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サイハテの国  作者: ヤブ
第三章
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みなも祭りの祠7-4

 軽く、骨が砕ける音がした。

 その痛みに、思わず声を漏らすリティア。


 リティアは何とか顔面に剣が降ろされるのを避けた。そうとは言っても、無傷で済んではいないのは音で判断できるだろう。

 避けることかできないと思ったリティアは、咄嗟に自らの左腕で剣を止めたのだ。剣を持っていない今、それで防ぐことは出来ない。聞き手ではない腕で止めたのは、相手から剣を奪えたときに隙を見せないためだ。


 リティアは傷の痛みを抑え、剣を振り払う。


 続けて攻撃されることを防ぐため、数歩後ろへ下がる。左腕を押さえ出血を抑えるが、あまり効果はなさそうだ。


 休む暇も与えず、奴は再び剣を顔に目掛けて振り下ろしてくる。その攻撃の仕方を見て、改めてリティアは気づいた。


(こいつ、剣に慣れてないな)


 何度も振り下ろす剣は、重力と腕力だけで地面に叩きつけるようにしている。あれでは、剣先を必要以上に傷つけてしまう。


 それと、腰についている青色の鞘。

 今、奴が使っている剣は、リティアのものである。


 青色の鞘というのは世界でも珍しいもので、一般的な鞘は茶色か黒色だ。赤、緑、青の光の三原色は特に珍しく、すべてが揃うと世界がリセットされてしまうという話が立っていたが、嘘であることは既にみな理解している。もっとも、その話を流したのは誰でもない、リティアであることはクラスのある男子しか知らない。


 リティアは剣を避けながら、相手に話しかける。


「おいっ、おいっ!」


 呼び掛けるが、顔をこちらに向けるどころか動きが緩むこともない。


 懸命に声を掛け続ける。


「なあ、おい!」


 どう言っても、奴は剣を振り下ろし続ける。その度にする音が、リティアの鼓膜を障る。


「……っおい! そんなに、剣を地面にぶつけたらっ……」


 一向に話を聞かないことと、剣を地面に振り下ろし刃を傷め続けることに苛立ってきたリティア。

 堪忍袋の緒が切れた途端、リティアは奴に怒鳴り付ける。


「……刃が傷つくって言ってるだろ! それ私の剣なんだよ!」


 怒りをぶつけながらつい足が出てしまったリティアは、奴の手首を蹴り、持っている剣を上空へ飛ばした。


 右足で蹴り、その足を地面につけたあと背中を向けて、勢いをつけて後ろ回し蹴りを横腹へくり出した。


 奴は横腹を蹴られ、そのまま数メートル先へ飛ばされていった。

 空中へ舞った自らの剣を手を取る。

 剣先を確認する。少し傷がついている。


 ため息をつき、顔を上げる。


「あ」


 飛んでいった奴を見て、自分がやってしまったことを自覚する。


「……大丈夫、か?」


 声を掛けるが、やはり返事は返ってこない。動く気配もなく、地面に平伏している。顔が見えず、どうなってしまっているのか分からない。


 さすがに横腹に食らっただけでは死なないが、あまりにも動かなければ敵でも心配になってくる。


 リティアは近づき、また声を掛ける。


「おーい、なあ。死んではないよな?」


 微かに首が縦に動いた。

 命と意識があることを確認し、一息つく。


「どこか、痛いところはあるか?」


 次は反応してくれなかった。少々期待をしてしまったが、当たり前と思えばそうである。


 変に相手に触れて攻撃されたら困るため、手をさしのべるどころか、近づくことさえ難しいだろう。油断していると、何が起こるか分からない。


 少し距離を置き、奴が立ち上がるのを待つ。剣はリティアが持っているが、鞘がないことには持ち運びに不便だ。奴も、鞘だけ持っていてもただ荷物になるだけだ。


 左腕を見る。

 血は少し止まっているものの、まだ出血している。傷口付近を軽く触って、痛みを確認して怪我の具合を調べる。変な風に曲がっていないため、折れてはいないだろうが、多少ひびが入っているかもしれない。これくらいの痛みなら、何度も授業の実習でしたことがある。


