掃除6-1
今日は、雲一つ無い快晴だ。
一日することの無い今日、外で剣を振りたいところだが、首を負傷しているリティアはマーガレットの隙を見て外へ出なければならない。わざわざそんなことをしてまで剣を振る気にはなれず、久しぶりにゆっくりしようと考えた。
だが、基本ゆっくりしようと思うことの無いリティアにとって、暇というのは時間の無駄でしかなかった。
ライトと時間を潰そうかと思ったが、運動能力と学力に差がある二人では、共に楽しめることなど思い付かなかった。
特にすることもなく、リティアは階下へ向かった。
キッチンにいると思っていたマーガレットの姿はなかった。外にはリシャンがおり、近くにマーガレットがいる様子はない。
どこへ行ったのだろう。
すると、背後からマーガレットの声が聞こえてきた。
「リティア、今暇かしら?」
振り向くと、裏口から顔を覗かせているマーガレットと目があった。首から下は扉で見えないが、おそらく何かを持っている。
「マーガレット、そこにいたのか。今は暇だけど、どうかしたのか?」
「手伝ってほしいことがあるの。一緒に来てくれない?」
出来るだけ人数がいる方が助かるわ。
マーガレットの言葉を聞いたリティアは、部屋にいたライトを連れ出した。どうせすることもないだろうが、「俺は忙しい」と言い訳をする。見た様子では、ただ何も考えず座っているだけであった。
マーガレットはリシャンを誘っていた。
結局、見たことのあるこの四人で目的地へ向かうことになった。同じ家に住んでいるのだからこうなることは多々あろう。
マーガレットは柄杓と布を、リシャンは水の入ったバケツを持っていたことから、何をするのかは大体予想できた。だが、その場所までは予想できず、まさか大祠であることは、そこに着いてから知ったことである。
「……ここの掃除をするのか?」
「ええ。よく掃除だって分かったわね」
「持ち物見たら誰だって分かるよ」
「馬鹿な二科でさえ分かれば、そうだろうな」
「誰が馬鹿だと?」
「てめぇしかいねぇだろ」
軽く口喧嘩した後に、それぞれ柄杓を持って大祠に水をかけていく。その後布で丁寧に拭いていく。
後に役割分担をし、マーガレットとリシャンが水をかけ、リティアとライトが拭くことになった。
「リティア、これ倒れやすいから優しく拭いてね」
「分かった」
倒れないように岩を押さえながら拭くリティアを見て、ライトが口を開く。
「…………リティア馬鹿力だからな」
「おい。今日ちょっと馬鹿馬鹿言い過ぎじゃねーか?」
「本当のことだから仕方がない」
「……運痴」
「何だって? よく聞こえなかった」
「運痴運痴運痴運痴運痴」
聞いていたマーガレットがリティアの口を塞ぐ。
「リティア、女の子がはしたないわ」
「マーガレット、リティアは女じゃない」
「それは失礼よライト。女の子をもっと大切にしないと」
マーガレットが味方についてくれたことを受け、リティアはライトに向かって下を出した。
返す言葉の無くなるライト。いや、返しても無駄だと思ったのだろう。諦めたようにため息をつき、岩を拭き始めた。
拭いていて、リティアは岩と岩の間に隙間があったことを思い出した。それは奴――カリナと会ったときのことであった。
入り口がどこかにあるのではないかと探したが、出てこなかった。マーガレットなら何か知っているのでは無いだろうか。もしかしたら、何か知ることができるかもしれない。
「なあマーガレット。これってさ……」
言葉を遮るように、リティアの背中をライトが叩いた。顔を見ると、先程まで冗談を言い合っていた相手とは思えない、険しい顔をしていた。
サイハテの国の秘密を知った者は、死刑に処す。
忘れてはならないことを忘れていた。
大祠もサイハテの国の秘密の一つである。いくらなんでも、自分からぼろを出すようなことをしてはならない。
口ごもったリティアは、「やっぱり何でもない」と少し早口で言い、大祠を拭くことに専念し始めた。
「もしかして、この神祠のこと知りたいの?」
「……神祠?」
聞きなれない言葉に、リティアは問い返した。それを聞いて、ライトも顔を上げる。
「これ、神祠って言うのか?」
「ええ。神様の祠ってことでね。ここには、サイハテの国を救ってくれた神様が埋められているのよ」
「神様が、埋められている?」
神を埋めるとはどういう考えなのか、二人には理解できなかった。
もし神がいるとしたら、それは空の上である。空から舞い降り、空へと戻っていく。世界の危機にしか人類の前に姿を現さない神を埋めようものなら、重大な罰が与えられてもおかしくない。
授業で習った、世界共通の考えである。
皆のものである神を埋めるのは、神を一人占めしているようなものである。
「それ、本当なのか?」
「ええ。先代から、そう伝わってきているもの。ここに埋めて、救ってくれたことに毎年感謝するのよ」
「まい、とし……」
夜にリティアとライトでここへ来たときのこと。くにの人たちがやって来て、理解できない言葉を放って帰っていったときのこと。
あれが、感謝の言葉だとしたら――?
「実を言うとね、みな――」
「マーガレット、駄目だ」
掠れた声が、マーガレットの言葉に覆い被さった。ライトの口元が歪み、誰にも聞こえぬよう舌打ちをした。
リシャンが、ライトを見つめていた。一瞬であったが、その鋭さは異常であった。
視線を上げると、マーガレットにまた言う。
「マーガレット、駄目だ」