王家の人間2-1
時計塔に繋がる森を出たとき、リティアが何者かと話しているのが見えた。ライトにはそれが誰なのかすぐに分かり、気づかないふりをして通りすぎようとした。
「あっ、ライト!」
しかし、通りすぎる前にリティアに気づかれ、ライトは仕方なく声をかけることにした。
「おや。どうやらまた捕まってしまったみたいだね」
「そうなんだって」
ライトは先程までの話し方から一変し、丁寧な口調で話す。ライトはリティアの前と他の人の前で話し方がとても違う。モテているこの状態を崩さないために、あえてこうしているのだ。それに、こういう話し方の方が賢く、モテている感じが出ている、と本人は言う。
リティアに話しかけたであろうこの学園の制服を着ている男は、胸元に王家の証である鳩が王冠をつけて飛び立とうとしているピンをつけている。この国では珍しい銀色の髪を持ち、風が吹く度に綺麗になびく。男にしては少し小さいが、細身の体でスラッとしている。
王家にはぴったりの容姿である。
「リティアさん! 僕は本気でリティアさんが好きなんです! 今日の大会の姿もかっこよかったです!」
「あー、うん。ありがと。えーと……クロン、さん」
クロンと呼ばれた男はリティアの右手を両手で握り、ぐっと顔を寄せた。
「リティアさん、僕の事はクロンでいいと言いましたよね!」
「いや、でも。一応王家だから、さんくらいはつけさせてほしいな」
クロンはこのミマーシ王国の王家の人間だ。国の中央にある大きな建物に小さい頃から住んでおり、二十歳になると結婚しなければならないという決まりがある。相手は好きな相手でも良し、親が決めた相手でも良しである。
クロンは現在ミマーシ学園の中等部に通っており、来年高等部に入ってくる。一年前ほどからリティアに惚れ、休み時間になると時々リティアの元にやって来るのだ。
「なあ、王家さん」
ライトが王家と呼んだのは、もちろんクロンのことである。
「これほど強い女の、どこが良いんですか? 男からしたらやっぱり守ってやりたい女が良いと思うと思うのですが」
「あ、おっ、お兄さん!」
「お兄さんって言わないでほしいなあ」
ライトは少し顔を歪まして言った。クロンは口に手を当て、言い直す。
「ライトさん」
「それでいいです。で? この女のどこがいいんですか?」
「そうですね。……初めて見た時に心を打たれたんです」
少し黙ったあと、リティアの方を見て小声で言う。
「お前、弓道も出来たのか」
「変なボケ止めろ」
そして、ライトは何もなかったかのようにしてクロンの方を見る。
「そういえば、王家が初めてリティアを見たのは、いつなんですか?」
「確か、廊下でぶつかった時だったような。ですよね? クロンさん」
リティアとクロンの出会い、それは去年の剣使い大会の一ヶ月ほど前である。
その日、リティアは今年も高等部の剣使い大会に出場するため、学園長室に向かった。中等部では剣使い大会は無く、高等部の剣使い大会に出場するしかなかった。しかし、中等部で剣使い大会に出場する生徒はほぼおらず、もし出場したとしても怪我は付き物である。そのため、学園長の許可が必要になるのだ。
しかし、リティアは去年の大会で許可を取らずに無理矢理出場し、まさかの一位を取ってしまった。そのことに激怒した学園長は、今年の出場を許してはくれなかった。そして、躾が必要だと言い張る生徒指導部の先生に追いかけられるはめになったのだ。
リティアは持ち前の運動能力で余裕で逃げるが、一人の男子生徒にぶつかったのだ。それが、クロンなのである。
クロンはリティアの顔を見た途端に心に矢が刺さり、惚れてしまったのだ。
「そうです。あの時はもう一晩中ねむれないほどリティアさんのことばかり考えていました」
ちなみにあの後、リティアは中等部の生徒会により、生徒指導部の先生と学園長を納得させ、出場が可能となったのだ。
「その後、剣使い大会に出ているのを見て、名前を知ったんです。それから、リティアさんのところへ行くようになりました」
「そうか……」
ライトは横目でリティアを見た。
「なあ、リティア? 王家と結婚したら、お前も王家の仲間入りできるぜ? むしろ、これはこの好意を受け止めてやった方が……」
ライトがからかいの声をかける。ライトが言い切る前に、リティアはライトの首を掴んでクロンに背を向けた。
