みなも祭りの祠7-1
「……リティア? どこだ?」
ライトが辺りを見回すが、目当ての姿は無い。見たことのある顔が、波のように押し寄せる。
国の人数は少ないが、そのほとんど全員が広場に集まるとなると、今まで広すぎると考えていた広場も狭く感じる。
広場から離れてみるも、リティアはいない。広場以外にはいつもよりちらほらと人がいるものの、やはり少ないと感じてしまう。
前にいたはずのリティアが、突然消えた。
胸がざわつく。
リティアのことだから、そこらで呑気に何かを食べているかもしれない。
勘が必ずしも当たるわけではない。だが、嫌なことに限って当たってしまうことがよくある、そう感じてしまう。
今回も、そう思うのは嫌だが、当たりそうだ。
(くそっ……。リティア、どこに行っちまったんだよ)
――こうなってしまったのは、祭り開場である広場に到着して、まだ一時間も経っていない頃である。
◆◆◆
昼前に広場に着いたときには、既にたくさんの人で賑わっていた。見覚えのある顔から初めて見る顔まで、国のほとんどの人が集まっている。
「うっわ、人多いなー」
予想外の多さに、そう言わずにはいられなかった。
「国全体で二百人くらいいるからね。それくらいは集まっていると思うわ」
「二百人かー。結構いるなー」
その時、リティアの腹がお腹が空いたことを告げた。お腹を擦ると、リティアは広場を睨み付ける。
「全て食べ尽くすぞ!」
「リティア、それ本気で言ってるのか? 太るぞ?」
「大丈夫だって。剣振り回せばそんなことなくなるよ」
そう言って、ライトの肩を叩く。リティアは無意識で言ったのだろうが、ライトにとっては皮肉にしか聞こえなかった。
それを聞いていたマーガレットが、「あら」と発した。
二人はほぼ同時に振り返る。
「リティア、今も剣使い?」
「うん、そうだよ。学園でも、それ中心のクラスに入ったし。自分で言うのもやっぱり実力のせいなんだけど、学園一の剣使いだよ」
リティアの言っていることは嘘ではない。実際に剣使い大会で二年生三年生を差し置いて優勝している。中学生から三連覇を達成したことも、誰しもに出来ることではない。
マーガレットはそれを聞いて、目を輝かせた。
「そうなんだ! 小さい頃からそうは言っていたけど、まさか本当になっているなんて。懐かしいわ、よく枝を振り回して練習していたことが、嘘のように上達したのね」
胸元で手を重ねてリティアを褒める。
マーガレットの言葉を疑問に感じたライトは、それをそのまま返した。
「枝?」
「ああ。剣って重たいから、小さいときは持てなかったんだよ。代わりに、そこらにあった枝を振り回して練習していたんだ」
「なるほど」
ミマーシ王国では枝を振り回して練習していなかったため、ライトは知り得ないことである。
ちなみに、リティアが剣を持って練習するようになったのは、小等部四年生の時だ。ミマーシ王国にいるときは、友だちと遊ぶことが多かったため、今ほど剣の練習をしていなかったことが、他よりも時期が遅いことの理由になるだろう。
普通、剣使いを目指す人は低学年から既に練習をしている者が多い。訳あってしばらく剣を持たない時期があり、それも関係しているのだろう。
「じゃあリティア、今度リシャンと戦ってみてはどうかしら?」
その言葉に、リティアは耳を動かした。その瞬間をライトは見逃さなかった。
「え。リシャン、剣使えるのか?」
マーガレットのなかに斜め後ろを立っていたリシャンが頷く。
「リシャンね、リティアがここに来なくなった頃から剣の練習を始めたの。家から古い剣が見つかって、まだ使えそうだったからリシャンが引き継ぐことになったの」
リシャンの家はマーガレットの家に次いで大きい。今は取り壊されており畑が作られているが、その家を見れば古い剣が出てきても可笑しくないと思うだろう。
実はマーガレットとリシャンは、この国では有力な権力を持ち続けている家系にいる。二人が幼い頃から仲が良いのはそういう理由があるからとも言われている。現在は衰え、共に両親がいない身であるが、変わらずにいられるのは国の人たちの人柄のおかげだろう。
