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サイハテの国  作者: ヤブ
第三章
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みなも祭りの祠7-5

 リティアを探して歩き回っているうちに、一人で探しているマーガレットに出会った。今日は黒色の服を着ているものの、地毛の金髪のおかげですぐにマーガレットだと分かった。


「おい、マーガレット」


 そう声を掛けると、声をした方を見る。

 ライトがいることに気づいたマーガレットは、手を振って駆け足で近づいてくる。


「ライトくん。リティアは見つからないわ」

「こっちもだ。一通り見回ったと思うが、いれ違ったんだろうか」

「リティアのことだから、何か目を引かれるようなものがあって、それに食いついてどこかへ行ってしまったのかもしれないわね」


 頬に手を当てて悩むマーガレット。

 そんなマーガレットを見てライトはため息をつき、顔を逸らした。


「悪いな、こんなことに付き合わせちまって。お前らだって祭りを楽しみたいだろうに」


 少し声の調子を下げて言うライトを見て、マーガレットはすぐに微笑んだ。


「いいのよ、ライトくん。私だってリティアが心配ですもの。昔っからこういうことはよくあってね」


 そして、マーガレットは幼い頃にあったリティアの出来事を話し始める。


「三人でかくれんぼしていたときに、夜になっても出てこなかったのよ。その時はもう心配で心配で。皆で探したものよ。そうしたら、リティアったら木の影で寝ていたのよ。本当に、あの時はほっとしたわ。リティアの寝顔を見たら、もうどうでもよくなっちゃって」


 マーガレットの話を聞いて、ライトも思い出す。ミマーシ王国で遊んでいたときも、似たようなことがあったのだ。


「ライトくんがリティアの心配をする気持ちはよく分かるわ。危険なことでも一直線に挑戦するからね。もし何かあったら、と思うと、夜も眠れないわよね」


 笑いかけるマーガレットに、ライトも軽く笑い返した。

 リティアが危なっかしいことは両方とも承知している。それを止めようにも、そう出来ないことも。危なっかしいけれど、それは自らのためでなく他の誰かのためで、必ず誰かを笑顔にする。


