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サイハテの国  作者: ヤブ
第四章
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自分にできること2-1

 次の日にはまた、夢を忘れていた。それでもやはり、幼い頃の思い出だったということだけは憶えていた。


 目覚めたのはリビング。いつもはリティアがいても同じ部屋で寝るのだが、部屋を出た後リビングに下りてそのまま眠ってしまったのだ。


「……ったた」


 床で寝たため、体が痛い。腰に手を当てるが、それで痛みが退くわけではない。

 ライトが目を覚ましたのは、朝が来て自然と目が覚めたわけではない。階上から足音が聞こえてきたのだ。それがマーガレットのものだとライトはすぐに推測した。まだ朝日が昇っていない時間にリシャンは起きてこない。マーガレット以外の他ならないだろう。

 階段を降りる音がする。ライトはだんだん大きくなる足音を聞きながら、リビングに入ってくるのを待つ。瞼を下ろすと、鈍く鳴る音が頭の中で響く。

 扉が開くと、入ってきたのはマーガレットではなかった。


「……おはよう」


 目を閉じていても起きていると判断したリシャンが、ライトに挨拶をした。ライトは薄目を開けると、挨拶をして返す。

 ライトは腕を上げて体を伸ばす。その姿をリシャンが見つめる。


「起きてくるの、早かったな」


 ライトが言ったが、リシャンは見るだけ。


「マーガレットかと思った」


 リシャンは何も言おうとしなかった口を開け、ため息混じりに言う。


「……マーガレットはいつも早くに起きるから」

「まだ寝ているのか?」


 何も言わずに頷く。相変わらずあまり話さないリシャンを見て、目を細める。


「……そうか、珍しいな。マーガレットは俺が朝起きたときにはここにいるからな。きっと疲れているんだろ」


 リシャンは返事をすることも頷くこともせずに顔を背け、扉を閉めてキッチンへ向かった。

 朝は機嫌が悪いのだろうか。リシャンもまた、ライトが起きたときにはここにいる。そのため、リシャンの寝起きを見たのは今回が初めてである。

 氷箱から水を取り出すと、乾かしてあるコップに注いだ。縁を口につけると、それを一気に飲み干した。そのわりには喉をならしていない。少し寝癖のついた藍色の髪は、リシャンが動く度に踵を返す。


「ライト」


 いつもよりも低い声で、そう言った。誰か分からなかった声で、肩を動かしたライト。目を合わせると、戸惑わずに口を開けた。


「……マーガレット、可愛いよな」


 あの目付きからは想像もできないほど、口にしたのは愛らしい言葉だった。


「え? あ、ああ。可愛いよ」

「……そうか」


 返事は素っ気ないが満足したようで、水を氷箱へ片付けた。

 どうして、とは聞けず、妙に楽しそうにコップを洗うリシャンを見つめる。が、リシャンと目が合うことはなかった。一度声をかけるも水の音で伝わらず、再度声を出したが、次は起きてきたマーガレットに遮られてしまった。

 ライトは不機嫌そうに顔を逸らした。



 ◆◆◆



 海が赤く染まるころ、ライトは砂浜前の階段に腰を下ろしていた。今日は大祠には行かず、そして外へ出ることもしなかった。日によって気分が違うのである。夕方になってから、外の空気を吸いに出てきたのである。


 この場所から家まではほとんど距離はない。

 海の水平線から太陽が昇ってくるため、日が沈むのは反対側である。つまり、綺麗な夕日をここから望むことは出来ない。だが、森の隠れる直前の日光は、青い海を赤色に染める。それは全く残酷には見えず、むしろ心温まる景色である。

 ライトは、その景色を何も考えずに見つめる。


「綺麗だね」


 背後からした声は、ライトの心を少し刺激した。振り返らずとも、それがマーガレットであると認識することが出来る。

 もうすぐ夕食を作ろうとしていたのか、エプロンをつけている。

 もうそんな時間になってしまったのか、と思ったが、そんなことはない。


「……そうだな」


 ふと、リシャンから聞いた事を思い出す。


「高台から見たら、もっと綺麗なんだろ?」

「ええ、あそこから見るのが一番よ。リシャンから聞いたの?」

「ああ」


 すると、マーガレットが隣に腰を下ろした。

 金色の髪が潮風になびいている。暴れるのを抑えようと、それらを耳にかけた。

 横から見える顔は、綺麗だ。朝、リシャンが言っていた「可愛い」とは少し違う。彼女は、「綺麗」と「可愛い」の二つを持ち合わせている。


 リシャンがあの時、どうしてそんなことを言った理由ははっきりしない。リシャンに比べれば少ないが、マーガレットと一緒にいる時が多い。リティアを探している途中にマーガレットに会ったし、手分けした時もライトはマーガレットと共にした。後者はこの方が良いと思っただけであって、個人的にマーガレットと一緒にいたかったわけではない。出来れば一緒になりたくなかったくらいである。今となっては、もうどうでも良い事だが。

