祭りの前日6-3
「はあ……」
思わずため息が出てしまった。
皆がせっせと明日のために働いているなかで、自分だけ体力が持たずに腰を下ろしている。
年寄りよりも早く座り込んでしまうとは、何とも情けない。
ライトはロジの家の前で腰を下ろしている。
離れたところから皆が作業をしているところを見ているうちに、自分がどれだけ体力がないのかが身に染みてわかるため、胸が締め付けられるように痛い。
マーガレットを見ていたが、ライトはあの箱を持てるほどの体力はあると確信していた。実際に何度か持ち上げたが、持てないほどではなかった。
マーガレットに負けていたら、男としてのプライドが傷付く。
リティアはその箱を二つ持って、リシャンとどこかへ行ってしまった。この人混みで声までは聞き取れなかったため、どこへ行ったのかは分からない。だが、あの箱の中身を他で使うということは想像できない。恐らく、余った分を片付けにいくのだろう。
「はあ……」
またため息をつく。何度思い直しても、自分が情けなくて辛い。
確かにほとんど運動はしていない。剣使い大会でも、残念な結果を残した。
まさか、ここまで体力がなかったとは。
幼い頃はよく動き回って、ほどほどに体力はあった。その頃はリティアと同じか、その少し下かだった。だから、体力に関してはほとんど無関心と言っても良い。
こんなところで悩んでしまうとは、思っても見なかったが。
「ライト。どうじゃ? 体力の方は」
ライトは顔をあげた。
そこにはロジが立っていた。
「まあ、それなりには戻った」
顔を逸らして言う。
ロジに心配されると、逆ではないかと思うが、ライトの方が先にへこたれてしまったので仕方あるまい。
「そうかいそうかい。それじゃあ、おぬしにはそこの箱をわしの家にいれてもらおうかのお」
ロジが指した方向には、五つ箱が置かれていた。二つと三つでそれぞれ積まれており、一つからは中の物が飛び出ていた。
ここで断れば、プライドが許さないかもしれない。もう少し休んでいきたいところだが、あれくらいを持てる体力はたまっている。
「分かった」
「すまんのお」
ロジは笑って礼を言う。
それを見ながら、ライトはゆっくりと腰をあげる。
そして、こう言う。
「……俺がここに来たことが無いからと言って、わざわざ作り笑顔なんて作る必要はないからな」
ロジはその笑顔を強ばらせた。
「……ふむ」
「俺よりも長く生きているあんたらには悪いけど、そんな可愛らしいもんじゃあ騙せねえぜ、俺らはな」
それだけ言うと、ライトは積まれた箱に近づく。
ロジがその背中を強く睨んでいたことに、ライトは気づいていない。
◆◆◆
全ての箱をロジの家に片付け終わる。
「ふう」
家の中は埃だらけで、正直人が住んでいるとは思えない。まともに掃除をしていないのは、一目で分かる。こんなところで生活していてどうにもならないのが不思議なくらいだ。
ライトは窓を開けた。しばらく使われていないようで、錆び付いていた。
開けると埃が辺りを舞った。顔の回りを舞う埃が不快で、手で撒き散らす。
ふとあるものが目につく。
隙間がないほどに詰められた、本棚だ。
床から天井まで伸びる本棚には、年季が入った本が並べられ、その全てが普通の本よりも分厚かった。
それに興味をそそられたライトは、一冊の本を手に取った。学園の図書室では見かけない本だ。異国となると、このような本が出てくるのは不思議ではない。
表紙には何も書かれておらず、茶色いだけだ。
適当に中を開ける。それはライトが慣れ親しんで使っている言葉とは全く異なる言語で記されていた。だが、全く読めないわけではない。授業では習わないが、個人的に興味があったため少し調べたことがあった。国の図書館にサイハテの国についての書物から、文字を覚えたのだ。
ライトはそれを頼りにゆっくり読み進めていく。
(サイハテの国の始まり……か。もしかして、この本全てがサイハテの国についてのことではないよな……?)
『サイハテの国の元の名は無い。気づいた頃には、その異名がつけられていた。
ここは国というより、島に近い。島自体はどの国の面積よりも広い。だが、その七十五パーセントは木で埋め尽くされており、人が住める土地はほど小さい。その中で人々は成長し続けている。』
おおまかな内容は読み取ることが出来たが、そこから先は読み取ることが難しい。
年号が記載されておらず、サイハテの国がいつから存在するのか分からない。ミマーシ王国が誕生したとされるのは、今から約五千二百年前。サイハテの国はそれ以上前か、それともその後か。
異名がつけられそれが世界に知れ渡ったのは、今からざっと三千年前。つまり、サイハテの国は三千年前には既に『サイハテの国』と皆に呼ばれ、それよりも前に国が出来上がっていたということになる。
人が集まり国が出来るには五百年かかると言われているため、三千五百年前まで遡る。
(待てよ……。なら、一体どうやって名が広まったんだ?)
