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サイハテの国  作者: ヤブ
第三章
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カローナの家8-4

 マーガレットの家に運ばれたリティアの眉の間には、常に皺が寄っている。軽くではあるが、苦しみながら眠っていることは間違いない。


 リティアはマーガレットの家の、リティアとライトが寝泊まりしている部屋に連れていかれた。


 ロジに見てもらっているが、原因が分からない。マーガレットが桶に水を汲んできて、少し汚れたリティアの顔を布で拭き取る。


「ううむ……」

「分からないのか?」


 声を漏らしたロジに、ライトが問う。


「毒であることは見て分かるのだが、どんなものかは分からん。熱は出ておらんようじゃし、とても苦しんでいるようには思えん。心臓も呼吸も浅い。こんな症状を出す毒は(とん)と検討がつかん」


 そう言って、ロジは顎を掻いた。

 毒がどのようにして盛られたのか、それは右手の人差し指から少し出血していたのを見つけ、そこから入り込んだのではという推測だ。左腕に大きな怪我がありそこからではないかとも思われたが、人差し指の怪我が不自然だという話になったのだ。


 左腕の怪我はマーガレットの手際のよい処置によって、既に包帯が巻かれている。


「リシャンや」


 ロジが呼ぶ。リシャンは良い返事をする。


「果樹園からナガクサを採ってきてくれぬか。あるだけ採ってきてほしい」


 リシャンは頷くと、早速ナガクサを採りに部屋を出ていった。


「マーガレット、リシャンがナガクサを採ってきたら水を少し加えて()り潰してくれ」

「分かったわ」


 マーガレットはそのための用意をするために、一階へ下りた。それを見送った後、ライトはロジに問いかける。


「ナガクサってどんな草なんだ?」

「どんなものにも効く、所謂(いわゆる)万能薬じゃ。別名何でも草とも言われ、どんな薬にもなることが出来る。どんな症状にも病気にも効いて、古くから使われておる。実際に、どこかの国の王のためにこの草を持っていったと、残されている書物にも書かれておった」


 あの書物の中にあるのか、と考える。そうなると、ロジはあの全てに目を通していると考えて良いだろう。


「ナガクサを飲めば、少しでも良くなると思うのじゃが……。

 痺れを伴う毒ならササレグサ、突然死んだように倒れたのならミヤビソウ。原因が分からない今、ナガクサに頼ることしかできん。

 ライト。リティアを見つけたとき、何か気になるようなことはなかったか?」


 考えるが、それらしいことは思い付かない。あるとすれば、カローナの家の外観と、いつからそうなっていたのか分からない机が引っくり返っていたことくらいだ。木の葉がちらほらとあったものの、それらは既に枯れており、毒として利用できるものは無さそうだ。


「残念だけど、思い当たらないな」

「そうか……」


 役に立てなかったことに悔やむ。


「ここへ来て、こんなことになるとはのお……可哀想じゃ。リティアはみなも祭りに行きたがっておって、偶然ではあるが今年は参加することが出来る。少しは楽しめたようじゃが、こんなことになってしまってはな……」


 命に変えても、の勢いでサイハテの国を守るリティア。

 つい、これは誰かが仕組んだものではないかと考えてしまうが、それを実行するような人物は思い当たらない。


 リティアが誰かに連れられてカローナの家に行き、尖ったものの先に毒を塗りつけ、リティアに刺した。それだけ出てきても、誰が、の部分が分からなければ意味がない。


「この国に死に至るほどの猛毒を持った草はあまり聞いたことないから、恐らく死なんとは思うが……もしもの時のことは考えておいた方が良さそうじゃ」


 ライトの目をじっと見つめながら言った。その言葉に、体が熱くなってきたのを感じた。


 リティアに限って、そんなことはない。

 そう思いたいが、リティアが必ず死なない訳ではない。毒に触れたことのないリティアにとって、これは初めての体験。リティア自身が苦しんでいるはずだ。


「こんな若くして亡くなるのはな、わしが辛いんじゃ。わしより先にいなくなるなぞ、世界のこれっぽっちも知ることが出来ておらん。そんな勿体無いことはしてほしくない。もう、そんな思いはしたくないんじゃ」

(もう……?)


