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サイハテの国  作者: ヤブ
第三章
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カローナの家8-1

 階段を降りたリティアは辺りを見回し、誰も人がいないことを確認して息を吐いた。

 左腕が痛み、腕で押さえる。出血は完全に止まっている。傷の回復が早いのは、よく怪我をしているからであろうか。だが、そうだと言って痛みまで消えるわけではない。後からマーガレットに頼んで治療をしてもらった方がいいだろう。


 置いてきてしまったライトは何をしているだろう。

 あの時のライトはどこか違った。いつものように冷静に判断が出来ずに、慌てていないだろうか。似たようなことはあったが、気持ちを口にしてリティアに伝えたのは初めてである。何か、ライトを狂わせてしまうようなことがあったのだろうか。


 秘密の事だろうか。

 秘密を知った者は、死刑に処す。

 昨日、ロジの家にあった本を読んで、今取り乱してしまうのは分かる。だが、それはばれなければどうってことない。もしもの時のことをライトは考えたのだろうが、そこもいつもと少し違う。


 中身の違う二人だが、他人の事を自分の事のように、自分の事を他人の事のように思ってしまうことは二人一緒である。突然あのようになってしまったのは、やはり何かがあったと思って良いだろう。


 もし、それがここへ来たせいなのならば、リティアにも責任はあるかもしれない。リティアがここへ行くと言わなければ、ライトはついてこなかった。だが、内緒で来たとしても、ライトのことだからリティアを追いかけてくるかもしれない。

 ライトがリティアのことをどう思っているかは分からないが、もし世話のかかるやつだと思っているのならば、それはお互い様だと言ってやりたい。


 考えているうちに放浪し、リティアはある場所の目の前に来ていた。

 平屋でリティアとライトが住んでいる家よりも少し小さい。草が壁を這い、屋根まで侵食しようとしている。柱や壁はは朽ち果て、刺激を与えれば倒れてしまいそうだ。近くにある畑は、既に畑とは認識できないくらいに荒れ果てており、その原形を留めていない。


 ――カローナの住んでいた家だ。


 誰も住まなくなった家は誰にも手入れされることなく朽ちていく。それが運命だとしても、祖母の住んでいた家となると心が痛む。

 自分が暮らしていたことも少しはあった。最近となると頷くのに少し戸惑ってしまうが、暮らしていたときの気持ちは忘れていない。


 リティアは忍び足で扉に近づき、腫れ物を触るように手を当てた。木目にそって、指を下ろす。

 ドアノブに手をのせる。


 見た目がこのようなことになっていれば、中はどれほど傷ついてしまっているのか。それを見て、リティアの心はどうにもならないか。もしライトの変化の理由と似ているのならば、リティアもあのようになってしまわないだろうか。


 そんな不安な気持ちを押しきり、リティアは扉をゆっくりと開けた。錆びた蝶番が、鼓膜を刺激する。

 それに反応してか、心臓が一跳ねして動きが止まる。


 何が、彼女の動きを止めたのだろうか。


 だが、リティアは腕を引いた。どうなっていようとも、それを受け止める方が祖母も喜ぶであろう。


 開けた瞬間、中は暗くて様子は見えなかった。中に入り、視界が慣れていくにつれて、その姿が明らかになる。

 リティアは、目を見開いた。


 ――あまりにも、綺麗だったから。


 予想以上に片付いていたことに、リティアは思わず声を漏らす。


「何で……」


 家具は最後に見たときのまま。

 家の外観は問題あるが、中は今でも誰かが住んでいても可笑しくはないほど綺麗になっている。

 窓からは風が入ってきている。窓枠見るが痛んでいる様子はなく、付近に木の葉が落ちているということもない。この窓は、まだ開けられたばかりだ。


 端に積み上げられた布団を叩いてみるが、埃はほとんどあがらない。微かに太陽の匂いがした。

 人が住んでいなければ埃は出てこないのだが、五年も放置しておいてこの状態は可笑しいを通り越して不思議である。


 布団の近くにあるタンスを引いてみる。開けた瞬間、祖母の香りが溢れ出てきた。

 中には祖母が着ていた服がそのまま残されていた。小さな服も入っていた。

 祖母との思い出がゆっくりと流れ込んでくるような感じがした。


 中央に置かれた小さな机。そこに、よく祖母が座って湯気がたった茶を飲んでいた。

 それは子供には飲むのが難しい味で、それをそれを飲んだリティアは思わず吐き出していた。この国独特のもので、色は薄くついているが、その味は濃厚である。


 その事を思い出しながら、机をひっくり返した。

 その机は台の板が少し厚い。だが、それは言われないと分からない程度で、言われなければ特に気づきはしない。

 リティアは板の中央を探り、小さな凹みに指をかける。そして、ゆっくりと横へ引いた。

 机の裏側には小さな引き戸が取り付けられており、何かを片付けることが出来るようになっているのだ。リティアは祖母がそれを使っているところを見ていたため、それの存在を知っていたのである。


 その中には、必要なのか分からない紙くずや、恐らくリティアがいれたのであろう小枝や木の葉が入っていた。

 中のものを掻き出し、床に全て散らばらせる。全てを掻き出すと、目当てのものを探す。


 祖母が大切にしているものは、全てこの中に入っている。その中に、何かの手がかりがあるかもしれない。


 何の手がかりかは分からない。何を探しているのかも分からない。ただ、小さなものでもいい。情報がほしいのだ。あの時は祖母が死んだことで一杯で、遺品を片付けていなかった。まだ知識が無かったこともあり、どうするのが一番良いのか分からなかった。


 リティアは暗がりの中、懸命に探す。


「……っ」


 指に刺激を感じ、小さく声が漏れる。

 指先からは、少し血が滲み出ていた。


(切れた……いや、刺さった?)


 何の前触れもなく、心臓が大きく跳ねた。それは、心臓が破裂するかと思われるくらい大きなものだった。


「う……ぐ……!」


 リティアは心臓に手をやり、体を倒さないように堪える。


 何度も跳ね上がる心臓は、ことごとくリティアを追い詰める。次第に呼吸が荒くなり、息切れとはまた違う苦しみ。


 景色が二重にぶれる。

 視界が悪くなり、不安ばかりが押し寄せてくる。

 次第にそれは歪み出し、頭がふらつく。


 頭痛を感じた。だが、それと心臓の痛みを比べれば可愛いものであった。

 心臓の勢いは止まるどころか、強くなっている。破裂しそうな心臓の痛みに、リティアは耐えることしか出来なかった。


 声を出そうにも、何も言うことが出来ない。喉に何かが詰まっているような感覚だ。


 この痛みの中、リティアはなぜこんなことになったのか苦しみながら考えた。

 指の怪我が関係していることは間違いない。

 何で怪我をしたんだ?

 視界が歪んでいて、確認しようにも出来ない。刺さったような感覚ということは、木の破片でも刺さったのだろうか。

 今の痛みは毒によるものだ。もしかすると、毒を持った木の破片が刺さってしまったのかもしれない。

 ……何故、こんなところに?


 再び痛みが大きくなる。

 不意に、体の力が抜けた。倒れるようにして床に倒れたが、意識はまだ辛うじてある。だが、いずれ無くなってしまうことは想像がつく。


 呼吸が浅くなる。

 喉が焼けるように熱くなり、喀血する。

 何も考えることが出来ない。


(意識……が……)


 疑問はただ一つ。

 何故、机の中にこんなものがあったのか。


 考え終わる前に、リティアの意識は途切れた。

 そして、開いていた扉がゆっくりと閉まった。

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