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サイハテの国  作者: ヤブ
第四章
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自分にできること2-2

 二人は家に戻ることにした。ライトはモーテルからの手紙を食いついたように見続けている。


 確かに、ライトの疑問は一理ある。どんなことがあるか分からないため、慎重に進めると言ったのは国王カジュイ自身である。こうなったのには、何か理由があるはずだ。


 そして、もう一つの疑問。何故モーテルが手紙を送ってきたのか。モーテルが味方か敵かと問われれば、彼女は敵である。二人を力ずくでもカジュイの元へ連れていこうとしたのだから。結果、それは未遂にもならなかったように思えるが。


 わざわざジュンの手紙と一緒に送ってきたということは、ジュンが手紙を送っていることを知っていたとも考えられる。ジュンの行動は、はたから見れば諜報員そのものである。隠していたことは確かだろう。それを、何故モーテルが知っていたのか。

 謎は深まるばかりで、解ける気配はない。


(とりあえず今は、少人数でも立ち向かえるように準備をしなくちゃな。今俺に出来ること……か)




 昨日の寝起きとは比べ物にならないほど心地よく目覚めることが出来た。マーガレットが作ってくれた朝食を完食してしばらくしてから、「外へ行ってくる」と告げて家を出た。マーガレットは不思議そうに返事をしたが、調子を戻してきたのかと安堵した。


 リティアはというと、やはりまだ目を覚まさない。不安は少しずつ募っていく。


 ライトが向かっているのは、国の重要な書物があるロジの家。

 少し早すぎないかと思うが、ここではこれくらいで平気である。もう殆どの人が起床して朝食途中か完食して片付けをしている頃だろう。


 ここへ初めて来たときは、この時間帯よりも早かった。それでもロジは起きていたというのだから、どれだけ早起きかは分かってもらえるだろう。


 ミマーシ王国にいたときは、こんなに早く起きることは殆ど無かった。授業が始まる数分前に登校できるように計算して家を出ると、早起きをすることはない。元々森に囲まれて、端に建っている二人の家は、朝日を浴びることが全くと言って良いほどない。そのため、ここのように朝日を浴びての目覚めはない。


 海から昇ってくる朝日はライトにとって初めての体験と言って良い。身体中に優しく刺さる光は、眠気を消してくれる。寝起きに朝日を浴びると良いと聞いたことがあるが、これほどの威力があるとは思わなかった。


 ロジの家の前に立ち止まる。

 自分に出来ることは、これくらいしかない。リティアが目覚めるのを待っているだけでは、どうにもならない。リティアを起こすことも出来ない。


 そう考えて、自分が出来ることを探していると、一つの案が出てきたのである。それが、今行おうとしていること。

 ロジの家にある書物を読み、この国のことを知識として取り入れること。戦うことに関しては、自分でも殆ど役に立たないことは分かっている。ならば、リティアの劣っているところをカバーすれば良いのだ。リティアがそれほど劣っているのではないが、ライトと比べれば、の話である。


 手の甲で扉を叩く。中から足音が近づいてきて、扉が開いた。


「おおライト。おはよう」


 寝起き感が漂う風貌だ。珍しく寝癖がついていた。


「おはようロジ。朝から悪いな」

「いや、寝起きじゃないから平気じゃよ。それにしても、ライトがこんな朝はようから来るなんて、珍しいのお」

「頼みがあるんだ」


 そう告げると、緩んでいた顔が少し強張った。

 ライトは言うのを止めてしまおうかと考えた。だがそれをしてしまうと、自分は何も出来ずに終わってしまうかもしれない。それだけは勘弁だ。

 ロジの顔を真っ直ぐに見つめて、口を開く。


「ロジの家に、たくさんの書物があるだろ? それを、見せてほしいんだ」

「何か、目的があるのか?」


 より鋭くなった目尻は、ライトを疑っていた。

 それは当然だろう。それを考えずにライトもここへ来たのではない。疑われるのは当たり前だ。表情にも言葉にも出さないが、リティアとライトは疑われているのだ。

 今は信じてもらうしかない。


「ただ、この国について知りたいだけだ。俺は剣の腕が良いわけではない。だからこそ、迷惑にはなりたくないんだ」


 たったこの言葉だけで信じてもらうるだろうか。少々不安になりながらも、ゆっくりと口を閉じた。逆にたくさん物を言ってはいけないことは理解している。しっかりと相手に考えてもらう必要がある。それを、自らで阻害してはいけないからだ。

 決めるのは、自分ではなく相手なのだから。


「そうか」


 すると、ロジは扉を限界まで開けた。ロジの顔を見ると、顎を上げてきた。ライトは軽く頭を下げると、中へと足を進めた。

 あの時と様子はほとんど変わっていない。埃臭いにおいは朝食のにおいで少しかき消されているくらいだ。


「わしはしばらくしたら外へ出てくる。何か用があれば、隣の家に来てくれ。あと、左側の棚には触らないでほしい」

「……わかった」


 やはり左は駄目か。

 左の棚は、秘密が書かれている書物が置いてあったところだ。もしかしてとは思ったが、やはり駄目だった。だが、これで左の棚には特に重要な事が書かれている書物があるという事が分かった。


