりなのです。卒業まで待っていただかないと……」
「サイハテの国、はご存じでしょう?」
学園長の言葉を遮って来客人は言った。
その言葉に、学園長は来客人を見つめる。
リティアはその言葉に反応し、耳をよりすませた。
「誰もが知っているでしょうね。まだたくさんの謎があると言われる国。そして、この世界で最も歴史深いと言われる国。その国がどうかされたんですか?」
「まあ、もう一度お座りください」
そう言われ、学園長はゆっくりと腰を下ろす。
「学園長様が言われました通り、サイハテの国にはたくさん解明されていないことがあります。どのような国で、どれほどの国民が住んでいて、どのような歴史が存在したのか。世界にいる学者たちはぜひ解明をしたいと言っております。それほど、謎の多い国です。もし、その謎を解明することが出来れば、この世界の発展に繋がることもあるかもしれません。
しかし、ある矛盾が生じているのです。それは、どのような歴史が存在したのか分からないのに、『歴史深い国』と言われていることです」
リティアは首をかしげるが、ライトはその意味がすぐに分かった。
歴史が分からないのに、なぜ歴史深い国と言われているのか。歴史があってこそ、歴史深いと言えるのに、歴史がなくてどう歴史深いと言うのだろうか。
これは、まさに矛盾している。
そうなると、サイハテの国に住む住人が何か秘密を持っているのだと、ライトはすぐに勘づいた。
「私はすぐにこう考えました。サイハテの国に住む住人が、歴史を隠しているのだと」
リティアはここでやっと話を理解したのか口を納得したように開け、首を上下に揺らす。
「確かに、その通りですね」
「はい。私はそのことを王に報告したのです。すると、王はこう言われたのです――『サイハテの国に攻撃する』と」