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サイハテの国  作者: ヤブ
第三章
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みなも祭りの祠7-2

 店にあった五種類の果物で作られたフルーツアイスを両手に持ち、リティアが戻ってくる。


「なんで五つも持ってんだよ」


 戻ってきたリティアを見て、ライトが言った。


「美味しそうだったからさ。ライトも食べるか?」

「……一つだけ貰う」


 そう言って一つ受け取る。

 辺りを見回し、マーガレットとリシャンがいないことに気づく。リティアはフルーツアイスを一つくわえ、ライトに問う。


「マーガレットとリシャンは?」

「あの二人なら、射的をしに行った。やっぱり、恋人同士で回りたいんじゃないか?」

「ふーん」


 口の中にフルーツアイスを詰めて言った。

 串に刺さっているそれは、リティアにかかれば三口で完食出来てしまう。口の中で音を立てて崩れていくフルーツが舌を刺激し、太陽に炙られる体を冷やしてくれる。


 今日は雲一つ見当たらない快晴。祭り日和と言っていいだろう。汗をかくほどではないが、人混みに入ると少し汗ばんでしまう。だが、それが気持ちいいくらいだ。


 一本目を食べ終え、二本目をくわえる。まだ半分も食べていないライトは、リティアをじっと見る。

 視線を感じたリティアは、ライトを見る。目が合うが、共に外そうとはしない。


「……何さ」


 リティアが言う。


「別に。ただ見てるだけ」

「何で見てるんだよ」

「よく食べるなーって思ってさ」


 そう言うと、ライトは顔を逸らした。

 リティアは二本目を一気に食べ終えると、ライトの手を引いて人混みへ歩いていく。

 ライトは、もう行くのか、とため息をついて、握られた手を弾いた。


「……ライト、どうしたんだ?」


 リティアがそう聞いたが、答える気配はない。


 突然、ライトの様子が変わった。一緒にいてこのようなことは何度もあったため慣れてはいるが、どうしてなのかは毎回見当がつかない。何せ、本当に突然なのだ。

 ほんの数分前まで楽しく遊んでいたのに、ふとライトを見ると全く楽しそうではないのである。

 その理由はいつも分からずじまいで、リティアも無理矢理聞こうとはしない。変に聞いて余計に機嫌を損ねられては困るからである。


 ため息をつく。

 こうなってしまっては、しばらくはどうにも出来ない。


 何故祭りの日にこうなってしまうのか、リティアには全く理解できないが、ライトにはライトの気分というものがあるのだから仕方がない。


「ライト。私回ってるから、どこかその辺に座ってろよ」

「……別にいい。俺も行くし」


 またため息をつく。

 リティアは三本目にかぶりつくと、足を踏み出した。それについて、ライトも歩き出す。


 まだ手に一本フルーツアイスを持っているが、もう次の食べ物に目をつけている。元々よく食べる方ではないが、異国の食べ物となると食欲が出てくるのだろうか。


 ライトも気になるが、今はそれどころではない。

 急に、恐怖を感じはじめたのである。

 ロジの家であの本を読んでからだろうか。元々は軽く疑っていただけなのだが、それが今では大きくなっている。


 今まで感じたことのない恐怖。それは、誰のことも分かっていないからだ。

 疑うことしか出来ず、本当のことは簡単には分からない。


 今までとは違う。

 学園にいたときは、偶然それを見かけることはよくあった。ただ、上っ面が良ければ、ライトもいい気分で隣を歩くことができた。例え相手にそれがあったとしても、作っているのだと分かれば、何も怖くはなかった。


 同姓だけでなく、異性まで、ライトは全てが分かっていると言ってもよかった。それが、ライトだから。

 リティアも同じだ。だが、彼女にそんな考えはない。


 だから、ライトは怖くなった。

 何もわからない、疑うことしかできない自分が、一体誰なのか分からなくなってしまう。


(普段の俺なら、こんなことにはならないのに……)