 ライトは早速本を読み始めた。上から下まで完読するつもりだ。




 それらが一日で終わるはずがない。

 日が暮れると家に戻り、日が昇るとロジの家に向かった。一冊完読の平均時間は一日だが、それは読む作業だけならの話である。読んで、それらを頭に入れるとなると、一日では読み切れない。

 だがライトにはそれが出来た。一日一冊のペースで読み進めている。


 原動力は何か、それはどう問おうとも「リティアの足手まといにならない為」だろう。

 学園にいるときはほとんど会話をしない二人だが、姉弟なだけあってやはり勝ちたいという思いはある。二人は一科と二科の首位を独占している。共に一位であっても、あいつよりは上でいたいと思ってしまうもの。


 ただそれが、リティアになかったのだ。それほど欲がなく、自分の地位なんてどうでも良い。剣の腕が良いのは、自分の体がそういう『モノ』だったから。欲しくて手に入れたわけではない。

 ライトはというと、努力して手に入れたのだ。首位だって、日々の勉学を怠らなかっただけで、テスト前に勉強するだけでは何も分からないのである。


 だから、ライトは負けたくなかった。

 過去にはリティアに助けてもらった。ライトはリティアに何も出来ていない。


 そう思うと、今手にしているものが、砂のように見えてくるのだ。

 こんなもの、持っていても意味がない。自分のために、なんて考えていながらそれらは、自分を隠すために守ってくれているただの壁にしか過ぎない。


 だからライトは、死んでもリティアの邪魔にはなりたくなかったのだ。




 読む速さは遅くなるどころか、徐々に上がってきていた。数日前までは一日一冊だったが、夕方前になるともう一冊に手をつけている。脳を休めるためと情報を整理するために家に帰ってまで読みはしないが、それは異様な速さである。


 そのかいあってか、一週間経つと一番上の段にある書物は全て読んでしまった。十数冊あった分厚い本を、だ。どうすればそれほど集中力が保つのか、分かったことではない。


 もちろんと言っては何だが、その間にリティアが目覚めることは無かった。




 一冊を読み終え、次の本に手を伸ばす。日が暮れるまではまだ時間がある。


(おっ、これは)


 それは、植物図鑑だ。

 一般的なものから稀なものまで、全ての植物が記されているようだ。

 これを見逃すわけがない。

 ライトは、リティアの症状と似る毒性のある植物を調べていく。

 熱はなく、だが呼吸数と心拍数が少ない。

 リティアに現れた症状と殆ど一致するは見当たらない。一方が当てはまっても、他方が異なるものばかりである。


 こんなにも外れるものなのか、と思うばかりだ。

 薬草というのは二つの姿をもつ。良薬と、毒薬だ。作り方によっては、良薬が毒になることもある。


(薬は恐ろしいものだ)


 そんなことを思う。

 噂をすれば、とでも言うのだろうか。頁をめくると、リティアに与えた良薬のナガクサが現れた。

 そこにはナガクサの絵と共に、その作用が記されている。ロジの言うとおり、万能薬と書かれていた。

 途端に、目を疑うような事実を捉えた。


『使い方を誤れば、液体の毒となる』


 ライトは勢い良く本を閉じた。それと同時に、体が熱くなっていく。

 見るべきものを、見てしまった。

 高鳴っていく鼓動は、確かに興奮によるものだ。

 役に立てる。

 ライトは興奮が冷めやらぬ内に、あの頁を開けた。


『使い方を誤れば、液体の毒となる。針状のものの先端に少量塗ると、それは簡単に人を眠りに陥れる毒となる。

 症状は心拍数と呼吸数が低下するのみで、その他目立つような症状はない。

 一度に大量に摂取すると死亡するが、少量では二週間ほど眠りにつくだけで、人体に殆ど影響はない』


 ライトは安堵した。

 二週間という情報が正しければ、リティアがもうそろそろ目覚める時期である。

 ロジに伝えるべく、ライトは立ち上がった。その時に、未読の文章に目が止まった。




 隣の家にいるというロジのものへ向かった。躊躇(ちゅうちょ)無く扉を開けると、ロジと一人の老婆が茶を飲みながら、談笑していた。

 老婆は、ここへ来たときに懐かしそうに話していた人物である。「おばちゃん」と呼んでいたことを思い出す。


「なんじゃライト、今日はもう帰るのか?」

「違う。さっき植物図鑑を見たんだ。そこに、リティアに盛られたらしき毒があったんだ」

「むっ、それは本当か」


 ライトは頷く。

 二人が座る机で図鑑を広げた。すぐにロジの目付きが変わった。


「ナガクサ?」

「ああ」

「ナガクサは万能薬じゃ。……まさか、これじゃと言うのか」

「ああ。その『万能薬』という言葉が、この事実を隠していたんだ。ほら読んでくれ。症状が似ている」

「うむ……確かに。だとすると、リティアはもうじき目覚めるのお」

「俺は今からリティアの元へ行く」

「分かった。わしも行こう」


 ロジはこの家の主に礼を言うと、ライトの後ろをついて家を出た。

 リティアが眠るマーガレットの家へ、真っ直ぐに向かう。

 だが、ライトは足を止めた。視界の隅で、黒色の何かが動いたのだ。


「ライト、どうした?」

「いや……先に行ってくれ。後から向かう」


 返事を待たぬまま、ライトは走り去った。

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