毒3-2
カリナと別れた後、ライトは急いでマーガレットの家に向かった。考えていたより、時間を食ってしまった。
正直、カリナが毒を盛った犯人だとは思っていない。思っていたとしても二割で、他の考えの方が有力だと考えている。
彼女が言ったことが、嘘とは思えないのである。それは、ライトだからこそ分かること。
ふと、学園での事を思い出した。
ゆっくり思い出す間もなく、顔を振って消し去った。今はそんなことを思い出している場合ではない。
家に着いたライトは、足音を忍ばせることなく階段を上がる。
「ロジ! リティアの様子は――」
急いだライトを裏切るように、そこは今朝見た景色とは異なっていた。
中央にあるリティアの眠る布団を囲む人々の中央に、しばらく見なかった姿があった。
ライトに気付くと、それは手を振って自分をアピールする。
「ライト」
そこには、目を開いて元気な姿をしたリティアがいた。
ロジから話を聞けば、リティアが目覚めたのは、本当についさっきらしい。
ここへ着いたロジは早速、軽く触診を行った。一階にいたマーガレットとリシャンも上がってきて、共にリティアの様子を窺った。
まさにその時だった。
ロジの触診を嫌がるようにして、リティアが唸り声を上げたのだ。そして、まるで寝起きのような面持ちで起き上がった。
あまりの軽々しさに驚きの声は出ず、「……おはよ?」のリティアの言葉で、安堵のため息を漏らしただけであったが、内心皆喜んでいた。
「はぁ……良かった、無事目を覚まして」
ライトは近くの壁にもたれ掛かって安心した。その様子を見た四人は微笑む。
「迷惑かけて悪かったな」
「本当だよ。一体どれだけ眠っていたことか」
久しぶりの会話に、心が温まっていく。
「結構眠っていたけど、そんなに時間は経っていない感じがするんだよなー」
「おまっ、俺らの気持ちも考えろよ? リティアがいない間、静かすぎて退屈だったんだから」
「おお? 私が恋しかったのか?」
リティアは冗談で言った。ライトは何を思ったのか、リティアを睨み付けた。
その様子を見ていたマーガレットは、顔をひきつらせて笑う。
「じゃが、リティアのおかげと言ってはなんだが、ライトは成長したよ。実際、リティアはナガクサの毒にやられたということが分かったんじゃから」
「ナガクサ? それって万能薬じゃなかったのか?」
リティアが問うた。
「使い方を間違えれば毒になるそうじゃ。わざわざわしの家に来て、書物を読み漁っていたんじゃ」
それを聞いたリティアはライトを見て、「へー、あのライトがねえ」と言った。ライトは何も言わずに顔を背けた。
「ところでライト、どこへ行っておったんじゃ?」
「え? っと、ちょっと寄り道かな」
視線を逸らすが、それが逆効果であることは分かっていた。リティアが疑問に思い、突っ込んでくることを想像する。しかし、眠りから起きてきたばかりのリティアにそれが出来なかったのか、何も言ってこない。
一安心しきった皆の話題は、リティアがどのようにして毒を摂取したのか、に移った。
「お祖母ちゃんの家に行ったんだ。よくさ、机の後ろに物を隠していたからこの中を調べていたんだ。そしたら、ちくってして……」
「机の後ろ? それなら見つけたぞ」
「本当か?」
不安げに言ったリティアに、急かさずライトが言う。
「ああ。だが俺は毒にはやられなかった。リティアはナナクサが持つ棘が刺さったんだろう。恐らくそこに、液体にしたナガクサが塗られていたんだ」
「それでリティアは毒にやられてしまった、というわけか」
ロジは納得して、腕を組みながら頷く。
「少量でも症状が出るから、この事を知っていてもどうしようも出来なかっただろうな」
ライトが続けた言葉に、またもや頷く。
そうなってくると、必然的に問題点が出てくる。
――誰が、それを行ったのか。
その問題に入った途端、部屋は自ずと静まり返った。互いに目を合わせるが、どこか痛い。
「……まあ、今の状況では、偶然入っていたとも考えられないこともないけど」
ライトが空気を破るように言った。少し緩み、無意識に強張らせていた体の力が抜ける。ライトは続けた。
「だけど……俺は、事故とは考えない」
「……どうして?」
あまり口を開こうとしなかったマーガレットが言った。作っていても、その顔は少し怖い。疑っていることに、機嫌を悪くしているのだろう。
「機嫌を悪くする気はない。ただ俺は、疑っていることを皆に伝えたいだけだ。特に」
