毒3-1
黒い影を追って、ライトはそれが消えた方へ向かう。
動物かと考えるが、どこか違った。
ライトが見たもの、それは黒い布だった。マントとでも言うのだろうか。まさか、動物が身に付けているとは思えなかったのだ。
首を振りながら走るが、見当たらない。森の中に入ってみたが、自分のもの以外の足音は聞こえない。
背中から吹き付ける風が、辺りの木の葉を揺らす。それはまるで、ライトを嘲笑っているようだ。
(俺の見間違いか?)
耳元を揺れる髪を、黒い影と間違って認識してしまったのかもしれない。
そう思いながら、半分諦めていた。どうにかその正体を知りたかったが、見間違いであるのなら探していても意味がない。
早くリティアの元へ行こうと足を翻した。目覚めていても可笑しくないのだから。
頭上で、枝が折れる音がした。
途端に顔を上げた。目の前には、人間の足。
反射で避けたものの、尻餅をついた。
「ぐへっ」
先程まで自分が立っていた場所に、落ちてきた黒い布に覆われた人間が蹲っていた。
間抜けな声を出したそれをすぐに危険であると判断しなかったライトは、そのまま立ち上がることなく、目の前の者を見つめる。
何が起こったのか、何故こんなことになったのか、よく分からないという表情をしている。
「あー、痛い痛い」
そう言いながら、上半身を起こす。
黒いマントから露になった顔は、何処かで見覚えがあった。
焦げた茶色の長髪の少女。鋭いが大きな黒色の瞳をしている。
毛先は脱色しているのだろうか、白と銀を足して二で割ったような色をしている。
「あ……」
見たことのない髪のブレンドに、ライトは釘付けになった。
そして、興味が出てきた。
「大丈夫か?」
「……へ?」
差し出された手を見て、少女は呆気ない声を出した。
手を出さないべきだったか、そんなことを思っていると、少女が手を握ってきた。
そして、思いもがけない行動に出た。
手を嗅いでいるのである。
突然のことに振り払うことが出来ないライト。
すると少女は、こう呟く。
「……同じ匂いがする」
誰と比べているのか、その時は考えることすらしなかった。
少女は何くわぬ顔で、ライトの腕に掴んで立ち上がった。そして、こう言った。
「お前、誰だ?」
「いや、こっちの台詞だ」
小首を傾げる。
惚けているのか、本当に意味を理解していないのかは分からないが、ライトは問う。
「お前こそ誰なんだ?」
「カリナ」
「ここに住んでいるのか?」
すると、カリナは黒いマントを頭から被ると、その場所から逃げ出そうとした。ライトは逃がさぬように腕を掴んだ。
「おい、逃げるな」
カリナは腕を振り払おうと懸命に動くが、力が弱いのか一向に振り払うことが出来ない。
どうしてこれほどまで逃げようとしているのか。
ライトはカリナを睨むと、口を開く。
「……お前さっき、『同じ匂いがする』って言ったよな? 比べてんのって、もしかして一つ結びした黒髪の女か?」
少女は、動きを止めた。
ライトと同じ匂いがする者は、現在同じ家に住んでいるあの三人に絞られる。その中で最も近い匂いを持っているのは、リティアしかいない。
つまり、カリナはリティアに会った可能性があるということになる。
返事をしないカリナに、また問いかける。
「……そいつに会ったのは、いつだ?」
「…………祭りの日」
ライトは目を見開いた。カリナは顔を伏せたまま、また何も言わない。
カリナがリティアと会ったのは、リティアがいなくなった時だ。その時しかない。もし本当にその日に会ったのなら、カリナがリティアに毒を盛ったと考えることが出来る。
ライトは強く腕を握る。痛みにカリナは声を上げた。
「お前が、毒を盛ったのか?」
恐ろしいものを見ているような目をする。もしカリナが毒を盛ったのなら、ライトはこいつを許すことが出来ない。
少女は顔を伏せると、消え入りそうな声で言った。
「……違う。私はそんなことしないし、したこともない」
腕は震えていた。
ライトは考えをまとめてから、ゆっくりと手を離した。カリナは逃げていった。