 今の状況だってそうだ。これをリシャンが見れば、気分が良くならないだろう。

 あの言葉を言う前を思い出す。リシャンは、ライトの言葉に返事をしようとしなかった。寝起きで気分が悪かったのかもしれないが、他にも原因があるかもしれない。


 つまりだ、リシャンはライトに嫉妬している、と言いたいわけだ。

 あのリシャンが嫉妬するとは考えにくいが、その可能性ないわけではない。もし、ライトが「ツンデレ」という言葉を知っていたら、迷わずリシャンに当てはめるだろう。


 海と空の境界線を見つめながら、マーガレットが口を開いた。


「ライトくん、やっぱり学園ではこんな風じゃないの?」

「うん、そうだな。こんなに暗い感じの口調で話さないし、もっと愛想振りまいてる」


 それを聞いたマーガレットは、口に手を当てて笑った。笑ったと思ったら、すぐに悲しそうな顔をした。


「そうだよね……」


 妙に暗い言葉を聞いて顔を横に向けた時、初めてマーガレットの今の顔に気付いた。何を思っているのか悲しそうで、それでいて喜んでいるようだった。


「何か、言いたいことでもあるのか?」

「ふふ、さすが鋭いね」

「賢いからな」

「作ってるから、って言いたかったんだけどね」

「どういう意味だよ」


 少し怒るライトの反応を面白がるマーガレット。そのまま、マーガレットは言う。


「私ね、もう本当の自分がどれだか分からなくなっちゃったんだ」

「え?」

「自分を作って、どれくらいになるんだろうな。これかな、あれだったかなって、いろいろ試したんだけど、全然分からなくなっちゃった」

「……もう、昔みたいに楽にいられないってことか?」


 マーガレットは少し微笑みながら、悩んだ。

 そうなんだけどね、と言って続ける。


「私にとってはもう、今の方が楽なんだよ。なんて言ったらいいのかな? ずっとこのままでいたから、体が勘違いしちゃったのかな? だから、もし本当の自分が見つかったとしても、違和感しか覚えないと思うの。ライトは、そんなことないでしょう?」


 覗き込んでくるマーガレットの顔からは、期待がのぞいている。ライトもそうじゃないのか、仲間ではないのか。


「……ああ。残念だけど、俺は今の方が楽だ」

「そうよね」


 特に残念がることもしない。無意識だったのだろうか。


「だからね、私は今が『自分』なの。もう……作ってるかどうかも分からないくらいにね」


 ライトは何も言わなかった。ライトには、マーガレットの気持ちを知ることが出来ないからである。下手に口を出すことが出来ない。

 二人の間に、冷たい空気が通った。それはまるで、二人は似ていないとでも告げたようだった。どこか、寂しく感じた。


「寒くなってきたし、家に入ってご飯でも作ろうかな。ライトくん、早めに帰って来てね」


 マーガレットは立ち上がった。すぐに家に戻るのかと思ったが、足を出したのは砂浜の方だった。少し沈む不安定な足場を歩く。そして(かが)むと、四分の一ほど砂に埋もれていた瓶を手に取った。


「なんだ、それ」

「これね。ジュンが定期的に送って来てくれるの」

「そうなのか?」

「ええ。前まではいつリティアが来るのか知らせてくれていたのよ。他にも、ミマーシ王国のこととかもね。もしかして、他国の情報は全く入っていないと思ってた?」

「ああ」

「やっぱりね」


 マーガレットは瓶のふたのコルクにささった棒を掴んで引っ張った。すると、少し力を入れただけでとれた。棒があるのとないのとでは全くと言っていいほど違う。


「こうやって情報をもらっているのよ。とは言っても、公平ではないわ。私たちが一方的にもらっているだけでね……あら?」


 中から取り出した紙を見て、マーガレットはそう言った。中には二枚手紙が入っており、それぞれに宛名が記されていた。


「ライト、この手紙は二人宛てよ」

「二人って、俺とリティアか?」

「ええ。……モーテル・アルカイダ、と読むのかしら」


 その名前を聞いて、ライトは目を見開いた。

 モーテルから手紙が来た。学園長室で二人に奇襲を仕掛けた人物。何故、そんな人物から手紙が来るのだろうか。

 悪い予感がした。ライトは手紙を受け取ると、綴られている文章を黙読した。マーガレットは、ジュンから届いた手紙を読む。


 手紙を読み終えたライトは、安心した。それほど悪い知らせではなかったのだ。悪い事には変わりないのだが。

 国はサイハテの国への攻撃作戦を計画よりも早く進めているという。このままいけば、出撃の日はそう遠くないようだ。


「ここへの攻撃の日が近づいてきたようだ」

「そうなの?」

「ああ。これが書かれたのは、つい最近ではないだろう?」

「早くても一週間かしら。書いてすぐに持ってくるとこはないからね」


 ライトは頷いた。


「早くて一週間か……。計画は進んでいるだろうな。それにしても、どうして急に計画を進めだしたんだ?」

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