そして、小声で話し始める。
「まてまて。私が王家になったら、まともに剣を使うことなんて許されないんだ。そうなったら、私はどこで剣を使えば良いってんだ?」
「次期王の嫁だぜ? 王が許してくれたらそんなこと出来るだろうよ」
「でもさあ、王の嫁だったら、いろいろ大変そうじゃない? ミマーシ学園の入学式と卒業式に出て、スピーチしなくちゃいけないし」
「そうだなあ。けど、嫁は来るだけだろ? ……いや、来るのも面倒だな」
「だから、王の嫁なんて嫌なんだよ。それにさ……クロンの両親のカジュイとアイアナって性格ヤバイだろ? クロンの姉もあれだし。あれと親戚ってなるとなあ……」
「……もし結婚したら、俺も親戚になるよな……」
その時、二人の意見は見事に合致した。
クロンと結婚してはいけない。結婚すれば、リティアにもライトにも得はない。
クロンの両親であるカジュイとアイアナは、もちろんこの国の王とその嫁だ。
カジュイは自分の思い通りにいかなければ、すぐに激怒する男である。自分に逆らう者は殺してしまうとの噂があるが、本当は嘘である。しかし、その噂のおかげかあまり王に逆らう者はいないという。
アイアナは毎日二時間かけて化粧をしている。とても厚化粧で、庶民は素顔を見たことがないというが、クロンによるととても綺麗だという。口調が悪く、良いことをしているのだが全てが悪く聞こえてしまうというのが難点である。
クロンの姉シロナは二人と同じ高等部一年生で、一科のクラスにいる。ライトとは別のクラスだが、シロナはライトのことをよく知っている。というのも、学年順位で毎回ライトが一位、シロナが二位なのである。一位になれないシロナは毎回悔しがり、ライトをライバル呼ばわりしているのだ。ストレートの髪に大きな瞳、白玉のように白く優しい肌触りの顔。そんな容姿とは異なり、父親譲りの思い通りにならないと気が済まない性格で、男子からはあまり人気がない。しかし、王家の娘ということもあり、仲良くなって損はないと考える人たちがたくさんシロナに話しかけている。
二人はあの三人が少し苦手だ。街を歩いていると時々見かけるが、どうしても王家には見えないのが本音である。むしろ、王家にたかって鼻を伸ばしているように見えるのだ
リティアとライトは振り返り、身振り手振りでクロンに話しかける。
「いやあ、けどなあ。やっぱり私は好きな人と結婚したいなあ」
「それもそうだね。やっぱり、好きな人とが一番だよ」
クロンは不思議そうに二人を見る。
何かあることは分かるが、その何かがクロンにはまだ分からない。中等部ではまだ世の中の汚れというのは分からないのだろう。
不思議そうに見るクロンを、リティアとライトは顔をぎこちなく笑わせながら見つめる。
その時、雑音のあとに放送が入る。
《リティア・オーガイト、リティア・オーガイト。学園長室に来なさい。繰り返す――》
二人はこれを利用する手はないと考え、放送に耳を傾けているクロンに、「あー!」と言いながら手を振る。
「なんか私、呼ばれちゃったみたいだなー」
「学園長室ってどこにあるか分かるかい? 俺が案内してあげるよ!」
「そそそ、そうしてもらえると助かるよ! あ、クロンさん、ごめんね! またねー!」
そう言うと、二人は近くにある第二玄関から校舎の中へ走っていった。クロンはそれを見て、「仲の良い姉弟だなあ」と呟いた。
リティアとライトは入ってすぐの角を曲がると、同時にため息をつく。
「あっぶねえ……」
「ほんとな……やばいよ。ライトがあんなこと言うから、無駄に焦ったし」
膝に手を置き前屈みになっている二人は、調子に乗って遊びすぎた大人になりきれない子供のようだ。
二人は逸る鼓動がおさまるのを待ち、おさまった方から体をゆっくり起こしていく。
「あー、こんなに焦ったの久しぶりだ」
「うーん……そうだね。基本、焦らないしな」
ライトはリティアが体を起こしたのを見て、学園長室の方を指す。
「学園長室はあっちだ。本当に場所が分かんねえんだろ?」
「ああ、案内してくれると助かる。ここ広いからなー。どこに何があるのか分からないからな」
「ま、俺は一度地図を見れば覚えられるけどな」
「その脳みそ、私に分けてほしいくらいだ」
そう言うと、二人は学園長室を目指して足を進め始める。