 疑問を持ったが、聞かないでおいた。だが、その理由はロジ自ら話し始めた。


「危険を伝えることも兼ねて、お主には言っておこう。


 わしには娘がおったんじゃ。一人娘でな、大事に育てておった。妻はその娘を産んだときに亡くなってしもうた。妻の名前のミシェルから名前をとって、娘はシェルリアと名付けた。


 わしにはもうシェルリアしかおらんと思うた。だから、愛情を込めて育てた。どこかの国の裕福な暮らしまではさせてやれんが、誰よりも愛情を込めたんじゃ。


 じゃが、シェルリアは突然亡くなってしまった。

 ほれ、果樹園の先に田が広がっておるじゃろう?

 あの先の海に落ちて、シェルリアは二度と見つからんかった。足元の地面が崩れ落ちたんじゃ。


 もう十年ほど前の話じゃ。まだ幼かったのにも関わらず、命を落としてしまった。これから、楽しみがたくさん待っておったというのに……。


 ライトや、あの辺りには気を付けるんだぞ。平気だと思っているところでも、いつ崩れてしまうか分からんからな」


 ロジの娘が亡くなっていたことに、しばらく声が出なかった。

 ただ頷いてその時は(しの)いだが、その後の沈黙が辛い。


 ロジは娘のシェルリアが亡くなってから、辛い思いをして来たのだろう。大事に育てていた娘、愛情を込めて育てた娘。突然の死に、受け入れるのに時間がかかったのではないだろうか。


 だが、それはリティアやライトの辛さとは違う。どちらも辛いが、その時の考え方や気持ちは異なる。


「ライトや」


 名前を呼ばれ、ライトは目を合わせる。


「……お主の両親は、もう亡くなっておるのか?」


 言葉が出なかった。

 伝えようとも伝えなければならないとも思わず、言葉が喉で引っ掛かる。黙秘すれば、言わなくて良いと思ったのだ。だから自然とそうなった。


 固まったライトを見て、ロジは目を逸らす。


「……突然ですまんな。だが、聞かなかったことにしてくれ、とは言わん。

 一つだけ。……リティアは、お主の両親のことを知っておるのか?」


 ――知っているも何も。

 心の中でそう思って、その先は誰にも聞こえていなくとも言わなかった。


 ライトは口を結んで、ゆっくり深く頷いた。ため息混じりに、「そうか」と呟くロジ。


 また沈黙になったが、それを打ち消すように部屋の扉が開いた。入ってきたのはリシャンで、ナガクサを採り終えて戻ってきたのだ。


「おかえり。ナガクサは採れたか?」

「うん。十分な量だ」

「そうか、良かった」


 リシャンは寝ているリティアを見て、ロジの隣に座った。


「リティアの調子はまだ駄目か」

「見ての通りじゃ。ナガクサで効けば良いのじゃが……」


 ライトはおもむろに立ち上がった。


「どこかへ行くのか?」

「ああ。こんなところで座っていても何も変わらないからな。何か見つかるかもしれないから、リティアのお祖母ちゃん家に行ってくる」

「そうか。気を付けてな」


 ライトは頷く。瞼を下ろすリティアの顔を見て、ライトは部屋を出ていった。


 階段を降り音がした方へ顔を覗かせると、マーガレットがナガクサを擂り潰していた。額に汗を滲ませ、懸命に腕を動かす。

 あの様子だけを見ると、彼女が自分を作っているようには思えない。人というのは、不思議な生き物である。


 マーガレットに気付かれないように扉を開けて、家を出た。広場の方を見ると、祭りを楽しむ人々で溢れ返っている。夕方になれば、片付けを手伝うことになるだろう。リティアがいないと、どれだけ時間が無駄にかかってしまうのだろうか。


 まだ空は青い。

 マーガレットもリシャンも、体を動かしてリティアのために頑張っている。余所者であるにも関わらず、これだけ手を貸してくれるということは、それだけリティアが信頼されていると思って良いのだろうか。


 それなのにライトはというと、ずっとリティアの近くに座っているだけで行動を起こそうとしなかった。皆が動いてくれているのに、自分はただ見ているだけ。そんな自分が嫌になってしまう。


 考えれば考えるほど、自己嫌悪してしまう。

 いざという時に動けなくなってしまう。


(……ああ、悪い癖か)


 そう思って、考えることを止めた。これ以上考えると、リティアが背中を叩いてくるだろう。


 ――だけど、今は叩いてくれない。


 考えることを止めようとしても、次々と言葉が出てくる。


「くっ……そ」


 ライトは太ももを叩くと、カローナの家に向かった。

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