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サイハテの国  作者: ヤブ
第三章
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カローナの家8-3

 ゆっくりと足を止めた。

 同じように足を止めたマーガレットだが、背後にいるためその顔を窺うことは出来ない。

 どうやら肩に置いた手を退くつもりはないようだ。その手の力を強めることも弱めることもなく、同じ力で優しく肩に乗せている。


 ライトは一息つき、強張った体を緩ませる。

 そして、マーガレットの手を握ると、突然体に引き寄せた。


「きゃっ」


 突然のことで声を上げたマーガレット。

 息がかかりそうなほど顔を寄せあった二人は、はたから見れば何ともロマンチックな雰囲気だ。


 だが、今の二人にそんな気持ちは微塵もない。突然のことで驚いたマーガレットは目を見開き、きょとんとした顔でライトを見つめていた。

 一方ライトは、マーガレットの瞳の底を見つめるように睨み付ける。だが、それは優しい睨みようで、心が痛むどころか吸い込まれてしまいそうな気分になる。


 思わぬ展開に、マーガレットは動きが取れなかった。動こうにも、ライトの手を掴む力で逃げようにも逃げられなかったのだ。顔を離そうとするがライトの反対の手が腰に回り、どうにもこうにも逃げられなくなった。


 学園で作っているということは話したが、学園でのライトの姿を見たことがないマーガレットには、ライトの行動は予想外である。


 腰に回した手をマーガレットの後頭部まで上げる。自然とマーガレットの手は、ライトの腕に乗せられる。

 ぐっと顔を近づけられマーガレットは身動ぎをするが、予想通りと言っても何だがやはり離れることは出来ない。


 額を当てられ、強く目を閉じる。こちんと可愛らしい音が鈍く鳴る。

 鼻先を当てる。ライトは弄ぶように、離したりつけたりを繰り返す。ゆっくりと鼻を重ね、今にも唇が触れそうになる。


 満足したのか、ライトは軽く笑うとマーガレットの後頭部に当てていた手をゆっくりとおろした。マーガレットはゆっくりと瞼を開け、離れていく顔を見つめた。


「……ちょっと期待したか?」


 マーガレットは拗ねたような顔をし、ライトの腕を軽く握った手をおろした。


「……からかわないで」

「先に仕掛けてきたのは、あんただろ?」


 マーガレットの手を離すが、逆にマーガレットが握ってきた。


「別に、からかってはないわよ?」


 何を企んでいるのか分からないが、とにかく良い予感だけはしない。ただ悪戯に微笑む彼女の顔が苛立ちを覚えさせた。


 手を無理矢理振り離し、ずれていた話を戻す。


「からかっていなくても、何か企んでいることには間違いないだろう? もうそろそろリティアのお祖母ちゃんの家に着くだろう?」

「……ええ、あれよ」


 既に家は目を届く範囲にあり、それはやはりライトが見た家と同じだった。


 誰かが住んでいるとは思えないほど廃れてしまっているその家は、カローナが亡くなってから誰も手入れをしていないのだろう。ライトが覚えていたのは、この外観があったからだろう。マーガレットはそう思い、ライトの肩を叩く。


「この家、どう思う?」


 肩を叩いたことに驚き、ライトは少し動きを止めてしまった。


「あー……。そうだな、その辺の小屋と同じくらいだな、言っちゃ悪いだろうけど」

「ふふ、良いのよ。もう誰も住んでいないし。それに、この家のことは誰もがそう思っているわ。

 リティアの祖母――カローナさんが亡くなってから、五年が経っていることは、ライトくんも知っているわよね?」


 軽く頷くライト。


「あれから、カローナさんは皆が見守る中で棺桶の中へ入っていったわ。ほとんどの人が涙を流していて、まだ十歳を迎えたばかりの私にも、カローナさんがどれだけ皆に慕われていたかよく分かった。


 だけどね。この国に親戚がいなかったカローナさんの家は、そのままになっているの。……いや、わざとそうしているんじゃないのよ。片付けること人がいなかった、片付けようと動く人がいなかったの