そう言って、目の前に胡座をかいて座っている我が義姉を見つめた。自分だと察知し自身を指すが、意味をよく理解していないようだ。
溜めた息を吐き出すと、話し始めた。
「机の中に入っていたナナクサ。まさか自分で勝手に入ったということはない。可能性としては、リティアのお祖母ちゃんが生前に自ら入れた。それに偶然、毒になったナガクサが塗られており、リティアがやられてしまった」
「なるほど。じゃが、何故カローナはそんなことを?」
「それは分からない。だが、もう一つの可能性がある。それを、聞いてほしい」
ライトへの視線が強くなる。この話を聞いて、誰かが声を上げることは予想がついた。それでも、ライトは話し始める。
「さっきの予想では、何故リティアのお祖母ちゃんがそんなものを机の中に入れたのか分からなかった。毒がぬられているものを、わざわざ自分がよく使うであろう場所に入れておく意味が分からないから。
――ところでリティア。こんなことを聞いて悪いんだけど、お祖母ちゃんの死因は何だったんだ?」
「……寿命だよ。お祖母ちゃんは持病なんてなかったからな」
「リティアが見つけたのか?」
「ああ。夕方に帰って来て見つけたんだ。その時には既に……な。いつそうなったかは分からないけど、昼から夕方までの間だと思うよ」
そうか、とまるで知っていたかのように頷くライト。何がどうなのか分からず、他は首を傾げるばかりである。
一人、ライトを睨み付けると、その人物の寝起きとは思えないような声を上げた。
「ライト。もしかしてお前、今回の事がお祖母ちゃんが死んだことと関係しているとか考えていないだろうな?」
「むしろ、考えることが出来ないと言う方が難しい」
間を入れず、ライトがそう言った。
「じゃあもし、その説が有りだったとしよう。まさかお前、毒がずっと――五年間、机の中にあったって言うのか? 五年間も経てば、効果は薄れるんじゃないのか? お前が見下す二科でさえ、授業で習ったばかりだぞ?」
――それは冗談だろうが。
鋭かったり鋭くなかったりで、リティアの頭の中がどうなっているのか分からない。
そんな突っ込みを入れつつ、ライトは言葉を返した。
「普通の毒はな。この世界にある毒は、一年も経てば毒共々蒸発して消えてしまう。だが、ナガクサは違ったんだ。図鑑には確かに、『自然に消えることは不可能である』って書かれていたんだ」
ライトがその文章を見つけたのは、ロジの家に行く前。一番下に書かれていた。その瞬間に、カローナが死んだことと少し繋がったのだ。
もし、ナガクサの毒が塗られたナナクサが、カローナが生きている頃からあったとしたら。
その考えがあってか、ここへ来る途中に出会ったカリナが犯人だとは思わなかったのだ。五年前となると、彼女は相当幼くなるだろう。ライトより年上には見えなかったし、顔つきは端から見ればそれほどでもないが、一緒にいると少し幼いのだ。
だから、カリナが毒の作り方を知っているとは思えなかった。
何も言おうとしなかったリティアが、顔を歪めながら口を開いた。
「じゃあ何だよ。お祖母ちゃんは……殺されたってことかよ」
リティアの口から出てきた言葉は、絞り出されたように細々としていた。
衝撃の事実に、誰もが驚きを隠せない。
寿命で亡くなったと思っていた人物が、本当は毒殺されたのかもしれない。それは、誰も考えようとしなかったことだ。カローナの遺体が、あまりにも綺麗だったから。
普通、毒殺されると苦しみながら死んでゆく。そのため、顔が苦しんでいるようになるのは当たり前だ。だが、カローナは違った。毒殺とは思えないような表情で眠ったのだ。
そのことを聞いても、ライトは毒殺だというのだろうか。
ロジがそのことを伝えると、ライトは首をかしげた。
「お祖母ちゃんが亡くなった時のことを知らないから、この考えが絶対だとはまだ言い切れない。ただ、その可能性があると話しただけだ。リティアのことがあったしな」
「もう他に考えはないの?」
言葉を放ったのはマーガレットだ。話を聞いて尚、落ち着いている様子である。
「あとは、さっき言った偶然入っていたということしかない。尤も、こっちは可能性がぐんと低いがな」
他の者も案がないか考えるが、その案に勝るものが出てこないのか、口を開かない。リティアは口を閉じたままで、何かを考えている様子には見られない。
部屋には自然と沈黙が滞在する。
重苦しい空気に、声を出すことが難しい。
過ぎていく時間が、妙に遅く感じた。