 そのため、止めようにも止められないのである。リティアの意思と、止めようとする者の期待によって。


「そういえばリシャンは? 一緒じゃないのか?」


 辺りを見回すが、それらしい姿は見当たらない。


「リシャンなら今、果樹園の方を探しに行っているわ。私は、この辺りを探していたけれど、リティアらしい姿は見つからなかったわ」

「あそこは?」


 そう言って、ライトは大祠を指した。


「行ってみたわ。けど、誰もいなかったの」

「そうか……。どこへ行ったんだろう」

「……」


 開きかけた口を閉じたマーガレットを見て、ライトも思わず口を閉じる。お互いに何も話さなくなり、気まずい雰囲気になる。何か話そうと口を開いても、言葉が出てこない。


 マーガレットは顔を伏せ、顔を見せようとしない。


「……よし。じゃあ、リシャンのところへ行ってみるか? 果樹園っていったら、やっぱり広いんだろ? 手分けして探した方がいいんじゃねえの?」


 ライトは果樹園のほうへ足を進める。マーガレットは「あ……」と声を漏らし、手で待ってと言わんばかりに軽く差しのべる。


 振り向き、首を傾げるライト。

 おずおずと、マーガレットは口を開く。


「……さっき、ライトくんが話してくれた話……あの、リティアのことじゃなくてね、その、ライトくんが学園にいるときに自分を作ってるって話……」


 ライトは体の力を抜き、マーガレットの話を聞き始める。


「人っていうのはね、一度自分を作ってしまうと本当の自分でいるのが辛くなるの。特に、作っている方が誰かに好かれている時とか信頼されているときとかね。


 自分でも気づかないうちに、自分ではなく偽物の自分で暮らしているってことがあるの。


 ……私の言いたいこと、分かる?」


 その時のマーガレットの顔は、別人のように変わっていた。


「……ああ、分かるよ」


 マーガレットはライトに近寄り、顔をグッと寄せた。ライトは微動だにしない。


「じゃあ、単刀直入に言わせてもらうわ。あなた、今も作ってるの?」


 先ほどの笑顔は消えていた。常に光り輝く緑色の瞳の奥に、暗い何かが見える。


「……さあな。自分ではわかんねえよ」

「じゃああなたは全て、意図的に『自分』を操っているわけではないのね?」

「そういうことになるな」


 答えたが、マーガレットはしばらくライトの目を見つめていた。

 顔を離そうとしないマーガレットに、ライトは言う。


「……あんたは、どうなんだ?」


 マーガレットの目が少し動いた。そして、「何のことかしら?」と笑って言った。

 その後、ライトは何も問わず、マーガレットの額を手で押して遠ざけた。


「さ、早くリシャンのところへ行こうぜ」

「……女の子の顔を乱暴に扱わないでほしいわ」

「わり、ちょっと聞こえなかったわ」




 果樹園の方へ歩いていくとき、ライトの耳に誰かの声が入ってきた。言葉までは聞き取れなかったが、それは確かに誰かの声だった。

 それに反応し、ライトは足を止めた。振り返った方向には、大祠がある。


「ライトくん、どうしたの?」


 突然足を止めたライトに声を掛ける。


「……声が聞こえた」

「声? 私には聞こえなかったわ。どんな声だったの?」

「誰かに何かを言っているような声。……男だったような」

「男だったら、リティアではないわね。けど、リティアが怒号を上げたら、男みたいな声になるんじゃない?」


 あり得るな、とライトは思う。

 怒りをぶつければ、誰でも声が低くなるものだ。特にリティアとなれば口調が男らしいこともあり、声が男だと思っても仕方がないだろう。


「マーガレット」


 果樹園の方から声がした。振り返らなくても誰かは分かる。


「リシャン」


 振り返ったマーガレットがそう呼ぶ。

 リシャンに駆け寄り、話しかける。


「どうだった?」

「いなかったし、来た様子もなかった。だけど……」


 子首を傾げるマーガレットに耳打ちをするリシャン。ライトは、ただそれを少し離れたところから見ていることしか出来なかった。

 気にならないと言えば嘘になるが、二人だから分かる話なのかもしれないと思うと、自分から問うことは出来ない。


 リシャンから話を聞いたマーガレットは、表情をゆっくりと変化させ、口元に手をやった。言葉は聞こえなかったが、口の動きと状況から「そうなの?」と言っていることは安易に理解できた。


 マーガレットを下から上までくまなく見つめるライト。不意にマーガレットと目があったとき、明らかに目を逸らしてしまった。あのような話をしていたこともあり、ライトは少し不安になる。


 草が揺れる音がした。それは、獣道を容赦なく滑り降りるような音。

 大祠から何かが落ちたのか、それとも滑り降りたのか。ライトは音のした方向を見るが、やはり木々で覆われて見えなかった。だが、何者かが通ったのだということはすぐに分かった、たとえその様子が見えなくても。


 話を終えた二人は、一人突っ立っているライトに話しかける。


「ごめんね、二人で勝手に話しちゃって」

「別にいいよ。合う話でもあったんだろ?」

「ええ、そうね」


 問い詰めないライトに安心し、マーガレットはほっとため息をついた。


「それで? この後はどうするんだ?」

「そうねえ、探せる場所はほとんど探したし……。リシャン、どこか無いかしら?」


 リシャンは首を横に振る。


 ライトは、リティアの行動を考えてみることにする。何かに目をとられ、それについていってしまったリティアは、広場から離れる。だが、それは一時的なものであり、目的を果たすことが出来ればまた広場に帰ってくるだろう。

 広場で祭りを楽しんでいれば良かったのだが、あの時のライトの心境ではそう出来なかった。


 もし今から広場へ戻ってリティアがいたら、ライトのあの感情は気のせいだったことになる。それを裏切るかのように笑って祭りを堪能しているリティアな姿は安易に想像ができた。


「……特に探すところはないし、一旦広場へ戻るのはどうかしら? リティアがいるかもしれないからね」


 同じことを考えていたのか、ライトは少し驚くが大きく賛成する。リシャンも賛成し、三人は広場へ戻るために足を進める。

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