 もうすぐ収穫を迎えるはずだった野菜は、誰かに採られることも食べられることもなく枯れていった。いつしか荒れて、気づけば家の壁には草が張り巡っていたの」


 そう言うと、マーガレットはライトの一歩前へ出て来て、振り向いた。後ろで手を組んで、小首を傾げる。

 そして、小悪魔のように微笑んだ。


「この家をリティアが見たら、どう思うかしら?」


 マーガレットは何を求めているのか。

 ライトの調子を狂わすような言い方をして、様子を窺ってくる。ライトは少しずつ、その心意を読み取っていた。


「さあ。家がなくなっていなかっただけましだって、むしろ安心してんじゃねえの?」


 手をポケットに入れ、隣を通り過ぎる。その後ろ姿を見て誰と比べたのか、「違う……」と呟いた。その言葉がライトの耳に入ることはなく、風に混じって空高く飛んでいってしまった。


 遅れを取り戻すように素早く歩くライトに、マーガレットは駆け足で寄る。


 近くで見ると、廃れている様子が身に染みて分かってくる。

 もしかして、ここにリティアがいるかもしれない。そうだとすれば、どんな表情でここにいるのか。話し声が窓からは入り込み、リティアの耳に入っているかもしれない。


 先ほどの自分の言葉を思い出す。

『家がなくなっていなかっただけましだって、むしろ安心してんじゃねえの?』

 ――そんなことない。

 カローナはリティアの唯一の血縁者。四分の一だけだとしても、既に両親を無くしているリティアにとって、大切な人。どれだけ大切にしていたのかは、リティアがここへ来なかった時間が表している。


 本当は、亡くなる前のように毎年来たかった。だけど、これからは誰のもとで寝泊まりすればいい? 一人でカローナの家で過ごしても、ただ涙が溢れそうになるのを抑えるだけで夜を明かしてしまうだろう。一人いなくなってしまっただけだが、それは明らかに大きな穴を生んだ。


 家がなくなっていなかっただけましだと、確かにそう思っているかもしれない。だが、安心など出来ないだろう。扉を開けても、声は返ってこない。懐かしい声を聞くことが出来ないのに、どうして安心など出来るのだろうか。


 もしリティアがいるのならば、どうか涙を流している姿だけは姿だけは見たくない。

 そう思いながら、ライトは扉を開けた。


 だが、ライトに待ち受けていたのは、それほど可愛らしいものではなかった。

 開けた途端に、鉄の臭いがライトの鼻を刺激する。鼻を覆いたくなるほどのものではない。


 薄暗い部屋の中に、光が差し込まれる。ライトとマーガレットの目を入ったのは、思いもよらない光景だった。


「っ!」

「ひぇっ……!」


 力無く床に転がっているリティア。ひっくり返っている机の周りには紙くずや木の葉が落ちている。リティアの口からは赤黒い血が飛び散り、床に染み付いていた。


「リティア!」


 ライトはすぐに駆け寄り、リティアの状態を確認する。

 まずは反応の確認。肩を叩いて呼びかけるが、反応する様子はない。

 次に心臓が機能しているかの確認。脈を測るが、僅かに動くだけだ。

 三つ目に呼吸の確認。この状態でいつも通りの呼吸はしていないと判断したライトは、リティアを仰向けにして腹に手を当てた。こちらも僅かに上下するのみだった。

 すぐに横向けにして、口の中にたまっているかもしれない血を出す。それほどなく、ライトはすぐに仰向けに寝かせた。


「マーガレット!」


 扉の前で立ち尽くしていたマーガレットに声をかける。名を呼ばれ、マーガレットは肩を動かす。


「長老を呼んできてくれ。それか他の誰か。出来れば男性が良い。リティアをどこかに運びたいんだ」

「わ、分かったわ」


 マーガレットは呼吸を整え、広場に向かって走り出す。

 ライトは再びリティアに目を向ける。


(左腕に外傷あり。これが原因で倒れたとは考えにくいな。喀血か吐血か分からないが、原因となるような外傷は他には見られない。……ん?)


 リティアが剣を持っていることに気づいたライト。


(どうして剣を? 四人で広場に行ったときは持っていなかったのに……。はぐれた後にマーガレットの家に帰ったのか?)


 家の中を見回す。

 マーガレットが言っていた通り、亡くなってから誰も手をつけていないことはすぐに分かった。タンスも布団もそのまま残されていた。

 人が住まなくなった家は、これほどにも生気を失ってしまう。


 その後、マーガレットによって駆けつけた国の人によって、リティアはマーガレットの家に運ばれた。

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