「それで練習し続けていたから、とても上手になったのよ。もしかしたら、リティアより上手かもね」
リティアを軽くからかうように言った。だが、見とれてしまうほどの笑顔で言うため、むしろこちらも笑顔になってしまうほどだ。
リシャンは何もしていないかと言うと、そうではない。マーガレットが言う度に頷き、少し頬を赤らめる。リシャンもリティアと戦うことを望んでいるようだった。
「いいね! どれくらい強いのか気になるしさ。またいつか戦おうぜ。なあ、リシャン?」
リシャンは頷く。
笑い返したとき、リティアの腹が鳴った。それを聞いたマーガレットは微笑むと言う。
「じゃあ、屋台回ろっか」
◆◆◆
「おおー!」
まず始めにリティアが目をつけたのは、フルーツアイスだ。一度食べたことがあるため、それにつられたのだろう。
「フルーツアイスだ! こんなのだったなー。やっぱり変わらないものだね!」
リティアについてきた三人は、その様子を見ている。その様子が、そこらの子供の反応と変わらないのである。
国で作られた果物を凍らせる簡単なものなのだが、食べ物の味が十分生かされているところが売れて、たくさんの人が好んで食べている。
それを見越して、屋台には数百の切り分けられた果物が用意されている。
リティアが並べられている各フルーツを見比べ、どれを買おうか悩んでいる。
「あんた、見ない顔だな。どこの娘だ?」
懸命に見比べているリティアを見て、屋台の管理をしている男が話しかけてきた。
「私はここには住んでないよ」
「じゃあ、他国のやつか? 珍しいな」
「うん。ミマーシ王国に住んでいるんだ」
「ミマーシ王国か! あそこは結構な国だよなあ。まわりが森で囲まれているところはここと一緒なのに、どうやってあんな大きくなれたんだ?」
「まあ、王の力かな」
「やっぱり王が必要なんだな。それがあんな差をうむのか。そうなればあんた、何でこんなところへ来たんだ? あっちの方が楽しいだろ?」
「おばあちゃんがここの人なんだ。だから、時々遊びに来るんだよ」
それを聞いて、男は何かが分かったようでリティアに小声で言う。
「おっ、もしやあんた、カローナさんの孫か」
祖母の名前が出て、リティアはようやく顔を上げた。
「そうだよ。知ってるのか?」
男は頭を掻く。
「それなりにはな。カローナさんが何年か前に亡くなったことは知ってるけど、まともに話したことはなかったよ。カローナさんが亡くなってからも来ているのか?」
「いいや。おばあちゃんが死んでからは今年が初めてだよ。だから、ここへ来るのは久しぶり」
「だよなあ。やっぱり亡くなっちまったら来にくくなるよなあ」
男はリティアの隣にいた小さな子供に、フルーツアイスを一つ手渡した。その子は喜んで走っていった。
リティアはそれを見て、また果物を見はじめる。
「あんたってあれだろ? 自分の国がここへ攻撃するって伝えに来たやつ」
目だけ男に向けまた果物を見たあと、リティアは顔を上げた。そして、ため息をつく。
「何だ、知っていたのか」
「当たりめえだろ。おまえのことは恐らく、国の皆が知っているんじゃないか? あんなことを言っておいて知らねえやつがいるなんて、この国では思わないことだな。全員知り合いって感じだからな」
どこか自慢気に言うが、それは自ら「ここは田舎だ」と言っているようなものだ。それでいて、田舎の魅力を伝えている。
「ふーん」
リティアは軽く頷きながら言う。そのまま、視線を果物に戻した。
「どうだ? どれにするか決まったか?」
「全部」
予想外の言葉に、思わず聞き返してしまう。
「え?」
「だーかーらー」
リティアは背筋を伸ばして、手を横に差し出すと、端から端まで見渡す。
「全種類一個ずつくれって言ってんの」
男が言葉がすぐに出ず、リティアを見つめる。
その後、弱々しい声で返事をした。




