みなも祭りの祠7-3
「――そんなことがあったのね」
ライトは、リティアが突然いなくなったことと、嫌な予感がしていることを伝えた。祭りでいなくなっただけでは、探さなくてもいいだろう、と言われることは目に見えている。
「ライトくんがそう思うのなら、私たちも探すわ。ライトくんのことはそれほど知らないけれど、リティアの家族だもの、そんな嘘をつくとは思えないからね」
そう言われて、どこか安心し胸が痛む。
まだ胸が騒いでいる。誰かの身に何かが起こってしまいそうで、それがリティアでありそうでならない。
ライトは針を刺されたような痛みを負っている胸に手をやる。
「……俺、さっきから様子が変なんだ。急に不安になって、昔のことを少しだけど思い出したんだ。今まで思い出すことは何度かあったけど、こんなことになるのは初めてで……。
自分が自分でないような感覚がして、皆が怖くなって、いつもの自分を保つことが出来なくなるんだ」
マーガレットとリシャンは突然話し始めたライトに戸惑ったが、その表情を見て静かに話を聞くことにした。
自分が自分でないような感覚。
それがどういう意味なのかマーガレットにはよく理解できなかった。だが、それでもマーガレットは声をかけた。
「ライトは、自分を作っているの?」
「……学園にいるときは、いつもそうだった。そうでないと、誰も俺なんかの相手はしてくれないから。
自分で言うのも何だけど、顔はそれなりに良いと思っている。その証拠に、中等部に入った辺りから女子が俺の回りをうろちょろするようになったんだ。それのおかげか、男子まで集まってくるようになった。それが、とても気持ちよくてさ……。
俺、運動はあまり得意じゃないからさ、かっこいい姿を見せてキャーキャー言わせることは出来なかった。そのかわりに、勉強を頑張って、常に一位をキープしていた。そうしたら、勉強教えてって、もっと人が集まってきたんだ。
でも、それもいつまでもは続かないんだ。
やっぱりずっとしていたら疲れるし、休み時間になると一人でいれるところを探して、そこで休んでいた。そこにリティアが来ると、いつも通りの自分で話せて、気が楽になるんだ。
だから、ここへ来たとき……思ったんだ。
『ここなら、自分を作らなくてもいい』って。
俺のことを知っているのはリティアだけだし、その他の人は俺の中身なんて微塵も知らない」
言葉が流れ出る。
たまっていたものがすべて言葉となって、誰かに伝えたいと言っている。
リティアにでさえ、これほど言えたことはなかった。それなのに、リティアでないのに、口が勝手に動く。
そして、言う度に心が軽くなる。
「それに、元々ここには興味があった。ここがリティアの故郷であることも、一つの理由かもしれない。皆が気にしていることだし、謎に包まれている。そういう、何かを暴いて、自分の知識に出来るのって、すごく気持ちがいいんだ……」
ライトは我にかえる。
二人の顔を見ると、何一つ表情を変えず、話を聞いてくれていたことに気づく。
「ごめん。……急に、変なこと言ったな」
「いいのよ、ライトくん」
突然話し始めたのに、動じない二人は、何を考えて聞いていたのだろうか。
顔を下げるライトを見て、マーガレットは、「じゃあ、リティアを探しましょうか」と、手を合わせて言った。
「けど、リティアのことだから、平気な顔で歩いてそうだけどね」
◆◆◆
それを目当てに駆け出したリティアは、市場側へ抜けていた。左右を見回し、左側へ進んでいく。
この辺りは木で覆い被さり、通ったことがない。この辺りに用事があったこともなく、ここへ来るのは初めてだ。
(あの布……マントみたいだったな……)
黒い布がもしマントならば、そう考えても目ぼしい人間は思い当たらない。ミマーシ王国にいたとき、モーテルがそのようなものを身に付けていたが、あれはモーテルではない。もしそうならば、顔が見えるはずだからだ。モーテルの身長はリティアよりも高い。人混みに紛れていたとしても、隙間から見えるはずだ。
では、そうならなかったのは何故か。理由はその人間の身長が低かったからだ。リティアの目線から布は見えたものの顔が見えなかったのは、人の胴体に被って見ようにも見られなかったからだ。
