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サイハテの国  作者: ヤブ
第三章
35/93

祭りの前日6-1

 あれから大きなことがないまま、祭りの前日となった。

 次の日は少し警戒していたが、ばれているようすは無かった。帰ってくるのが遅かったが、朝はリティアとライトよりも早く起きて朝食の準備をしてくれていた。ちなみに、その日の夜、マーガレットが作ってくれた夕食は、リティアの予想通り魚料理が出てきた。


 祭りの前日には、屋台の設置や辺りの掃除をする。国の人がほとんど集まって準備をし、明日のために尽くすのだ。

 リティアとライトはいつもより早く起きると、早速広場へ向かった。マーガレットとリシャンはまだ朝食をとっている。


 広場にはすでに数人いた。その中にロジもいたため、二人は話しかける。


「おはよう、長老」


 ロジはかがんで箱の中を見ていた。


「おお、二人とも早いんじゃな」

「私たちに出来ることってこれくらいしかないからな。明日のために頑張るんだよ。な、ライト」


 ライトはよそ見をしながら頷く。

 笑顔で言ったリティアはあまり興味の無さそうなライトが見ている方向に顔を向けた。

 既に広場に来ていた人は、屋台の基本となる木で作られた柱を組み立てていた。少ない人数でも出来ることをやっている。

 だがやはり、人数が足りないようで苦戦していた。

 ライトはその人たちに近づき、手を差しのべる。そうすると笑顔で受け入れてくれ、ライトはそそくさと手伝う。


 リティアは手伝わず、ただ遠くから見ている。

 リティアにしては珍しいことだが、少し警戒しているのかもしれない。

 あの場所へ行ってから時間は経っている。今日までの間に何人かとは会話をし、『普通』に話せていたことは確認済みだ。疑いの目が向けられることもなく、なんなく過ごすことが出来ている。


 だが、少し疑ってしまうことは事実だ。

 あのあと気づいたことだが、二人は家を出るときに電気を消して行ってしまった。もしあのとき、本当に家にいたのなら電気がついているはず。

 市場から移動する際、家のどこからも光が漏れていないことに気づいた人がいれば、何か勘繰られているかもしれない。二人がマーガレットとリシャンと暮らしていることは、そのときはまだ知られていなかった。つまり、気づけるのはマーガレットかリシャンだけ。

 マーガレットが気づいていたのならリティアに言うだろうとは予想できる。だが、リシャンが気づいてしまったとなると、怪しまれていることは間違いない。マーガレットに言うにも言えず、疑いの目をかけているに違いない。


 今のところ、何も起きてはいないが、今後何もないとは言い切れない。警戒を解くことは難しい。


 ここへ来て数日でこんなことになるとは想像もしていなかった。皆で協力してミマーシ王国に立ち向かうのを夢として想像していたが、すぐに打ち砕かれてしまった。まさか、国の人から隠れながら秘密を知ろうと動き出すなど、冗談でも考えやしなかった。


 まだ、あの作戦が嘘ではないのか、夢ではないのかと思ってしまうことがある。

 学園長室から聞こえてきたとき、怒りしか出てこなかったため、そういうことは考えなかった。今、考えれば考えるほど夢であるような気がしてならない。


 何もせずに突っ立っているリティアに、ロジが話しかけた。


「リティア、どうじゃ? ここの暮らしは。慣れたかのお」


 箱に入っているものをいじりながら言った。


「それなりに慣れてきたよ。基本、ミマーシ王国に居たときと変わらないしな。変わったと言えば、食べ物くらいかな」

「それもそうじゃな」


 リティアからロジの顔は見えない。

 一体何を考えているのだろう。


「やっぱり、国の人たちは信じてくれていないのか?」

「……おぬしらの国がここに攻撃するという話か?」


 少し間を開けてから、「うん」と頷きながら言った。

 まだ一ヶ月も経っていない。その間に、その話を全く話していないということはないだろう。会議の時にその話が出ている可能性は十分にある。

 国の人たちは、時間が経つごとに嘘ではないかと思うよりも、記憶から排除されているのだろう。誰かがそんなことを言っていたなあと思うくらいになっているかもしれない。


 二人は国の人から見れば、部外者である。

 もしミマーシ王国に他国の人間が突如やって来て、「この国が攻撃される」と言われても、確かにすぐには信じられない。そのあと信じるかは問題だ。

 しかし、今のリティアならそう考えるだけで、サイハテの国へ来なければ、もしミマーシ王国にそういう人間が来てそう言ったら、すぐに国のピンチと考えて信じてしまうだろう。そのために部隊が形成されたというのならば、入りはせずに、一人で立ち向かおうとしてしまうだろう。


 国の人たちが攻撃のことをどう思っていても、その事実は変わりはしないのだから、リティアとライトでどうにかするしかないのである。


「ふむ……。わしはあれからまともにその話はしておらん。ただ、おぬしらも知っておるだろうがこの祭りのための会議を行っておるんじゃが、その時に少しだけ出たことがあったんじゃ。そうじゃのお、国の者は恐らく、信じておっても軽くとしか考えておらんのじゃろう」


 攻撃されるということは、自分が死ぬかもしれないということ。それを軽く考えるのはどうかと思うが、いつ死んでしまうか分からない年寄りにとっては、そういうものなのかもしれない。


「おぬしが嘘をついておらんことなぞ、みな分かっておるんじゃ。おぬしはカローナの孫。カローナがどれだけ良いやつであったかは国の誰もが知っている。幼い頃のおぬしを知っておる者もおるし、おぬしのことはわかっているつもりじゃ。だから、全く信じておらんことはない」


 その言葉に、リティアは内心ほっとする。

 長老であるロジにそう言われると、安心感を貰える。皆に信頼されているロジに言われているから、という理由からもあるが、幼い頃から知っているロジに言われたことがあるのかもしれない。


「だがな、おぬしがここへ来なくなって五年。人によってはそれを短いと感じたり、長いと感じたりじゃ。だから、おぬしがあのときと変わっていないとは全員では言いきれんのじゃな。だから、意見の食い違いが出てしまう」


 ロジはゆっくりと腰をあげ、リティアに顔を向けた。


「いいか、リティア。人というものはな、簡単に流されてしまうものなんじゃ。一人が悪い印象を持ってしまえば、それはみなに広がってしまうものじゃ。小さい過ちが大きなものになってしまう、その事は、忘れるでないぞ」


 それだけ言うと、ロジはライト達の方へ行ってしまった。

 その後ろ姿を見て、リティアは思う。


 ――人間がどんなやつかくらい、分かっているさ。

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