 気持ちは一向に治まらない。

 それは今、全てリティアに当てるしかなかった。


 どうして、そんなに落ち着いていられるんだ。

 何故、祭りを楽しめるんだ。


 肩と肩がぶつかる度に、怯えてしまう。


(こんなの、俺じゃねえ……)


 突然、何かを思い出す。

 それは、過去のこと。

 思い出したくない過去と、思い出すべき過去。

 同時に溢れ出す。


 ライトは、前を歩くリティアの手を握った。その瞬間、その全てが灰のように消えていった。

 それと同時に心が軽くなり、もっとそうなりたくなった。


 リティアは振り返る。


「ん? どうしたライト」


 ライトは口にした。


「何で、楽しめるんだ」

「……え?」

「俺たちの目的は、この国を守ることだろ? それなのに、何で祭りに参加して、楽しんでいるんだ? どうして楽しめるんだ? この国の秘密だって、知らなくていいことだ。わざわざ危険を犯してまで、知ることじゃないだろ。どうしたんだよお前。前からそうだけど、今はすごく、お前が怖い。感情はあるのか? なあ、リティア。お前に、『恐怖』という感情はあるのか?」


 ただの当て付けだということは、ライトには分かっている。だが、誰かに言わないといつか本当に自分がおかしくなってしまいそうで、怖い。


 ここにいて、ライトが唯一頼れるのは、リティアだけだ。だから、全ての感情がリティアに向けられてしまう。


 ライトの異変に、リティアはどう対処してよいのか分からない。

 肩に手をおき、感情を落ち着かせる。


「どうした、ライト? 何かあったのか?」


 ライトは、これ以上何も言おうとしない。


 全てを言ったらもっと軽くなれるかと思ったが、その考えは間違いだった。

 軽くなんか、楽になんかなれやしない。それよりも、伝えてしまった罪悪感と後悔で埋め尽くされるばかりだ。

 考えれば分かることだ。だが、その時は考えることが出来なかった。ただ伝えたくて、聞いていてほしくて、口が先走った。


「……ごめん」


 そう言うことしか、ライトには出来なかった。


「だ、大丈夫か? 気分が悪いのなら、やっぱりどこかで座っていた方がいいんじゃないのか?」

「いい」

「……そうか」


 リティアは安堵のため息をついた。

 その様子を見て、ライトは俯いた。


 ――リティアは、いつもと変わらない。


 ライトがリティアを怖いと思ってしまったのは、リティアが変わっているからではない。ライトが、変わっていたからだ。

 ここへ来て、何も変わったことはない。それなのに、ライトの心を動かしてしまうものは何だろうか。


 様子がおかしいが、リティアは再び歩き出す。


 その時、人混みに紛れてあるものが目に入ってきた。

 それは、黒い布のようだった。

 どこかで見覚えのあるそれは、リティアの息を詰まらせた。


 何か、悪いものを思い出す。果樹園の先で思い出したものと、どこか似ている。


 追いかけなければいけない。


 そういう衝動に刈られ、リティアは走り出した。


「……リティア?」


 突然走る足音に反応し、ライトは顔を上げる。だが既に、そこにリティアの姿はなかった。


 ――そして、冒頭に戻る。




 人混みを出たライトはもう一度、辺りを見回す。


(くそ……。何でこんな時に……)


 先ほどから自分の様子がおかしいことは、理解できている。だが、それを何とかしようにも自分ではどうすることも出来ない。


 誰かと一緒にいたい。


 そう思うが、その『誰か』とはリティアでないと満足いかない。

 焦る気持ちが、一層濃くなる。


「ライトくん?」


 声がして、ライトは振り返る。

 そこには、射的の景品を持ったマーガレットとリシャンがいた。


「どうしたの? こんなところで。リティアと一緒じゃなかったの?」


 二人が何かと被った。だが、それが誰か分からない。確かめるべきか、だがその前にその影は消えてしまった。


 大きく息を吐くと、ライトは状況を説明しはじめた。


「実は――」

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