船が作られ始めたのは二千年前。サイハテの国はほとんど島であるため、他国へ行こうにも泳ぐしか方法がない。書物には島に近いと記されていたが、他国へと続く地面は存在する。だが、それには何日もかけて森の中を歩かなければならないことになり、迷えば生きて帰ることはできない。
ほとんど行き場のない国から、誰がサイハテの国に訪れ、その名を広めたのだろうか。大声で叫んでも、聞こえやしない。
サイハテの国以外にも、名がつけられていることを思い出す。サイハテの国は、最も歴史深い国とも言われている。
歴史深いとなると、三千五百年では足りないかもしれない。そうなると、ミマーシ王国が誕生した五千二百年前よりも前である可能性は十分にある。
(他の本にも何か書いてあるかもしれない)
ライトは持っている本を棚に終い、隣にある本をとる。
ページを開いて読むと、ライトは目を見開いた。
(サイハテの国の、秘密……!)
ライトは本から顔をあげ、辺りに誰もいないことを確認した。
これを読めば、ミマーシ王国が求めている秘密が分かるに違いない。
ライトは懸命に読み進めていった。
『サイハテの国には、他国の者に知られてはいけない秘密が三つ存在する。それらには、国の者の名誉に関わるものがあるため、決して口外にしてはならない。
一つ目は、伝統のことである。ここの者は、一五歳になると大人の証として左肩に焼き印をいれる。その模様が世界共通奴隷焼印とほぼ同一である。そのため、これを口外にするとサイハテの国全員が奴隷として扱われる可能性が極めて高くなる。そのためにも、他国の者には言ってはならぬ。
二つ目は、伝説のことである。この国が誕生しておよそ千年後、この世界で最も恐ろしいものがこの国を襲った。その時に偶然訪れていた旅人の青年がそれに立ち向かい、見事国を守ってくれたのだ。国の者は、常にこの恩を忘れてはいけない。その後、その青年がどうなったかは分からぬが、いつでも青年に感謝することを忘れてはいけない。
最後、三つ目は、謎の生物の墓である。国の北西部に存在するそれについては、何も分かっていない。生物の墓だと判明したのは、残された書物のお陰であり、我々では何も知ることが出来ない。
尚、これらの書物を持ち出すことを禁止し、罰を犯したものは死刑を命ずる。そして、他国の者がこれを閲覧すること、秘密を知ることを禁止し、同じく死刑に処せ。』
ライトは慌てて本を棚へ戻した。
軽く息をきらしている。
とりあえず、早くここから出た方がいいと思い、ライトは慌てて外へ出る。
広場の中央辺りに、ロジが立っていた。
「おおライトや。運べたか?」
「ああ」
「助かった。ありがとうな」
ライトは軽く頷くと、その場をすぐに離れた。
秘密を知ってしまえば、二人は殺されてしまう。この危険を、リティアにすぐに伝えなけばならない。
「マーガレット!」
「あらライト。どうしたの?」
「リティアを見なかったか?」
「リティアなら、リシャンと果樹園の先にある小屋へ行ったわ」
「果樹園? どこだっけ?」
「南西の森の中よ。あっちの方向にあるわ。行ってみれば、分かると思うけれど」
そう言って、果樹園の方を指す。
「分かった、ありがとう」
礼を言うと、マーガレットが指した方向へと走り出した。
だが、やはり体力のないライトはすぐに走る足を止める。だが、ゆっくりながらも歩く。
前からリシャンが歩いてきた。だが、一緒に行ったはずのリティアが見当たらない。
「リシャン! リティアはどうした!」
「……リティアなら、まだ小屋だと思うが」
「分かった」
ライトは踏ん張ると、また走り出す。
南西となると、前に夜に行ったあの場所に近い。リティアのことだから、それに気づけば階段を上ってしまうに違いない。もう秘密がどうとは言ってられない。
ここからはさっさと逃げ出したいライトであるが、リティアが言うことを聞くはずがない。
ゆっくりと足を止めた。
言うことを聞くはずがないのに、何故走っているのだろう。
いや、問題はそこではない。
リティアに伝えなければならないのだ。秘密を知ることは、生死に関わる、と。