誰が1-1
「ライト、どこへ行くの?」
「外を歩いてくる」
それだけ言って、ライトは出ていった。ライトの悲しいと言うのか、感情がないと言うのか分からない顔を見て、マーガレットの心に不安が募っていく。
みなも祭りが終わってから、一週間が経った。あれから天気は少し崩れたが、最近持ち直している。
リティアは未だ目覚めず、その気配を微塵も見せない。ライトも日が経つにつれて物を言わなくなり、一人で国を放浪するようになった。リティアのそばにいるか外に出るかの、行動は二パターン。
マーガレットとリシャンは声をかけるにかけられず、気まずい空気が流れる。そのことをライトはすぐに感じ取り、最近は外へ出ることが多くなった。
「ライト、本当に大丈夫かしら……」
「しょうがない。リティアが、一週間も寝たきりなんだから」
「リティアの方も心配になってくるわ」
太陽が照りつける元を歩くが、最近ではそれも慣れてきた。ライトは照りつける日光を避けるように、手で頭を覆った。少し触れると、手がじんわりと温まっていく。
目的はない。だが、足は自然と大祠の方へ向かっている。
日が経つにつれて、ライトは自分を攻めることが多くなった。今リティアのために何も出来ないことが辛い。リティアのためだけではない。他の、何かのために自分から動くことの出来ない自分を振り返って、自己嫌悪しているのだ。
「あっちいな……」
それほど暑くもないはずなのに、そう呟いた。黙っていては、頭の中でまた悪循環が始まってしまうからである。
大祠の階段を一番飛ばしで上がっていく。毎日のように上っていれば、だんだん慣れてくる。だが、始めは調子よく上っていても残り四分の一の辺りで足に疲労が出てくる。
リティアなら、最後までリズムよく――。
そこまで考えて、続きの言葉をどこかへやるように首を振った。気分晴らしに外へ出てきているのに、リティアのことを考えては意味がなくなってしまう。
ライトは足にきている少しの痛みを抑えながら、残りを上りきる。毎度のことだが、ここの標高は高台よりも高いのではと思ってしまう。だがここからの眺めでは、辺りを覆う立派な木で高台との高さを確認することは出来ない。
少し顎を上げると、大祠がいつものように置かれている。それほどでもないはずなのに、聳えているように思えるのは何故だろうか。
「……ただの石っころじゃねえか」
彼らが祈るほど大切にしているこれの価値が分からない。ここ最近は毎日のように見ているが、未だに何も分からない。分かっていることは、ロジの家にあった書物から手に入れた情報、『謎の生物の墓』であることのみである。
謎の生物の墓、と聞いただけで詳細を知りたくなる。何故『謎』と言ってその正体を隠そうとするのか。――何か、善からぬ生物の墓であるのだろうか。
(そうなると、サイハテの国が怪しいって思われても仕方がないな)
ライトは大祠に歩み寄る。光を反射してライトの顔を照らすが、お構い無しに近づく。それを目の前にして、ライトはゆっくりと腰を掛けた。
もし大祠に祈りを捧げる国民がこの様子を見れば、顔を赤くして怒号をあげるだろう。それを想像しても立ち上がる気にはならず、そのまま座り続ける。
ふと時計塔を思い出す。学園内で唯一自分を作らずにいられる場所。リティア以外は誰も訪れない、大袈裟に言えばライトとリティアの秘密の場所。学園の者ならばそんざいをしらないものはいないだろう。あの風貌から、何かいけないものが住んでいるとの噂があるのだから。
ここは、そこと似ているのかもしれない。どうやら特別な時以外は誰も訪れないようだ。誰もやってこないこと場所は、やはり似ている。ついここへ足を運んでしまうのは何か手掛かりが見つかるから、と思い込んでいたが、誰も訪れないこの場所を時計塔と重ねていたのかもしれない。
ここにリティアがいてくれたら――。
ライトは突然、自分の頬を抓った。油断すればすぐにリティアの事を考えてしまう。考えてはいけないわけではない。ただ、リティアの事を考えてしまうと役に立てない自分を嫌悪してしまうのだ。だから特に一人の時はリティアの事を考えないようにしている。
だが、ライトの傍にはリティアがいてくれた。共に両親を亡くした者。互いに必要としている事は分かっているのだが、やはりリティアがどこかへ行ってしまうのではないかと思ってしまう。リティアはいつかは嫁に貰われて、家を出て行ってしまう。ライトもいつかは婿となって、あの家で暮らすことになる。それぞれの道を歩き出せば、まるで二度と会えることが無くなってしまうような、そんな風に思ってしまうのだ。
――リティアはいつか、俺を忘れてしまうのではないだろうか。
家族のようで、少し複雑な事情を持つ二人。離れてしまえば、それぞれの人生に精一杯になり、夢中になり、それから離れることが出来なくなる。そうなれば、過去のことなど忘れてしまうかもしれない。
考えすぎていることはライト自身、理解している。そう考えてしまうほど、リティアのことが大切なのだ。リティアのいない人生などあり得ないくらいに。
足に力を込めて尻をあげた。
あまり長居していても何も起こらない。ライトは階段を降りていった。
帰って来たライトに、「おかえり」と声をかけるマーガレット。ライトは少し気分が良くなったのか少し微笑んで、「ただいま」と言った。
階段を上ろうとしたライトに、マーガレットが声をかけた。
「ねえ」
「……ん」
振り向いて少ししてから返事をした。マーガレットは一度言葉を飲み込み、口を開いた。
「……いいえ、何でもないわ。晩ごはんは何がいい?」
何でもなくないじゃないか、と言いかけて口を閉じる。ライトはしばらく考えて、何度か言うのを躊躇った後に、こう言った。
「……魚の煮物」
「分かったわ、今日はそれにする」
ライトは顔を逸らししばらくその場にいた後、階段をゆっくりと上がっていった。マーガレットは音が聞こえなくなるまでライトがいた方を見ていた。
「ライトは魚の煮物が好きなのか」
「ううん」
ライトの好物に感心していたリシャンの言葉を、マーガレットが否定した。リシャンは不思議そうにマーガレットを見つめるが、何も答えてくれなかった。
マーガレットは振り向くと、眉を寄せているリシャンを見つめた。リシャンは返事をしてくれるのかとずっと待っていたが、口を開こうとしないマーガレットの頬をつねった。それでも唸り声さえあげようとしない。
「……ふふっ」
ようやく声を出したと思えば、それはリシャンが求めているものではなかった。
「……何が可笑しいんだ?」
「リティアが、羨ましいの」
「……どういうことだ?」
「リシャンには分からないのよ」
つねっている手を振りほどくと、マーガレットは立ち上がった。
「さて、さっそく料理を作らなくちゃね。ライトのためにも、リティアのためにもね」
――匂いで目が覚めると思ったのかしらね。
また声を出して微笑むと、キッチンに立った。