リティアがその布をどこかで見たことがあると思ったのは、モーテルが着ていたからであろう。
本人もそう考えたであろうが、どうもしっくりこない。
(あれを見たときに感じた胸の反応……。私は、モーテルのマントだと思ったか? いや、あれは……)
――果樹園の先で思い出したものと似ている。
そう感じたのを、リティアははっきりと覚えている。
あの時に思い出したもの。
顔に血飛沫を浴びた幼い子供の顔。あの顔を思い出すだけで鳥肌が立つ。
何故顔に血飛沫をつけているのか。
何故あのような表情をしているのか。
考える度に何かを思い出せそうで、だが何も思い出せない。
リティアは記憶の箱から何かを取り出そうとしながら、足を進める。
足を進めるが、その先は木々で行き止まりとなっていた。
「こっちじゃなかったのか……?」
そう思い、リティアは広場へ戻ることにした。
「あ、ライト置いてきていたな。あいつのことだから、何か言うかなあ……」
やってしまった、とリティアは頭を掻く。その反面、心の中でどこか喜んでいる自分がいることには、気づいていないだろう。
広場へと戻ろうとして気を緩めた。
――その時。
「っ!」
今の今まで感じなかった人間の気配を、すぐ近くに感じた。
咄嗟に振り返ると、頭上に素早く振り下ろされる何かがあった。
リティアは瞬時に一歩後ろに下がる。目の一寸先をそのものの先が過ぎる。
地面に振り下ろされ、鉄の音がした。
それは、剣だった。
もう少し反応が遅ければ、無傷では済まなかった。
目の前には、頭から黒いマントのようなものを羽織った人間がいた。リティアよりも十センチほど低く、顔は見えない。
おそらく、広場にいた者と同一人物だろう。
「お前は……」
人間はリティアには目もくれず、剣を再び振り上げリティアに向かって走り出す。
「うお、えっ」
まさか振り上げたまま追いかけてくるとは思わなかったため、リティアは動くのが少し遅れた。このまま後ろへ走っても、森の中へ逃げることは避けられない。
リティアは隙を見て、飛び掛かってくる者の脇を通り抜けた。その時、マントで隠すように腰にかかっている青色の鞘が目に入った。
そのまま逃げず、真実を確かめるべく、リティアは振り返る。
剣を振り下ろさず、ゆっくりと先を地面に向ける。ゆらゆらと揺れるように動く様が、一層不思議な存在として際立つ。
「お前、その剣――」
言い切る前に、リティアの先にいる人間は背中を向けて走っていった。
「あっ」
逃がすまいと、リティアはすぐに駆け出す。
だが逃げている先は行き止まりだ。それを知らないわけもなく奴は走っていき、失速する気配はない。
(まさか、森の中へ入ったりしないだろうな……)
――その予想は、見事に命中した。
当たり前のように奴は森の中へ入っていく。追いかけることをやめることが出来るが、そうするわけにはいかない理由がある。
リティアはしょうがなく、奴に続いて森の中へと飛び込んだ。
木々が生い茂る斜面を駆け上がる。
前の方を奴が走っているが、一切の無駄がない。慣れない獣道のようなここをいつものように駆け上がることは難しい。だが、奴はそれをやってのける。このような道を使っているのかと思うと、奴がどんな者なのか、一層謎が深まる。
ここを登っていくと、どこへ辿り着くのか。
サイハテの国の全体図を想像してみると、その先には大祠(高台とロジの家の間にある祠よりも大きいため、そう名付けた)があると思われる。
奴はそれを分かった上でここを通ったのか。それならば、奴はここに住んでいるというのか。
次第に距離が広がる中、奴が平地へ出たことを確認した。
「よしっ」
リティアはより勢いよく駆け上がる。
そして、歩きにくかった獣道を出る。
予想通り、リティアは大祠のある場所へ出てきた。
「やっぱりここか……。けど、あいつは見当たらない。けど……」
奴の姿はどこにもないが、確かに気配は感じていた。木に隠れたら、姿は十分に隠すことが出来る。
突然、背後に気配を感じた。
それは、あまりにも突然で、避けきれるか分からない。
(やばい!)
すぐに振り返るが、目と鼻の先に剣の先が動く影を見た。
容赦なく、リティアの顔を目掛けて振りかかった――。