 のそっと起き上がる奴。

 リティアは奴に警戒をし、軽く構える。


「それ、お前の剣なのか?」

「……ああ」


 少し間を開けて、リティアが問う。


「この剣、盗んできたのか?」

「盗んでなんかないよ、借りただけ」

「借りるのなら、ちゃんと持ち主に許可をもらわねえと駄目だろ。それじゃあ借りたことにはなんねえ」


 奴は何かに気づいた後、口を開いた。


「じゃあ、借りる」

「今言ってもおせーよ」


 ため息をつくリティア。


 奴が言ったことが嘘だとは思えない。ここの国では、家に誰もいなくても鍵は掛けていかない。何かを盗む奴はいないし、信頼している。そのため、奴がリティアの剣を盗むことは可能である。

 リティアも部屋に剣を置いて祭りに来た身であるから、盗まれても文句は言えない。


「なあ。お前は誰だ?」


 リティアの言葉で、この場の雰囲気が変わったのが分かった。奴は答えようとせず、やはり黙秘する。


「この国に住んでいるのか?」

「……」

「家族はいるのか?」

「……」


 突然、奴は腰につけていた鞘を取り外し、放り投げた。そして、森の中へと消えていってしまった。

 リティアは追いかけようと思ったが、追い付けないことは分かっているため、足を止めた。


 逃げ出したのは、図星だったからなのだろうか。それとも、答えたくなかったからなのだろうか。

 奴もやはり人間。感情があることには間違いない。


 鞘を拾い、剣を納める。腰に身に付け顔を上げると、大祠が目に入った。

 ゆっくりと近づき、大祠に腰を掛ける。上にのっている岩が良い背もたれとなっている。


 祖母がいた頃にここへ来たとき、こんなところがあることは知らなかった。階段を降りた先に家があり、そこに祖母が住んでいた。今では、物置となっている。

 そこからまっすぐに見ればここへと続く階段が見えるはずだ。幼い頃のリティアは、今よりも一直線で、マーガレットと遊ぶとなるとそれしか考えていなかったのだろうか。


 突如背中に、冷たい風が吹き込んできた。

 下から上へ通っていった風は、その後も何度かリティアに振りかかる。


 ――あまりにも、多すぎやしないか。


 位置を変えて座ってみるが、その風は必ずリティアの背中を通っていく。

 不思議に思ったリティアは岩と重なっている辺りを調べる。


「これは……」


 そこには隙間があった。そこから、風が吹き上げてきていたのである。


「ということは、風が入ることが出来る隙間がどこかにないとな。地面との間に隙間でもあるのか?」


 地面と岩の間を見ていくが、隙間どころか岩にひびさえも見つからなかった。

 入り口なくして出口から何かが出てくるはずがない。


 乗っている岩を避ければ何かが分かると思ったが、流石にそんなことは出来ない。片腕を怪我していようとも、全力で体当たりすれば出来ないこともないかもしれない。


 だが、ライトからロジの家にあった書物から知ったことを聞いたことから、この大祠には謎の生物の墓であることは知っている。国の書物に書かれているのならば、簡単に傷つけることは許されないだろう。秘密を知ることは生命に関わるとライトに言われたばかりであるため、その辺りは気を付けるべきである。


 今回、奴を追いかけてしまったことは、軽くミスだったかもしれない。

 ライトが言った言葉の中には、リティアが考えるよりも行動してしまうことも入っているだろう。感情だけで動いてしまうことがリティアには多々ある。


 奴が消えていった森の方を見る。

 奴がここに住んでいるということは、ほぼ確定だ。森の中に隠れていても不思議ではない。


 それに、奴の気配を直前まで感じることが出来なかった。あれほどまで気配を消すことが出来る人間を、リティアは会ったことがなかった。この傷も、気配を感じとることが出来なかったせいである。


 その後、リティアはまた奴に会えることを望んで、階段を降りた。

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